こんにちは!
こじんです。
このブログでは、私の対人恐怖症からの回復の過程を綴っています。
女性が怖かったということについて、続きを書きます。
女性が怖いのは、女性を別の生き物として捉えていたのです。
女性もまず自分と同じ人間であって、ふつうにコミュニケーションをとればよい、ということがわからなくなっていたのです。
対人恐怖なので、そのふつうのコミュニケーションも覚束ないわけですが。
私には妹がおり、妹にはふつうに接することができるのですが、このような状態になっていたわけです。
また、前回、キレイ・カワイイ基準について触れました。
年齢も特に、若い女性が恐怖の対象でした。
しかし、上記の基準の女性でも怖くない場合もありました。
それは、自分と親しくて嫌われる心配がない人です。
また、性格的に優しくて(少なくともそう見える)、誰とも親しく接してくれそうな人もそうです。
やはり、これは評価されるかorされないかということが関係しているのだと思います。
私には高校生の頃から10年以上、「友達」として相手をしてくれる女性がいました。
実際、これは大きいです。
向こうは(おそらく)自分の対人恐怖のことを全然気にせず接してくれました。
また、自分も彼女の前では症状が出ることもほとんどありませんでした。(カワイイ方ですが、嫌われる心配がないというやつです)
なので、結果的に女性に慣れるトレーニングになりました。
やっぱり、慣れるにつきます。
ほんと感謝しています。
女性の評価が気になるということについて、少し触れたいです。
これは、中学生の多感な時の経験をかなり引っぱってしまっていたのです。
中学生の頃、なぜか女子に「キモい」と言われないかビクビクして過ごしていました。
今考えると、なぜそんな風に考えていたのだろうと思います。
でも、理由はわかります。
自分は周囲の生徒と比べて、とても甘えが残っていて依存的な部分が強かったのです。
中学生は多感な時期なので、イケてるかorダサいかに敏感な時期です。
自分はダサく垢抜けていないので、ビクビクしていたのでです。
でも、自分と同じように垢抜けていない生徒もいました。
その全員がビクビクしているわけではありません。
やはり、これは家庭環境で身につけたものでしょう。
この中学生的なイケてるかorダサいか、かっこいいかorキモいかの敏感さは、高校を卒業したあたりから少しずつ薄れていくと思います。
大人として、世の中にはいろんな人がいるとわかり落ち着いてくるのだと思います。
少なくとも、明らさまにキモいorキモくない、で反応しなくなるのです。
私は、このキモいと思われないかという中学生的な感覚を、けっこう先までひきづっていたのです。
なので、女性に対して敏感に恐怖を抱いていました。
このようにして実年齢をけっこういっているに、心は中学生のままピュア、が生まれると思うのです。
「オタク」と称される方々にもこのようなタイプは多いと思います。
今回、けっこう自分の中では対人恐怖的な部分の核心に触れた感があります。
少なくとも自分は、以上のような性的な未熟さが原因で自分に自信が持てなくビクビクした部分が大きいのです。
なので、対人恐怖は性的な問題も多分に含んでくると思うのです。
発達の問題といってもいいかもしれません。
体は大人、頭脳はこども、その名も...の状況です。(頭脳というより、心・精神ですね)
今回は満足したのでここまでにします。
ありがとうございました!