今年は自分を変えよう。正月の誓いである。とりあえずスポーツジムに通い出し、山に登り、神社巡りをし、本をコソコソ読み出した。だが、5月に谷川岳に挑戦したものの、どうにも胸が痛くなってチームから置いてかれる始末。7月、オリンピックイヤーの今年は、四国88ヶ所お遍路にとっても特別な年で、逆回りをすると2倍の御利益があると言われているのを知る。東北地方に大被害をもたらした台風9号が関東に上陸していた8月22日に、仕事がなくなったのを幸いに、700km先の香川県を目指して車で出かけた。23日から25日までの3日間で45寺を参拝し、さらに9月17日-19日の3連休で、残りの43寺にお参りし、逆打ちの結願と相成った。

 

これできっといいことがあるのだろうと思っていたのだが、先々週の日曜日、出かけようとすると車が始動しない。どうも室内灯を付けっぱなしにしていたようで、バッテリー上がりだ。JAFを呼んで事なきを得るが2時間のロス。このあたりから、どうも運命の影を感じ始める。

 

10月14日、5月の胸の痛みを医者に言ったら24時間心電図を取られて、それをたまたま応援診療に来ていた埼玉医大の心臓内科の先生が見つけて親切に招待状を書いてくれてしまって、仕方なく出かけたら心臓CT(費用約\10,000)を取る羽目になった。

 その結果を聞きに行く途中、「カチカチカチカチカチ」と車が鳴る。石ころでも挟んだかなと思って停まって調べてみると、なんとビスが刺さっているではないか!。引っこ抜こうかと思ったが診察の予約時間が迫っていたので、そのまま病院へ。四国まで2往復4,000km走ってもびくともしないのに、市内でパンクとは!。落ち込む心に追い打ちをかけたのは、診断結果。狭心症の疑いということで、カテーテルを使った検査入院(約\55,000)に決定。

 

車に戻ったがタイヤの空気はまだ抜けていない。これはもしかしてビスが短いのかなと思い、試しにビスを抜いてみると、「ブシューッッッ!!!」と見事に空気が漏れる。あわてて刺し直して(笑)、再び空気漏れを防いだまま車屋に直行。1時間ほど2,160円で直してくれた。ありがたやありがたや。

 

有り難くないのは検査入院。2泊3日はめんどくさいと言うよりどこで休みを取ったものか。ちょっと悩んだが来週は沖縄出張があるので、早いとこ片付けなくてはならない。同僚に無理を言って、10月19日-21日に予定をネジ込む。

 

入院する2日前の10月17日は、9月からゴルフに行くことで申し合わせていた。よく遊びよく働くためには、何があろうともこういう予定を曲げてはいけない。ストレスが溜まるからね。しかしながら、日頃の行いが悪いのか、朝から本格的な雨。それでも気合いを入れて頑張り、パーも1つとり、雨天の割にはまあまあの成績で回っていたのだが、油断大敵。ちょっと代わったカートの運転をちょっと誤り、あれよという間に売店に突っ込むという大惨事を引き起こした。

 

我思う。ブレーキとアクセルを踏み間違えたお年寄りの刹那の恐怖を・・・

 

本当にね、その瞬間には何もできない。走馬燈とかフィルム映画の1コマ1コマのように事態は推移していくのだけれど、現状認識が追いつければまだいい方で、対処を考える時間がないのだ。それが「あれよあれよ」という瞬間なのだ。みなさん、歳を取ったら、守れと書かれているルールを守ることが、万一の時に我が身を守るのですよ。と、思い知った月曜日。幸いガラス戸とかではなく、建物もカートも擦り傷程度だったが、Yさんの弁慶の泣き所に大きなこぶを作らせてしまった。m(>_<;;;;;;;;;)m。張本人の自分は右足擦過傷と打撲で、以後は片足を引きずりながらのプレイとなったのでした。

 

足の傷も癒えない10月19日、午前中の仕事を終えると、とぼとぼと着替えの入ったリュックをしょって、仕事場から足を引きずりながら出発しました。入院患者は車で行けないのです。駅の東口7番乗り場からバスで30分\300、埼玉医大に着きます。こんな時間だというのに、60歳以上とおぼしき老齢な男女がたくさん乗ってます。通りすがりの有名ウナギ屋の小川菊が行列してたな。退院したら食うかな。

 

カテーテルは動脈に刺すために、血液の凝固を防ぐために一昼夜かけて点滴をします。20日午後1時、やっと検査です。まな板の上の鯉よろしく、腕を固定されて心臓をまさぐられます。時々心臓がビクンとするのが自分でも分かり、心臓の位置を再確認します。午後3時、妻と一緒に結果を聞きます。

 

結論から言えば、「冠状動脈2本の梗塞。バイパス手術が望ましい」とのこと。

 

想定内とはいうものの、最悪の結論です。心臓バイパス手術は肋骨を真ん中で切断し、観音開きにして行うんだと。恐ろしい手術です。もちろん、心臓を縫うので自分の心臓は1回止めます。そのために人工心臓を使うのですが、血栓ができることがあり、

最悪は脳に詰まって死に至ることが無いとは言えないらしい。しかも、パイパスの血管の有効期限が動脈で20年、静脈だと10年しかもたない。いやいや、手術後1年もたたずに詰まることもあるのだとか。ここまで状況が悪いと、我が事ながら他人事ですな。心が受け入れない。だから、結構冷静に聞いてました。

 

せっかく、信心深くお遍路してきたのに、何もいいことがない10月でした。発作を起こさず、手術を受けるチャンスをくれたのが、観音様の慈悲なのかなあ。とりあえず手術するかどうかは未定です。というか、怖いので逃げます。今まで自覚も余りなく、四国まで16時間くらい運転したりしてたので、たぶん大丈夫でしょう。薬物療養で発作を抑え、食事療法で65歳まで手術を回避しようと企んでます。一応、発作に備えてニトロ錠剤をもらってきました。

 

ということで、突然、モグやブログが停止したら、何かあったと思ってください。

 

自分的には、お節介をしてくれた先生が気づかなければ何も無かったハズなので、変わらず元気にやっていくつもりです。だけど、心臓にカテーテルを入れてから、どうも微妙に心臓が痛むんだよねぇ。しばらくは本当に予断を許さないみたいです。


今年も残り2ヶ月間余り、何かいいことあるといいことないかねぇ。

皆様も、健康第一でご自愛下さいね。

 

 

8月25日

 

 起きたのは午前五時。支度をしてすぐに出かける。部屋が狭いから荷を解いていないので、荷造りも簡単だ。もう、あたりは明るくなっている。

家を出てから1128.5km。昨日は230.8kmの総移動距離。

 

