毎日、無料で低周波治療を受けているように手足というか全身に電気が走っているような感覚です。

忘れている時もあるけれど…なんだかピリピリ(><)

私の病気、双極性障害は躁状態とうつ状態を繰り返すのですが…

それだけではなく身体的症状も多数現れます。

耳の閉塞感があって、自分の声が響く!?んです。それで耳鼻科に行き診てもらうと異常無し!

そこで脳外科を勧められ、診てもらうとまた異常無し!

色んな症状が出てもいつも異常無しなんです…。

嬉しい反面、痛みとかその症状の原因がわからないのが不安になります。

今回の全身の痛みについても、数日は寝返りさえも出来ないほどの痛みに耐えたものです。

しかし、原因不明だということで線維筋痛症の専門医を紹介しようと言われのですが…私は、もし仮に線維筋痛症だとして治療はどのようなものがあるのかと問うと、

痛み止めを飲むか痛み止めの注射しか方法が無いと言われたので…

これ以上医療費をかけるわけにもいかないので、総合病院で一応、神経性の痛みに効く鎮痛剤を処方してもらいました。

精神科で出されている薬と一緒に飲めるというので、飲んでいましたが…

気休め程度にしか効果は無かったですね。

湿布を貼って、気を紛らわしたり…夢中になれることを見つけたりと、痛みに気が向かないように努力しました。

部活を辞めた子供が毎日居てくれる夏休みだからこその痛みとの闘いの休養期間だと思うようにしています。

双極性障害も鬱の時はすごく辛くて…白い壁を見つめては、死という文字ばかりが頭をよぎるものです。

そんな時に、外では草を刈る音や車の音が異様に怖くてイヤホンで好きな音楽を音量をあげて聴いてみました。

しかし、それも私には騒音でしかなく…

何となく今流行っている曲とか、好きとかにこだわらず聴いていて、心地いいものを選んでかけていました。

心がすごく楽になっていきました。

テンポが速いとか遅いとかもこだわらず、とにかく今の自分が求めている曲を選ぶというのが大事みたいで、とても心地よかったです。

ニュースを見ることも止めて、とにかく自分の好きなことに集中する努力をしました。

そうしているうちに、多分…私の場合、
躁の方に傾いたようで、色んなことにやる気が出てきて、

一日中動きまわって頭がピキピキ痛くなるという状態になるんですけどね。
私自身は、躁転した時のほうが気分いいし、

家族の役に立てるから、そのほうがいいんです。

本当は、少し控えめなほうがいいと担当医に言われますが、

うつ状態が怖いから戻りたくないんですよね…。

でも、ちょっとしたストレスでまた鬱は戻ってきます。

もう何回もそれを繰り返しているから、わかっているんです。

だから…

双極性障害という病気を個性だと思うようにしました。

見た目は、普通の人と変わらないので理解してもらえないし…

そしたら開き直るしかない!

そうやって諦めたほうが楽に生きれるような気がしています。

今の自分は…。
前回、何を書いたかも忘れた位…久しぶりですね。

私のことばかり悩んでいた時期だったのですが…

まさか!?の出来事が起こってしまいました。

高校1年生の子供が突然の不登校に…。

部活のやり方、学校生活に馴染めず、心がガス欠を起こしてしまったようです。

私は『行かなくていいよ』と、言いました。

主人は理解出来なかったみたいでしたね。

不登校は、いじめが原因だけではないですからね。

私自身は、当時…全身の痛みで総合病院の総合診療科にかかり、

また…

原因不明の線維筋痛症の疑いがあると言われたばかりで落ち込んでいましたけど、

子供のことがあってから、それどころではありませんでした。

不登校が始まった当日が、たまたま私の診療日だったので、

精神科の専門医に事情を話しました…

『行きたくないなら、それでもいいんじゃない?』と

先生に言われ、

すごく納得しました。

双極性障害の私自身にもいつも先生は、優しくそう言ってくれていましたから。

世間では、それを甘えだととらえるでしょうけど、

頑張って頑張って…それでも出来なくなることがあるんですよ。

子供も、いつもいつも頑張って頑張って…

それなのに、心が休みたくなったみたいなんです。

私には子供の心がわかりました…。

子供を責める主人に口を閉ざす子供!

