こんにちは!
こじんです。
このブログでは、私の対人恐怖症からの回復の過程を綴っています。
今回、初めてPCから打ち込んでいますが、すこぶる調子がいいです。
これから基本、PCで書いていこうと思います。
今回のテーマは、自分であまり意識していなかった口癖を、これを書くちょっと前に人から教えてもらったので、それをご紹介します。
それは表題のあります「ただ言うだけ」です。
自分が使っている場面としては、自分が相手自身のことについて話す場合などです。
相手についてちょっとアドバイスしたい、でも決め込みになってしまってはよくない、そう言う時によく使います。
一歩踏み込んだ話をする時にも使うかもしれません。
自分としては、その時に浮かんだアイデアをそのまま発信しているだけで深い意図はないからねえという感じでこの言葉を言うのです。
最近、特にこの言葉の使用率が増えています。
振り返ってみると、今までと比べ言いたいことをばんばん言えてます。
言いたいこというための枕詞になっているのだと思います。
なので、言いたいことを躊躇なく言える方には、このような言葉は必要ないでしょう。
しかし、元々対人恐怖症で言いたいことを飲み込んでしまう傾向にある自分にとっては便利な言葉だなあと思います。
今までを振り返って、ちょっと言いにくいことでも、この言葉を枕詞に言ってみた結果、恐ろしい結果になったことは一度もありません。
恐れていることのほとんどは単なる取り越し苦労であって、実現しないのでしょうね。
なので、この言葉を使って、自分はどこまでのことを言っても人に許容されるか実験をしているのです。
もし、これからまずいシーンがあればその時は、素直に「ごめんなさい!」と謝ればいいのかと。
実験ですから。
この「ただ言うだけ」で言いにくいこと、一歩踏み込んだことをいうことによって、相手の距離も縮まる場合も大いにあると思います。
自分はその効果を感じています。
言ってみて、全く通常の反応で、悪い反応のかけらもなかったり、逆に好感を持ってもらえたりもします。
実験として「ただ言うだけ」を行う中で、自分を表現できる範囲が全般的に広がっていくのだと思います。
表現できる範囲が広がると、新たな自分を発見できたり、相手との関係がさらに深まったりして、良い方向につながっていくのだと思います。
言葉にして表現するからこそ、自分でこんなことを思っている人間だったのかと自分で、自分を発見できる側面はあります。
思考する自分と人間関係の中で表現する自分は同一ではないので。
自分の本音を出していかないと、自分で自分のことがわからなくなる、どんな人間だったのか・なのか、見失ってしまうのです。
自己迷子です。
下手に自分探しをするより、日々思っていることを口に出して表現していくことで、自分が見えてくることはあると思います。
自分のイメージとして、この言葉をドリルとして、言いたいことをどんどん言っていこうというものがあります。
「ただ言うだけ」なのですから、深く考えてないのです。
もっと気軽に自分の本音を出して生きたいのです。
ただ言うだけですが、よければぜひアレンジしてでも、日常で使ってみてください!
今回はここまでにします。
ありがとうございました!