昨日とは違う山の中の国道317号線を選択して、40kmを逆戻りだ。ちょっと無駄な移動だが、ま、仕方ない。ところで、走りながら気が付いたのは、四国のドライバーの走りは速い。オラも結構飛ばし屋で、こういう山中の信号機のない道では、追いつくこはあっても追いつかれることは、あまりない。しかも、一人で運転しているから気兼ねなくアクセルを踏んでいるのに、なんと軽自動車に追いつかれてしまう。しかも、次々と後続車が。

 

 朝の6時なんて時間帯は、みんな気持ちよく飛ばしたいだろうから、少しに速度を上げる。初めて走る道だし、昨年の12月から履きっぱなしのスタッドレスタイヤの摩擦係数が心配なので、あまり無茶は出来ないけれどね。んー、犬じゃない何かの轢死体を発見。でも、停まる訳にもいかず。この道は松山と今治を結ぶ幹線道路らしくて、道路は広くて路面の状況もいい。こういう制限速度のない道は、70kmくらいで走ってもなんとか曲がれるように設計できてるらしい。お巡りさんには内緒だよwww

 

31寺目 58番 仙遊寺 移動距離  40km 

 おかげで予想以上に早く、仙遊寺につくことができた。ここには宿坊があって何かの合宿なのか、本堂では小学生20人位がお坊さんの話を聞いている。お参りをした後、整備費の\400を本堂の納経所で支払う。大雨の影響で経大内で崖崩れもあり、本当に修復が必要だったりする。本道の納経所には売店もあり、ここで輪袈裟(わげさ)を手に入れることができた。輪袈裟はお坊さんが着用する袈裟の代わりで、正装を意味する。だんだんと、お遍路さんらしくなる。あとは数珠かなあ。

 

32寺目 57番 栄福寺 移動距離  4km 

 山を下り、次のお寺さんは山際の、住宅が転々とある間の細い道を入っていくとある。小さいけれど、小綺麗な感じで、しかも隣に新築したらしいきれいな宿坊があった。宿坊というより、瀟洒(しょうしゃ)なワンルームアパートという感じだ。これなら宿泊に泊まるのもありだなぁ。

 ここで見かけたと思うんだけど、20代とおぼしき綺麗な外国の女性が50代とおぼしき日本人のひげ面の親父風の男性に連れられてお遍路をしていた。外国の人がちゃんと白衣の正装で回っているのにも驚いたが、親父に騙されてんじゃないか、などと色々と妄想してしまう二人連れだった。うーむ、まだまだ修行が足りんな。

 

33寺目 56番 泰山寺 移動距離  3km

 次の寺は、住宅街にある、一見ふつうのお寺さん。駐車場からちょっとだけ田んぼの端の道を歩き、お参りをする。ここも駐車料金は納経所で払う。
 ここまで順調にお参りができているが、今治周辺のお寺さんは近いので、昨日のうちに回れれば、松山市まで40kmの往復は不要だったのだが、ま、こうなる運命だったのだろう。もともと無計画なので、こういう重複というか無駄はある程度仕方が無い。計画的に事を進めないと心配な人には、無茶な行動は批判の的かもしれないが、予定通りにならないときの臨機応変さという点では、無計画の方が特に気持ちが切り替えやすい。まあ、情報だけは仕入れとかないと、対応しようにも打開策が見つからないということもあるので、用心に越したことはない。だから、準備万端の人をオラは尊敬する。

 

34寺目 55番 南光坊 移動距離  4km 

 


 

 

 ここも、神社と一体となっていたお寺さんである。隣にある大山祗神社(おおやまづみじんじゃ)は、瀬戸内海に浮かぶ大三島:大山祗神社の別院で、大宝3年(703)に海を渡らなくても参拝できるようにと、ここに別宮として建てられ、一緒に南光坊を移したのだという。だから別宮山という山号が付いているのだな。かなり町中なのだが、近所の方々が朝からお参りしていた。地域で信仰されているという感じが いいね。神社の方もお参りしておく。

 

35寺目 54番 延命寺 移動距離  4km 

 

 なんと言っても、名前がいい。ここは自分の心に素直になって、長生きできるようによーくお参りしておこう。と思ってたのは覚えてるんだけど、お寺さんの印象が全然思い出せない。写真はあるんだけどねぇ。すいません m(_ _)m
 そのせいなのかなぁ。10月21日現在、ちょっと難題が発生してるんだよねぇ。

 

36寺目 53番 円明寺 移動距離  36km 

 

 来た道を松山に向かって戻り、やっと今日の予定だった53番だ。しかし、山の中を走っていると、早起きしたせいと、疲れが出たのかまだ9時だというのに、凄い眠い。まだ先は長いし、今日は家に帰らなくてはならないので、広い路肩を見つけると、運転席を倒して少し寝る。15分ほど寝ただろうか。ふっと目が覚めると「ん、ここはどこだ。いつ寝た?、仕事に間に合うのか?」と、0.1秒くらいの間にいろいろと錯綜する。仕事病だね。寝過ごしたり仕事の予定を忘れてたりして、たまーにトラブることがあるので、明日の予定とか次の行動とか、よーく頭に入れてから寝ないと、こういう風に起きた瞬間にドキッとすることがある。つまり、座席を倒した瞬間に、爆睡してたんだな。

 


松山と言えば愛媛みかん。この青空がオラ大好きなミカンを育む。

 

37寺目 52番 太山寺 移動距離  2km 

 ここの本堂は国宝なのだそうだ。国宝が風雨にさらされている上に、直接触れられる距離で拝めるというのは、なかなか無いんじゃないだろうか。というわけで、読経の後で壁をなでなでしてみました。www

 

 

 

 山門の階段下に石碑があるんだけど、その中の一字がオラの名字の旧字と同じなので驚いた。かなり特殊な字で改姓前は判子や免許証なんかでいろいろと面倒臭かった字なんだけど、ちゃんと全国で使われてたのかと思うと、なんか嬉しいねぇ。

 

 

 

 

38寺目 51番 石手寺 

移動距離  12km 駐車料金 \200

 

石手寺までの間、つかの間の松山市内を走る。

 

↓の先に松山城の屋根が写ってるんだが、ほぼ見えないwww

 

 渡らずの橋とか回廊みたいな参道とか、入り口からして普通のお寺と違う。売店が並ぶ門前町の原型を呈し、利用はしなかったが、参道脇の売店ではお遍路さんへのアイスコーヒーの無料提供があった。後で知ったが山門は国宝らしい。
 

 

このお寺の境内はおもしろい。一昔前の大学の学生運動さながらの政治批評に近いアピール看板が並んでいる。最近のは宗教法人に対して弾圧なんてものはないとは思うが、こういう当局へのあからさまな批判をする団体は、東京で街宣活動をする右翼団体以外、少なくなっている。建物などの説明文も独特でユニークで、住職の人柄というか方針なのかは分からないが、貴重な存在なんだと思う。建物がいくつかあり、その奔放な説明看板に紛れてしまい、どれが本堂なのか大師堂なのか分かりにくい。これを書きながら確認していたら、どうも自分は納経所を大師堂と間違えていたようだ。ま、御仏の慈悲にすがることにしよう。