当たり前ですよね。

私は責めませんでした。

何より子供の精神状態と身体的苦痛を解いてあげたくて…

子供の言葉を待ちました。

そして、心の叫びを聞きました。

もう高校生だから、余り口を出さないようにとか、子離れをして当たり前の時期だと思って気を使っていたことが…

我が子には、逆効果だったんです。

勉強しなさいとか、部活も頑張れと言い続ける主人のことも大好きで…家族3人で居る時が一番楽しいと……。

私、自分の病気のことで、手一杯だったので、

子供のこの言葉は、突き刺さるものがありました。

高校生になってから、親子共々、

部活に追われクタクタになっている時期だったので、

ちょうどいい機会だと思い、親子で膝を付き合わせて話し合いました。

言い争いになって終わる日もあったり、色々な日々を送りました。

主人を説得しました。

頑張っても出来ないこともあるんだと…。

親孝行な子ほど、自責の念で命を絶ってしまう場合もあるし、

何より、子供のやり場の無い怒りを受け止めてあげて欲しいと…。

主人も葛藤が続いていましたが、子供のことを一番に考え、理解を示しました。

私や主人が学校に行って、部活の顧問や校長、担任…教育相談の先生を交えて話し合いもしました。

学校側からも、我が子は何も悪い所は無いので、自分達の責任だと認めましたが…

子供の心は傷ついたままで、夏休みを迎えました。

部活の顧問が人格否定をする暴言を吐いて指導!?をしていたわけですからね。

体罰こそは無かったですが、暴言は精神的ダメージを与えます。

私達、親世代では当たり前のように体罰や暴言は行われていましたが、

今は、そんなことが許される時代ではありません。

子供は、今では強ばっていた表情も…

自然に笑顔が出るまでに回復しています。

部活も学校もイヤだけど…

他にやること見つからないないから、仕方なく登校するしかないね。なんて言うようにもなりました。

行く行かないは別としても…

新たな一歩を踏み出そうとしている我が子の成長を見守っています。

家族みんなが、人生のスタートに立った気持ちで、立ち上がろうとしています。

気づいたら、全身に痛みがあるけれど…子供のおかげで忘れている時間のほうが多いです。

昨日は病院の日でした。

 

苦しみもがき続けた日々をやっと口に出せる日・・・。

 

心のどこか死んでしまっているという言葉で

 

先生は、

 

入院という選択を勧めてくださいましたが、

 

できるならそうしたい・・・。

 

でも、私の身勝手に飼ったワンコたちとニャンコ

 

お世話は誰がするの?

 

毎朝作っているお弁当は誰が作るの?

 

私が寝込んだだけで寂しがる主人と息子なのに

 

入院なんてできるわけがありません・・・。

 

先生に躁の状態が少しでもある前提で

 

一か所だけ修理したい部分があるだけなんです!そこだけを

 

補ってもらいたいので、2月に減らしたパキシルを

 

また増やしてもらえないかと頼みました。

 

デパケンだけで安定するように努力していたのに

 

こんなお願いをしなきゃいけないなんて

 

とてもつらかったです。

 

先生も悩んだ末・・・今はこの状況を脱するためには仕方ないと

 

言っていただき、増量することになりました。

 

涙をいっぱい流し、それを全面で受け止めてくれる先生は

 

最後に『今のツライ症状や状況を乗り越えていきましょう』と

 

言ってくれました。

 

ありがたくて・・・うれしくて

 

感謝でいっぱいの帰宅になりました。

 

しかし、自分の感情を振り返らないといけない診察日は

 

それだけでもぐったりしてほぼ一日動けませんでした。

 

でも、でも・・・

 

今夜から薬が私の死んだ部分を取り戻してくれるかもしれないという

 

期待でワクワクもしたりしました・・・。

 

病院で吐き出せたこと、パキシルが増えたこと

 

それが私の心を前向きにしようとしていることがわかりました。

 

双極性障害なんて難しい名前の病気

 

なりたくてなったわけじゃない!

