大阪に戻って1年と少し。
大阪帰還と同時にお世話になった職場での勤務を終えて
1週間が経った。
その間、運良く情報をゲットして、
行けたライブは2本。
ライブに行ってない日は、僻な1日、
家でのんびり暮らしている。
今思うことは、
この感じ、良いね!
って、ことだろうか。
社畜化していたことにより、
日々怠っていたなんやかんやを片付けるも良し。
『今は休息の時』と割り切って、
のんびりするも良し。
はたまた、『気分転換を!』を散歩に出かけたり、
ライブに行ったり。
なんなら、旅に出ることもできる。
やりたい!と思った時に、
やりたいと思ったことができる幸せ。
こんなに幸せでえぇんやろうか。
この先の不安など、一切考える隙もないほどに、
毎日をのんべんだらりと気ままに過ごしている。
結果、この1週間、何の生産性もない日が、
半分以上を占めてしまった。笑
『これは、さすがにアカン気がする。』
と、思い立って、今日は朝から
とりあえず洗濯をした。
天気も良いし、よく乾きそう!とウキウキで、
洗濯物を干した数分後。
なぜか空は曇天模様。笑
ま、そんなこともある。
雨さえ降らなんだら、なんの問題もない。
気を取り直して、
干し切れなかったシーツやら枕カバーを
バックに詰めて、コインランドリーへ。
『今夜は洗い立ての寝具で眠るんだ!』と、
持って来たそれらを乾燥機に放り込んで、
乾燥が仕上がるまでの間、自転車でぶらぶら。
目指したのは、こちら。
ここ。
重厚な鉄の扉が出迎えるココは、
昔、ベイサイドジェニーというライブハウスがあった場所。
私が、1番最初に夢を叶えた場所だ。
ここで出会えた仲間の一部は、未だに繋がっていて、
ライブに行くと、まるで同窓会みたいだ。
私の人生においては、ここにいた時が【青春】と言ってもいいのかもしれない。
とはいえ、良いことばかりではなくて、
辛いことや悲しいことも経験した場所だ。
結果、うつ病になり、夢を諦めた【因縁の場所】でもある。笑
ただ、やっぱり、人間の脳ミソってよくできていて、
とかく、【想い出補正】の機能は素晴らしいもんで。
『美しい想い出』ばかりが蘇るし、
心に刻まれた思い出が、
これまで幾度も私を突き動かして来た。
新天地を目指した時も、
新しいことに挑戦するにしても、
挑戦したものの華麗に失敗してドン底を見た時だって。
事あるごとに何回だって、
立ち上がらせてくれたのは、
ここで出会った仲間のおかげでもある。
私がベイサイドジェニーを辞めたのは、
25歳の時だった。
『もう2度とライブハウスでは働かない!』と決めて、
飲食の道に進んだのだけれど、
3年くらい経った頃かしら。
ベイサイドジェニーが閉店した。
それを機に、ちょうどライブハウススタッフとしてのお誘いがあったのもあり、
まんまとブッキングマネージャーの職に戻ってしまった。
それから、小箱を転々とした挙句、
結局、ベイサイドを含めて合計5店舗。
約14年の月日をライブハウスのスタッフとして
過ごしたのだった。笑
今となっては、各箱で出会った仲間たちには、
心から感謝している。
箱の色が違う分、そこで出会うアーティストもそれぞれで。
キャパの違う色んな箱で働いた分、
ほんとに幅広い音楽性の、
幅広い人達に出会えた。
1番初めに務めたベイサイドで出会ったバンドと、
1番最後に務めたHOKAGEで再会した時は、
本気で嬉しかったなぁ。
長年やってるとさ、一時は、
『離れた』『切れた』と思う縁も、
繋がり直すことってあるんやなぁ〜って。
ライブハウスで働いたことで
そんな大切なことを実感できた。
だからこそ、ライブハウスは未だに、
私にとって【聖地】なのだ。
そんなわけで、このゆっくりまったりとした、
人生の束の間の休息を縫って、
ベイサイドジェニー(跡地)に会いに来た。
初心、忘れるべからず。
何かを始めるにあたって、
思い出さねばならない事が
山ほどあるからね〜。
今となっては、手付かずの ただの廃墟。
当時、楽屋を仕切っていた壁すらも取り壊されて、
なんもなくなったこの場所ですら、
私にとっては、【聖地】なのです。