 

 

 さらに本堂裏には山を穿って反対側の道まで通じる都卒天洞があり、中は暗くて88ヶ所を再現しているのかな。かなり薄暗くて50mほどはあるだろうか、一人で入っていくのは、なかなか勇気がいる。境内の全体像がなかなかつかめなくてうろうろしているうちに雨も降ってきたりして、少々時間を使ってしまった。

 


このお寺さんの全貌の一部は、以下のサイトで見て欲しいな。
http://www.setouchi-matsuyama.com/20402/

 

 帰り際に、折り鶴を折って幾ばくかを納めると、住職の名文が書かれた短冊がもらえるというので、もらってきた。これはこのお寺のオリジナルだな。こういう独自のシステムがあることは、88カ所の中でも注目される存在になることに貢献しているだろうし、お遍路している人にとっても、良い刺激・アクセントになる。お寺の名前と同じ名字の知人がいるので、お土産にするつもりだ。

 

ここで旅程の検討

 

 車に戻り、普通なら迅速に次のお寺の電話番号をナビに入れて検索するところだが、そろそろ帰路が気にかかってきた。せっかく松山まで来たのだから、久しぶりに道後温泉に入ってみたい気がするが、次回のために半分の44寺は回りたい。現在午後3時前。参拝できるのはあと2時間ちょい。今回の3日間で、ここまで38寺参拝したが、まだ半分もすんでない。
 調べてみると、
  39寺目 50番 繁多寺  移動距離  3km
  40寺目 49番 浄土寺  移動距離  3km
 41寺目 48番 西林寺  移動距離  4km
 42寺目 47番 八坂寺  移動距離  5km
  43寺目 46番 浄瑠璃寺 移動距離  1km
  44寺目 45番 岩屋寺  移動距離  28km
  45寺目 44番 大寶寺  移動距離  12km
  46寺目 43番 明石寺  移動距離  78km
である。40番観自在寺までが愛媛県だが、43番明石寺までの移動距離がちょっと長すぎて不可能だ。45番岩屋寺も遠いが、次回に来るときに岩屋寺から始めると、この78kmを日中の移動時間に走らなくてはならないので、効率が悪くなる。ここはどうしても、44番大寶寺まではクリアしておきたい。


 方針は決まった。5時に終わったら、できれば道後温泉に寄って汗を流して、なにか松山のおいしいものでも食べて帰ろう。

 

  さて、いよいよ2日目である。ホテルから70番本山寺までは30Kmくらい。寺数を少しでも増やしたければ5時起きして、昨日と同じに6時から参拝を始めるべきところだけど、疲れてるし朝食バイキングがあったし、ということで7時30分、移動開始です。

 

 

  この写真は1日日のもので、通りすがりに見た丸亀城と六ッ目山である。六ッ目山は娘山の転化で、ちょっと哀しい物語を含んでいる。形がおむすびみたいに三角で、時間があったら登ってみたい山だ。御厩(みまや)富士とか讃岐富士7富士の一つとか言われている。この辺の土壌の性質と侵食のハーモニーによって作られた地形なのだろうけれど、この地域に特有な風景である。山の地主になるんだったら、こういう山がいいな。

 

  こういう風景を楽しんだり写真を撮ったり登ったりしたいところだが、いろんな事に興味をひかれてしまうオラは、自分でも嫌なくらい道草が多い。今回は写真だけで我慢我慢の旅なのだ。といいながら、丸亀城はちょっと道を外れて撮影したりしているのだけどねーw。

 

19寺目 70番 本山寺 移動距離 30km

  本日の1寺目にも大きな五重塔があり、改修中だった。そこそこ広い境内だが、工事中のせいなのか、周りに住宅も少ないからなのか、開けっぴろげの境内である。きっと朝の5時に来ても自由に出入りできそうだ。読経を始めてみたが、昨日36回も読んだ開経偈も懺悔文も、まだまだ慣れてないというか覚えていなくて、拙(つたな)い読み方しかできない。まだまだ修行が必要だな。

 

 

 20寺目 69番 観音寺 移動距離 5km


  海の近くの川を渡り、ちょっとだけ坂を登って駐車場に入る。写真の土塀はお寺の所有物だと思うが、崩れてて可哀相。でも、山門から上はしっかりしている。

 

 

 

本堂と大師堂のお参りをした後、けっこう立派な階段の上に薬師堂があるのに気が付く。まだ朝も早いし、体力も回復しているし、なにより病気の友達のお願いもしたいので、とことことと登り、お参りする。

 

 

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか ×9唱

 

 

21寺目 68番 神恵院

 


 

山門の写真が、69番のものと同じ事に気が付いてくれただろうか。69番のお参りが終わり車に戻ると、いつものようにナビで次の68番の電話番号を入力して場所検索をすると、「目的地周辺です」と言われる???。


まさか、また回る順番を間違えたのか!?。

 

実は、68番と69番は隣接しているというより、同じ境内にある。さっきの大師堂の数m左に68番本堂はある。だから、山門は同じなのだ。そもそも、よく注意して見れば、山門にちゃんと六十八番六十九番の文字がある。
仕方なく、編み笠をかぶり、トートバックを持ち、30段ほどの階段を登っていく。移動時間がなかっただけ得をしたはずなのに、損した気分なのは修行が足りないせいだろう。
この本堂の入り口はちょっと変わっている。ま、それだけなんだけどね。言われなければ本堂があるのに気が付かないかもしれない。大師堂はかなり小さくて、かわいい。

 

 

帰り際に大きな楠(くす、くすのき)の写真を撮る。大きなこぶがあり、樹齢は100年を越えるだろう。こういう大木を見つけると、オラはよく根元から見上げる写真をとって、触ってそのパワーを分けてもらう。天然記念物か何かに指定されていたが、この木は触っていいよだ。嬉しいね。

 

 

寄り道 琴弾八幡宮

 

69番に向かう道すがら大きな鳥居を見つけていて、67番に移動する前にまたまた寄り道。参道は69番と離れているが、同じエリアで隣接しているので、もしかしたら一体型の信仰施設・区域だったのかもしれない。

 


で、ちょっと寄ってお参りするつもりだったのだが、甘かったというか、失敗した。拝殿は標高100mはないかもだけど、小高い山の上にあったのだ。数えたんだけど300段位あったかなー、忘れた。朝一で体力と時間があるから、ついつい余計なことをしてロスしてしまう。でも、ここにも源平合戦の歴史があったりして、寄って良かった。麓にも小さな神社があり、ここにもお参りしておく。