 

救急車で意味不明の痛みに耐えて運ばれた時も

 

救命救急医が『双極性障害って何?』と看護師に聞いてた。

 

それくらい知られていない病気・・・

 

他人に理解してもらえるわけがない

 

でも、わかんないけど大変なんだろうなくらい思うことは出来なかったのかな

 

義理の両親・・・。

 

私に吐き捨てた言葉はもう取り消せませんよ!

 

みんな病気でも頑張っているんだからあんたも頑張りなさい。

 

それをそっくりお返しします。

 

年を取ったから?白内障で見えづらくなったから?

 

重い物が持てなくなった?肺炎?・・・

 

みんな頑張ってるからあなたたちも頑張ってください。

 

薬に頼ってはダメ!

 

どうですか?あなたはこれから先も薬に頼らず生きていけますか?

 

私にはもう実の両親はいません。

 

義理の両親もいません。

 

介護の悩みはもう無くなりました。

 

感謝します。

 

 

一時期・・・

 

躁の時もあり動きまわり疲れ果てる毎日を送っていました。

 

見かけは、普通の人と変わらないから、元気な人にしか見えないでしょう。

 

元気過ぎるんで、病院で薬を少し減らしてもらって

 

自分で何とかコントロールもできそうなんじゃないかなと思う位

 

快適な日々でした。

 

ところが・・・

 

息子の高校入学式を目前に控えた4月7日!

 

義理の両親宅へ・・・

 

我が家から学校までバスもなかなか無いし

 

高校生ともなれば、友達と話しながら寄り道したりしたいのでは

 

ないかと思っていたので

 

前々から我が家と学校までの中間地点にある

 

義実家に自転車を置かせてくれないかと打診はしておいたのですが

 

その日に行った私に義理の両親はいきなり罵声を浴びせ始めました。

 

『あんた仕事してないやろ・・・毎日何しとる?』

 

???

 

病気に対して理解は求めようとは思ってはいませんでしたが、

 

今まで上辺だけでも仲良くやってきました・・・。

 

いきなりだったので私は状況を把握するのに時間がかかりましたが

 

息子が私をかばおうとするのを制止してまで

 

私が病気に甘えていると言いたかったのでしょう。

 

みんな、母親っていうものは送り迎えをして当たり前よって言われました。

 

みんな?

 

私は一回も送迎なんてしてもらったことありませんでしたけど・・・。

 

孫の自転車を置くくらいのことがこんな大事になるとは思いませんでしたが

 

やんわり、孫を拒絶しているのがわかってきたので

 

私自身が送迎をするので、自転車を置かないと言うと

 

今度は、私がどうしても無理ってなったときにはいつでも助けるからと

 

切り返してきました・・・。

 

しかし、その時点で私の心は決まっていました。

 

私は私がさぼりたいために自転車を置かせて欲しいとお願いしたので

 

なく、

 

息子の為・・・

 

そして・・・

 

義理の両親がなかなか今まで会えなくて寂しそうだったので

 

毎日でも孫の顔が見れたらなという思いがあったので、

 

それも余計なお世話だったんだなと・・・。

 

私はその日以来、

 

水さえも飲めなくなり、脱水症状を起こし

 

しかし、私は悔しい気持ちがあったからこそ

 

水分を摂ることから始め、何でもいいから食べるということを始めました。

 

子供の為に私は気力だけで入学式にも出席することができました。

 

もちろん主人が同席だったから叶えられたことです。

 

それから毎日4時に起き、お弁当を作り学校への送り迎えをしています。

 

送り届けた後、家では脱力感でいっぱいです。

 

心のどこかが壊れたというか死んでしまったのです。

 

土日も部活があるためにお弁当や応援で休む日もありません。

 

朝、起きた時に・・・

 

無理!って思ったときもありました。

 

今日はいいよと誰かに言って欲しいそんな日もありました。

 

でも、弱音を吐くことで家族が壊れていくような気がして

 

デパスを飲み

 

何事もなかったかのように振る舞いながら

 

一人の時に倒れこむ日々を送っています。

 

つづく・・・