『自分がどうありたいか』
を考えることは、生きる上でとっても大事やと思う。
でも、『自分がどうあるべきか』は、また違う気がする。
『自分はこうあるべき』ってのを決めて生きるのは、
本当に窮屈で仕方がない。
私もその昔、そういう人でした。
ライブハウスで働いていた時を例に挙げると、
ライブハウスのスタッフたるや、
裏方であって、目立つべきじゃない
女、男関係ない世界に飛び込んだのだから、
むやみに女性らしさを出すべきじゃない
だから、
おしゃれなんか考えずに動きやすくて、
目立たぬ格好をしなければ!
仕事で関わるアーティストに恋愛感情を抱くなんざ、
もってのほかじゃ!
と思っていました。
なので、自分自身、いつも汚っい格好で、
化粧っ気もなく、実にみすぼらしい女の子でした。笑
ゆえに、トータル14年の月日をライブハウスで過ごしましたが、
バンドマンとお付き合いすることは、一切ござぁせんでした。
これはある意味、自分の中の『こうあるべき』を突き通したので、
そんなに悪い話じゃない。本人的にも納得。満足。
『自分はこうあるべき』と考えるとともに、
『自分はこうありたい』とも思っていたからこそ、納得で、満足なわけで。
今思えば、もっと自由で良かったんじゃね?とも思います。
だって、そもそもライブハウスなんて、自由な空間なんやから。^^
が、しかし、問題はそこではなくて。
『自分がこうあるべき』という概念を抱いている時は、
他人にも『そうあるべき』を押し付けてしまいがち、なのです。
あなたが決めた『あるべきすがた』は、
あなた自身のものでしかないにも関わらず、です。
無論、私もそうでした。
綺麗な格好をしている女性スタッフを見ては、
『あ?こいつ、ライブハウスのスタッフとしてやる気あんのか?!ゴラァっっ!』
って思ってましたし、
バンドマンとお付き合いする女性スタッフを見ては、
『あ?お前、現場に何しにきとんねん?辞めてまえ!』
って思ってました。笑
これって完全なる思想の押し付けですよね。
今思うと、ガッチガチで頭硬いおもんない人間でしたね。^^
ほんと『自由』とは、かけ離れた思考回路。笑
よくよく考えると、どうでも良いんですけどね。
綺麗な格好してようが、バンドマンと付き合おうが、
仕事さえちゃんとしてれば、問題ない。
そうして、気づいたんです。
自分自身、『こうあるべき』と決め込むことが
いかに『不自由』であるかを。
そして、『しょうもないこだわり』を持って生きることが
いかにしょうもないかを。
それから、私は全ての『こだわり』を一旦、捨てました。
『どっちでも良い』と思うようになり、
『どうでも良い』が口癖に。笑
一見すると、生きる気力すら失ったかのような、
投げ捨てたような発言と取られるかもしれませんが、
んなこたぁ、ござぁせんよ。
全ての『こだわり』を一旦、捨てることで、
私自身の思考は『自由』を得て、
その上で、本来の
『自分はこういう人間でありたい』
を見出すことができたんです。
『こうあるべき』と考えてガチガチだった頃と比べれば、
実に自由で楽チンなのです。
そして、自分の思考が自由になると、
他人様の思考にも寛大になれるのです。
それは、どんどん派生して、実に好都合なことに。
おっと。
長くなりそうなので、今日のところはこの辺で。^^