 

 

 

22寺目 67番 大興寺 移動距離 11km

 

 

ちょっと海から離れ、丘陵地帯の田んぼの脇の駐車場に車を停め、河岸段丘の階段を昇っていくお寺さんだ。どこにでもありそうな感じだが、階段脇の大きな木は、楠(くす)ではなく栢(かや)である。この手前には大きな楠の木もあるけれど、楠以外の木がこんなに大きくなってるのは珍しいかもしれない。

 


階段で誰かが落としていった数珠を拾ったが、境内の目立つ所に置いておく。まあ、取りに戻ることもないだろうけれど、ほっとく訳にもいかないし、自分で使う訳にもいかないしねぇ。田舎に残った昔ながらのお寺さんだ。

 

23寺目 66番 雲辺寺 移動距離 10km

 

さあ、今回のお遍路最大のイベントだろう、ロープウェイ(往復\2,060)に乗って行く参拝だ。この後の移動距離も長いし、ここでどれだけ時間をロスするかが、今日の懸念材料だった。
ロープウェイがあるくらいだから、さぞや賑やかな観光地かと思ったのだが、国道から入っていく道は、2kmくらい?がまったくの田舎道。センターラインもないし、普通車でもすれ違う時に速度を落とさなくてはならない狭さ。きっとここは大型バスも通るはずで、駐車場は凄く広いのだがら、もう少し整備して欲しいと思う。

 

着いたらロープウェイはちょうど出発の時間で、間に合わなかった。しかし20分間隔だし、乗車時間も10分ほどだ。まあ、これくらいなら問題ない。このロープウェイは橋脚間が日本最大で、その間は空を飛んでいるような高さだ。しかも床にはのぞき穴があいている。これはお遍路でなくても、一度は乗ってみる価値はあるね。

 

 

山頂駅は気温24度で、ちょうどいいくらいだ。本堂などは割と新しい建物で、参道に居並ぶ五百羅漢も最近整備されたものだろう。自分の地元にも五百羅漢があるけど、ここのは最近設置された物だろう、中国あたりで彫ったものかもしれない。この羅漢は彫りが深くて日本人が彫ったのではないなという違和感があったり、それでなくても新しくて綺麗でつやのある風体からは、歴史の重さを感じられない。自分はそのギスギス感がなじめない。時間が経てば地元の羅漢様のように、温和で親しみやすくなるのかなぁ。

 

 

山頂には「毘沙門天」展望館が建設されていて、展望台に登ったり室内が見られるようだが、改装中で入れなかった。残念。でも、雲辺寺山927mは登頂したことにしておこう。

 

 

大師堂の前にサヌカイトという石が置いてあった。難しく言うと古銅輝石安山岩という
火山岩で、叩くと鳴るのでカンカン石とも言うそうだ。木槌が置いてあるので試しに叩いてみると、確かに鉄琴のような音がする。この石は石器時代には石包丁を作るなどの材料となっていて、民俗学とか古代研究者には、別の意味で価値があるものだ。近くの山で産出するらしいが、これはちょっと実物が欲しいな。でも買うとなるとちょっと高いんだよ。拾いにも行けるようだが、いつのことやら。

 

発車時刻が迫っているので、山頂駅にとって返す。一緒に登ってきた人もほとんど一緒で、やはりこのロープウェイは概ね、お遍路さん専用なのだなと思う。冬場は山頂付近にあるスキー場に行くのに使われるということだ。四国でもスキーができるのかぁ。
ここには徳島県側から車で登ってくることもできるようだが、きっと細い道だろうなぁ。家族と来るときは、ちょっとロープウェイ代も高いので、車もありかな。

 

 

24寺目 65番 三角寺 移動距離 32km

 

雲辺寺山を後にすると、国道に出て海沿いを走る。海岸通りを走るのは、時計回りがいいね。外国みたいに左側通行なら、運転席側から海が見られるのに。

 

 

駐車場の写真なんか何で撮ったのかと思ったら、通りすがりの川之江城が奧に写ってるな。四国はそんなに大きくないけれど、意外に城が多いね。埼玉にも形だけ城のビルが建てられたりしているが、関東の城というと小田原城くらいのもんだろう。

 


三角寺も山の中腹の標高430mにあるお寺さんで、海道で案内板を見つけ、ナビを無視して直線的に山を登る道を選択する。山肌に張り付くような集落、というほどではないが、埼玉なら秩父にありそうな風景の中を登っていく。駐車場も狭い斜面を削って無理やり作った感じで、こういう場所なら\200位の負担は当然かな、と思う。料金箱があるだけなので入れ忘れる人がいるのだろうか、売店の老夫婦が声をかけてくる。

 

 

山門まで72段の階段はでかなり急だ。石は緑泥片岩のような、そのへんの山から手掘りで切り出したような石材だ。本堂のまえにはさらに古い階段が立ち入り禁止で残されている。急なので危ないからなのかもしれないけど、使わないと荒れるし修繕もしなくなるよね。88か所は随分と整備が進んでいて新しい石畳や階段も多いが、こういう風情あるものは残してほしいと思う。

 

25寺目 64番 前神寺 移動距離 48km

 

次の前神寺までは一般道では50km以上、2時間近くかかってしまう。仕方なく高速道路を使って移動する。どこかの瀬戸内海と港町が見えている。ゆっくりそういう町を見たいものだが、先を急ぐ。

 

 

 

お寺について、いつもの通りに支度をして、本堂について、お賽銭をトートバッグの中を探していると、

 

ここで凄い残念な事案が発生( ノД`)…

 

旅行に行くのに、旅行には不要なものを持ち歩くことがある。お気に入りの帽子だったりアクセサリーだったり抱き枕だったり人形だったり。実はせっかくのお遍路なので、幾つかのお気に入りの品を持ってきてたんだけど、その中でもお気に入りの白たんが行方不明になってしまったのだ。

 

白たんとはゴマフアザラシの縫いぐるみで、サメかなんかの着ぐるみを被っていた。手提げにボールチェーンで提げていたのだが、神前寺の本堂前で、居なくなっているに気が付いた。慌てて辺りを見渡したけど、どこにもない。チェーンは残っているので、ぬいぐるみ側の紐が切れたらしい。

 

 

駐車場までの参道をゆっくり歩いて戻り、車の中も丹念に探したけれど、行方不明。こんな遠くで迷子にしてしまうなんて、可哀想なことをした。オラが拾った数珠みたいに、誰かが目立つところに置いといてくれる、なんて奇跡は起こらなかった。お気に入りだっただけにショックが大きい。これも運命なのか。誰かが可愛がってくれれば、それでいいのだけれど。と、なんか恋人にでも去られたような気分で、次に向かうこととなった。

 

寄り道 その2 石鎚神社

 

お遍路をしていて言うのも何なのだが、実はオラはお寺さんよりは神社オタクなのである。関東近県では、鹿島神宮、香取神宮、秩父神社といった大きな社から、仕事で行った近所の小さなお稲荷さんまで、ほぼ手当たり次第にお参りをしている。だから、石鎚神社ほどの神社になると、横目で見過ごすという訳にはいかないのである。

ということで、少しばかりの傷心を抱え、すぐ隣の石鎚神社に寄る。神前寺にも街道から入る独自の参道もあるけど、どうみてもこのエリアのメイン施設は神社で、その護持として境内に神前寺があった、という位置関係だ。こういう形態が88ヶ所にも全国にもたくさんあり、仏教伝来の際に神道と競合したり排斥しないように、神道を加護する存在として仏教を受け入れてきた名残だろう。
お寺より広い参道を登り駐車場に停め、階段を幾つか登り、参拝をする。境内から平野部が見渡せるが、眺めが素晴らしい。崖に沿っておりていくと、清水の汲めるお宮があるので、ペットボトルでも持って来れば、日帰りならお持ち帰りもできそうだ。山登り派の神社オタクとしては、石鎚山も含めて、ゆっくり楽しみたいエリアである。

 

 

 

26寺目 63番 吉祥寺 移動距離 3km

 

普通の町の普通の道に端に位置する、あまり特徴のないお寺さんである。参拝が同期してしまったお遍路さんとともに、淡々とお参りをすませる。

 

27寺目 62番 宝寿寺 移動距離 2km

 

移動時間が短いので、さっきのお遍路さんとほぼ同時に回る。ここも平均的なお寺さんで、特に心に残るようなことはなかった気がする。

 

 

28寺目 61番 香園寺 移動距離 2km

 

ここでも他のお遍路さんと一緒になったのだが、写真でも分かるように、ちょっとこのお寺は雰囲気が違う。本堂は2階建て体育館のような中にあり、この写真の左にある階段を上り、その中でお参りをすることになる。

 


一緒のお遍路さん達と読経し、先に本堂のある建物から出てきたのだが、こんどは大師堂が見つからない。さては中にあるのかなとも思ったが、そろそろ夕方も近づいてきたし、それらしき看板も見つけられず、見渡すと子安大師堂があったので、「なら、ここでよろしかろう」と、読経をして次に進むことにした。

 

下調べが不十分な自分が悪いのかもしれないが、お遍路をしていると、状況とかが分からなくてどうして良いのか困ることがある。ある大師堂には「鳩が入るので締めて下さい」と書いてあった。これは開けちゃならんと思ったが、賽銭箱も何もないので、戸の外で読経したことがある。正解は、その戸を開けて入り中で読経するのが正しい。写真を撮っちゃダメとかいろいろ規制されるのに慣れてしまい、挑戦とか確認とかお願いとかするのが躊躇(ためら)われる行動パターンになりつつあった。

 

29寺目 60番 横峰寺 移動距離 15km

 

このお寺さんは、今日3つ目の山の中にあるお寺さんだ。ほんとに、歩き遍路をしている人は大変だと思う。細い山道を走り、トンネルをくぐると山の中なのにタクシー?の看板が沢山あって、その先には大型バスが停まっている??。???な違和感を感じながらさらに登ると、有料道路(\1,500)である。小さな小屋のような料金所があり、おばさんに\1,500払って、さらに急な坂になった道を進む。

 

写真左は途中のドラッグストアで買った袋入りかき氷。沖縄で食べた記憶があるが、関東ではこういう形態のはない。他の地域にはあるのかな?


これで有料道路かと思うほどの細い道が6kmほども続く。対向車が来たら絶対すれ違えない。標高およそ800mまで登るのだから当然かもしれないが、斜度もきつくて、我が愛車ノアの能力ギリギリじゃないか?。幸い対向車がいなくて、もう遅い時間だからなぁ、と納得してたのだが、駐車場に着いてびっくりした。10人乗りの小型バスが何台か停まっている。こんなに大きな車が登ってくるのにも驚いたが、こいつとすれ違うのは難儀なことだろう。麓(ふもと)に大型バスが停まっていたのは、そこからここまで団体客を乗せてきたのに違いない。

 


境内に着くと、団体のお遍路さんが居た。時間も迫っているのでその端っこで読経させてもらう。ここにはお遍路さん用の宿坊もあるようだが、歩き遍路でこんな時間に来てしまうと、暗い山の中で路頭に迷うこと請け合いだ。


 

駐車場に戻る途中、道を作るのに削ったであろう露頭には、火山性の石の層が見える。写真は長石か大理石かなぁ。この辺は、三波川変成帯と呼ばれる地形の西の端である。東は我が埼玉県付近まで続く、日本最大の断層なのだ。だから、三角寺の石段の緑泥片岩などは、埼玉の河原ではよく見かけるなじみ深い石なのだ。この露頭にも変成帯特有の結晶片岩がさらに圧力を受けただろう岩があったりして、じつはよく観察したいところなのだ。が、時間がないので、先に進む。

 

 

と、お稲荷さんがある。これは寄らないとなぁ。ちょっと尾根筋を下ってお参りする。こういう忘れ去られそうな神社をみると、ついつい同情というか、俺は来てあげたよ、的な気分で寄り道するのである。狐の恩返しはいつ来るのだろうかwww。

 

 

 

30寺目 59番 国分寺 移動距離 27km

 

今日の参拝は終わりにするつもりだが、予約した宿は松山市、ここから40kmほどある。今日の見通しが甘かったが、明日の朝、少し早く動き出せばいいだろう。とか考えながら車を走らせる。途中に59番があるので、参拝できればしてしまおうと魂胆する。果たせるかな、駐車場も山門も空いていた。まだ明るいが、誰もいないし納経所も空いていない。でも、これで落ち着いてお参りできる。でも、やっぱり慌ててたのかな。カメラも携帯も車に置いてきてしまい、ここだけは写真に収めることができなかった。でもここには握手できる弘法大師像があるので、参拝したのは確かである。家族のこと、友達のこと、全部まとめてうまくいくように、お願いしてきました。

 

 

調子に乗って次のお寺さんも、回ろうかと思いもするが、58番もそこそこな登り道がある山の上なので、あきらめざるを得ない。きれいな夕日と瀬戸内海を見ながら松山市に向かう。信号が少ないので、意外に早く着きそうだ。
こういう時間帯にはよくテレビを見るのだが、(オラの車のテレビ付きナビは、走行中も見られる。危ないのでよい子は真似しないようにね。)地方ではテレビ局が違ってたり、電波が弱くて見られなかったりする。ここはさすがに松山市の近くだし、よく電波が入るので有り難い。しかし、系列というかチャンネル構成がよく分からない。

 

2日目 宿泊まで

 

59番のある今治市から松山市までは、山の中を走る国道317号と海岸線に沿った196号の二通りがあるが、道なりに自然と海沿いの道を進む。ほぼ一本道なので、移動は早い。途中でラーメン店を発見し、ここで夕餉をいただく。ラーメン屋なのに昨日と同じくおでんがあって、ついつい食べ過ぎてしまう。写真を見るとそこそこ旨そうでしょう。オラ的には普通レベルでしたが、帰ってきて食べログなんかをみてみると、ちょっと厳しめの評価が付く店でした。「いちや鍋」というのが気になってたんですが、居酒屋メインのお店みたいです。ラーメン屋の本道ではないと思いますが、メニュー構成とかお得な組み合わせとか時間帯とか知り尽くして、上手にお付き合いができれば、ありでしょう。

 

写真右が\2,900円の部屋。1畳もない空間だ。コンセントとエアコンしかない。


ぱんぱんのお腹を抱えて、今夜の宿に着いたのは8時過ぎ。暗くて手狭い路地を入ったところにあったので、ナビでも見つけられなかった。走行距離は家を出てから1,128.5km、今日は230.8kmの走行だった。

 

昨日の反省で昨晩のうちに予約はしておいた。あまりに安いのでどうかとも思ったが、「お遍路にも」とか書いてあったので、泊まる気になった宿だ。今食事無しとはいえ、個室で宿泊費たったの\2,900である。共同だがシャワーも使える。

 

しかし、究極の狭さだ。部屋に外から鍵がかけられないのも不安で、シャワー室まで財布を持っていく始末だ。さらに安い大部屋もあるみたいだが、心配性のオラには向かないなあ。でも、汗をかいた体を洗えて横になれれば、それで十分。明日は早出したいと申し出ると、勝手に出て行っていいといわれる。キーもないのだから、対応するだけ無駄という感じだ。

というわけで、することもないし、またモグのデイリーだけクリアして、自宅に無事のメールを入れて、さっさと就寝。疲れてるからすぐに眠れる。そして、アラームの音とともに、3日目が始まる。

 

 8月23日は、朝の6時から10時間以上お寺回りをしてきたが、徹夜明けにしては意外に疲れも感じずに頑張れた。きっと、気持ちが張りつめていたのだろう。それと比べても、この文章をまとめる作業が意外に時間がかかる。昨日の第5話だけで5時間くらいパソコンに向かい合ってて、実際のお遍路以上に手間と時間がかかっている。しかし、これはこれでお遍路1回で2度美味しい楽しみ方なのかな、なんて思うのである。自分で楽しいと思わなければ、好き好んでパソコンに何時間も張り付く訳がない。回っている時には気づかなかったお寺の特徴とか由来とか知ることもできるのも嬉しいし、興味が湧いたり調べたりしてさらに時間がかかる。楽しいのだけど、早く作らないと記憶が薄れるのが悩みの種だな。

 

 ブログが完成したら、さらにワープロで編集し直してカラー印刷し、製本するつもり。ブログも読み返しては2度3度と校正してるんだけど、そしたら3度美味しいという訳だ。

 

18寺目 71番 弥谷寺 移動距離 6km

 

 73番をお参りが終わったのは4時過ぎ。あと幾つ回れるかと算段してみたが、次の71番は6㎞以上離れているし、階段も多いとガイドに書いてあるからな、時間がかかりそうだ。その次の70番はさらに12Kmほど離れているので、今日はここで打ち止めにするしかないなと判断した。回れるならできるだけ回りたいのだが、今日18寺回れたのだから、明後日までに50ヵ所回れれば、その次が楽になるからね。とは言うものの、昨日から33時間くらい不眠不休で、27時間くらい運転しっぱなしなのだから、まあ、無理をするにもこの辺が限界だろう。

 

 少し走って行くと、山に道が入っていき、ほどなく駐車場が現れた。ここは無料である。どうやら城跡でもあるらしいこの一角に、弥谷寺があるようだ。守りやすく攻めにくい、その地形は88ヵ所中、一番階段の多い寺になっていた。45番の岩屋寺も駐車場からかなり登らされたが、ここは階段だけで500段余り。10階建てのビルに相当しようという急峻な山際に建てられている。階段がきつい人には、タクシーサービスがあるらしい。だが\500だし時間も遅くて人影もない。時間も遅くなり、数人の参拝客とすれ違いながら、かなり暗い道をとぼとぼと登ることとなった。

 

 

 

少し行くと赤い手すりのある200段階段が現れた。これはきつい。

 


はあはあしながら登ると大師堂がある。着いたぁと思いきや、登り終えたら終点かと期待するのだが、そんなには甘くない。

 

 

 また登り切ってはみたが、まだ着かない。年配の方も休み休み登っていて、白髪頭の人にまだまだ負ける訳にはいかないと、ぜーぜー言いながら、何とか登っていった。実は最近、狭心症気味で、普段これだけ負担がかかると胸が痛苦しくなるのだが、なんとか大丈夫。これも御利益かもしれないなと思いながら、息を整え読経をすませた。

 

 

で、大師堂まで戻ると、もう午後5時を回ってしまい、扉は閉まっていた。閉まっていても普通の大師堂なら構わないのだが、ここは80番のように建物の中に大師堂があるという二重家屋なのだった。さっきお参りしとけばよかったのだが、後の祭り。仕方ないので入り口にて読経をすませる。
降りてきたら、ちょっとだけびっくりした。さっき「はあはあ」言ってた白髪頭の方々は、オートバイに乗ってやってきていたのだ。これは凄い。65歳以上かなぁ、と思われるのに400cc以上かな、スクーターではない結構大きなオートバイの3人連れだったのだ。若いねぇ、いいねぇ、見習わなくてはならないねぇ。

 

宿泊1時間前の宿探し

 

 さて、車に戻ったオラは、ここでやっと今夜泊まるところを探し始めた。いざとなったらこのまま駐車場で車内泊でもいいのだが、心臓大動脈が詰まり気味の人間だし疲れが取れないと明日の行動にも関わるので、ちゃんと横になって眠りたい。車移動なのでパソコンとデータ端末を持参している。今の時代、ネットにつながれば大抵のことは何とかなる。
 じゃらんなんかで検索していたら、条件付きの部屋が近くの丸亀市に1部屋空いていた。さっそく予約を入れて移動すること20kmほど、30分。ホテルのそばまで来ると、ちょうどいい具合にうどん屋さん発見、讃岐といえばうどんでしょ。いろいろとつまみ食いしながら移動してたので、腹へったぁというほどではないが、ちゃんとご飯は食べないとね。

 


讃岐でのうどん屋は初めてかなぁ。でも、関東でも丸亀うどんのようなセルフ式のうどん店が増えていて、親近感がある。カウンターにコンビニのようにおでんがあって、関東人には目新しいが、四国は食べ物屋さんにおでんがあるのは普通なのかな? 明日の夕方に入ったラーメン屋でもおでんがあったなぁ。

 で、写真の湯豆腐なのだが、これはサービス。型くずれしてしまったのでタダでいいよ、と店員さんが言う。他(ほか)にたいしたものが残ってなくてごめんねぇとか優しいのである。そんなにサービスされたらトッピング無しってのも気が引けて、カボチャとメンチカツを付けてしまった。うどんは大盛りというか2玉分。お昼をちゃんと食べなかったからと思ったんだが、焼き豆腐もあり、ちょっと多かったかな。ちょっと残念だったのは、うどん県のうどん専門店なんだが、オラの口にはちょっと薄味で、麺に腰もなくて・・・という感じ。四国には得々うどんという店があったが、以前に関東に進出していた(今もしている?)チェーン店と同じかな?。同じだとしたら、その店の食感・味が近いです。好き嫌いは人の常なので、これが讃岐うどんなのかなぁ。もう少し、食べ比べしたかったけど、明日からは愛媛に行っちゃうのでした。

 

 駐車場の隣のコンビニで、明日のお昼用にパンとか仕入れて、ハードオフがあったのでちょっと見物。この近くに丸亀総合運動公園があるけど、この週末に、大学生の頃からファンになってる、さだまさしさんがNHKの深夜番組「生さだ」で来ることになってたなあ。少し勝手に縁を感じる。

 

 ホテルはホテルルートイン丸亀。予約した時にユニバーサル仕様とか書いてあったのだが、部屋に入っても何の変哲も無いような・・・。

あ、ユニットバスに段差が無い。なるほどね。うどんだけだと炭水化物だけの補充なので、72番で買ってきたイチジクが嬉しいデザートだ。実家にイチジクの実がなっていて、小さい頃はよく食べたものだ。

 

 昨晩は運転しててお風呂入ってないので、さっさと入って缶チューハイ飲んで、モグのデイリーだけクリアして、寝たのが午後8時くらい?。2時頃一度起きて、大浴場でもう一度温まり、6時半に起きる。支度をして7時開始のモーニングでお腹を満たし、さあ2日目の出発だ。車の走行距離を確認すると897.7km。1日目のお遍路は150kmほどだったことが分かる。文章で書くと全然休んでない感じだが、ちゃんと6時間位は寝てるので、体調はほぼ万全だ。

イチジクこれで150円!安すぎる

10寺目 79番 天皇寺 移動距離 7km

 

國分寺を出たのがちょうど正午くらい。水分を補給しながらひたすら次のお寺さんを目指す。今度のお寺さんは、名前がすごい。しかも、門前には立派な鳥居が。

 

 

これは全国に3つしかないと言われる三輪鳥居という。前にも書いたが、88ヶ所には神社が同じ境内にあったり、隣接していたりと、形は様々だがかつてはほぼ一体化していた所がいくつもある。天皇寺などはその一つなのだろう。正面のお堂が本堂かと思って行ってみると、どうも違う。ここは、崇徳天皇社である。もちろん讃岐に流されて崩御した崇徳天皇が、祟りを怖れて奉られているのである。その割にはこぢんまりしているな。でも、ちゃんここでもお参りしといたから、静かに眠ってくれるだろう。神社での祝詞は、

 

2礼2拍手1拝して、

 

祓(はら)え給(たま)え、清め給え、
神(かむ)ながら、守り給え、幸(さき)わえ給え

 

である。所により守りたまえの代わりに「奇(く)しみたまえ」という神社もあるようなので、オラはオリジナルで5つのお願いをすることにしている。くしみたまえの意味は、奇跡の力によって幸せを給え、だという。お寺だと本尊をあがめ奉る言葉を並べるのに対し、神社は私の汚(けが)れを祓って幸せにしてね、とお願いだけでいいのがポイントだ。

 

それはそうと、じゃ、隣の建物が本堂かなと思ってもこれも違う。???になって少し戻ると、神社の参道の脇に天王寺はあるのだった。敷地も建物もかなり小さいが、もともと神社の境内にあったお寺さんらしい。76番でオラが先んじていたグループがすでに読経を始めている。行き当たりばったりのお遍路は、迷うことも多い。逆打ちが3倍の御利益があると言われているのは、道に迷いやすく困難が多いことに由来するのだとか。

 

 

11寺目 78番 郷照寺 移動距離 8km

 

住宅街のそばの、山際に建てられているこのお寺さんに行く道は狭い。でも、駐車場もあるし小綺麗なお寺さんだった。それほど高い場所にある訳ではないが見晴らしもきく。本堂はすぐにあり、その脇を大師堂に登る階段が狭い。狭い境内を立体的に活用している感じだ。

 

 

大師堂のとなりに観音堂がある。観音様の足下が地下室になっていて、降りてみると凄い数の観音様が奉られている。これは時間がなくても一巡する価値はある。

 

 

帰り際に庭園が見事というので行ってみると、これもなかなか手入れがされていて素晴らしい。周りを回れるといいのだが、それはできないみたいだ。

 

次のお寺に行く道すがら、なかなか立派な神社があったので寄ってみる。地域の村社か何かと思ったのだが、意外に古いし歴史もありそうだ。宇夫皆(うぶしな)神社と読むらしいという。

 

 

裏側に回ると御前岩という巨石が昔から奉られていたのが分かる。岩を神と崇めるのは相当古い時代からここが地域の中心であったことをうかがわせる。信仰の原型を見るようで、寄った甲斐があるというものだ。

 

 

もっと詳しく知りたくて帰ってからネットで検索してみたのだが、たいした情報が出てこない。神社の名前が分かったのも、隣に有名なうどん屋さんがあって、餅の天ぷら入りのうぶしなうどんが美味しいというブログのおかげだ。次回があったら、食べてみたいものだ。神社の駐車場には仕事をさぼってるサラリーマンらしい車が停まってるという、のんびりした神社だった。

 

12寺目 77番 道隆寺 移動距離 8km

 

街中にあるお寺さんで、まあ平均的な感じ。山門前には駐車場整理のおじさんが居たが、工事中だったからかな。お遍路さんようの休憩所もあったと思うが、中に入ってどう振る舞ったらいいのか分からなかったし、やはり時間が惜しいのでスルーする。

 


ここのカネも目立つところにあるので突きたかったのだが、真夏の真っ昼間の暑さのせいで、鳩が日陰に集まって休んでいる。まあ、暑いのは分かるけど、他に行く場所がないのか?と思った。

 

 

 だんだん文章が少なくなってきたな(笑)。 車を停めて、手を洗い、鐘を突いて読経し、も1回読経して、車に戻る。行動がパターン化してしまうと、頭のメモリーに残る情報が少ない。お寺さんにも特徴や見所がある場合もあるのだが、よほど興味を引かれないと立ち止まらないし、いちいち反応してたら時間がいくらあっても足りないと、自制しているせいでもある。ま、鳩には反応してしまったのだがwww

 

13寺目 76番 金倉寺 移動距離 5km 駐車料金 \200

 

 ここで初めて駐車場料金を払うことになる。200円位どうということはないけれど、他のお寺さんが無料なので、どうも素直になれない自分が居る。200円分のためではないだろうけれど、ここには88ヶ所のお砂踏みができる施設が併設されている。

 

 

 お砂踏みとは88ヶ所のお寺さんから境内の砂を譲り受けて、ご本尊を奉るとともにその前に砂を埋めておき、これを回ることで88ヶ所を回ったのと同じ功徳が得られる、という誠にコンビニエンスな仕掛けである。これは四国88ヶ所以外全国に作られており、四国まで来られない人には有り難いものだが、いかにも安直なイメージが拭えないのは、オラが意固地なせいなのか。

 


 本堂の前には、大きな数珠が下げられている。これを回すと珠がかつーんと落ちてくる。子供がおもしろがって回しそうだが、これを回すことで煩悩がなくなるというアイテムだ。せめて10個くらい回したかったが、先客が居たので諦める。

 

 

 ここの大師堂には88カ所で唯一、弘法大師外のご本尊が祀られている、なかなか不思議なお寺さんである。天気が良すぎて青空が広がり、いい色味の青空が撮影できたのが嬉しかった。

 

 

14寺目 75番 善通寺 移動距離 2km 駐車料金 \200

 

またまた有料の駐車場から太鼓橋を渡り、境内に入ろうとすると、竜宮城かというような門構えにびっくりする。この建築様式は何カ所か見かけたが、やっぱり海の近くに多い気がする。入った所にあったのは大師堂で本堂が見あたらない。参拝客らしい人が歩いてくるので、山門を出て道を渡ると、さらに広い境内があり、五重塔まで建っている。これは広いお寺さんだ。ここまでのお寺山の中でも最大ではないだろうか。

 

 

本堂でお参りを済ませて帰る途中には、観智院というお寺が別にあり、十一面観世音菩薩・子安観世音菩薩が奉られている。こういうお寺さんは塔頭(たっちゅう)と呼ばれる。お寺の中の細分化されたお寺である。この場合、原則として山号を持たないのが特徴だ。善通寺には49もの塔頭があったのだという。

 

 

導かれたのも何かの縁ということでこちらにもお参りをする。隣には弘法大師像の乗った岩山のような堂がある。周りを巡ると、なんとここでも88ヶ所参りをしたのと同じ功徳があるという。どうしても回らせたいのかという運命を感じ、ここでは一巡することにした。

 

 

大師堂に戻り、お参りをして駐車場に戻る。下の川原に降りられたので、川原石を幾つかサンプリングする。
 
15寺目 74番 甲山寺 移動距離 2km

 

本日の中で一番印章が薄かったお寺さんである。感想を書こうとして写真を見ても、すぐには思い出せなかった。ネットで調べて、川に面した砂利会社の脇から細い道を入った所だと、やっと合点した。もしかして行ってないんじゃないかとか思ったが、良かった良かった。

 このお寺さんは、崖を削って駐車場を広げたり、山門が新しいせいもあるのだが、入ったところの境内には趣というか重鎮さが足りない気がする。それでも本堂と大師堂は歴史を感じさせる構えだ。

 

 

16寺目 72番 曼荼羅寺

                 移動距離 1km (駐車料金 \200)

 

なかなかきらびやかな山門だが、山に登る途中のような場所にある小さめのお寺さんである。駐車場が狭いのだが、隣のおみやげ屋さんのようなお店にご自由に、と書いてあったので停めさせてもらう。中はごく平均的な感じで、ここでもさっきから一緒に回って居るお遍路さんに会う。売店で何故かイチジクが\150で売ってたので、つい、買ってしまう。

 

 

17寺目 73番 出釈迦寺 移動距離 0.2km

 

注意深い読者は気づいたのかもしれないが、前の曼荼羅寺が72番で、この出釈迦寺が73番である。逆打ちのはずが順打ちの順番だ。これには、73番のハズのお寺の参拝が終わって、次の曼荼羅寺をナビで検索した時に気が付いた。そう、オラは参拝する順番を間違えた。74番甲山寺から73番出釈迦寺を目指すと、その道すがら、先に72番曼荼羅寺に着いてしまう。お寺の名前をよく見ないで回っていたので、全然気が付かなかった。

 

 

 これには、ちょっとショックを受けた。何しろ、今年は逆打ちだから意味があるので、ここで順打ちをしたとか、いや、そもそも順番を間違えては意味がないんじゃないか。73番をお参りして、72番をやり直そうか?、かなり迷った。

 

 だが、結論として、逆に回っていることには変わりがないという一点で、勘弁してもらうことにした。こういうトラブルがあるからこその逆打ちだと無理矢理解釈した。だいたい自分で気が付かなければ何の問題も無かったのだし、とさらに言い訳を糊塗(こと)する。5時までそう時間がないというのが一番の理由だが、やはりお参りし直すというのも躊躇(ためら)われたのだ。決して面倒臭いなどとは思ってない、はず。

 

 

73番は72番のすぐ上にある。駐車場は、参道の左奥に無料のがあるのだが、手前におじさんが立ってて有料駐車場に入れたがっていた。駐車場の境界もよく分からない位置関係なので、そもそも全体が有料なのかな、とか錯覚してしまう。きっと、よく分からないで回っていると、おじさんにお小遣い稼ぎをさせてしまうのだろう。真摯な気持ちで回りたいのだが、こういう姑息な商売をされると、どうにも気持ちがざらついてしまう。まだまだ修行が足りないな。

 

 

 駐車場から本堂に登っていくと、実は奥の院があるそうで、カメラの望遠レンズで見ると、果たして山の上にお堂がある。歩き遍路の人は、あそこまで行くのかな? 他のお寺さんでも奥の院があるのはここだけだと思う。

 

 

 お参りが終わると、ここがなかなか景色のいい所なのに気が付く。夕方が近いのか日差しが綺麗だ。道ばたではまたまた売っていたイチジクを見つけ、この辺の名産なのかな?と思う。

 

 ここまで読んでいただいた人の中には、「よく色々なことを覚えているね」と思ってくれる人が居るかもしれない。お遍路の間は移動とお参りに一生懸命で、その時々に感じていたことをメモすることはほとんど無い。特に8月の記憶は1ヶ月以上たって思い起こしながら書いている。それでも何とか書けるのは写真をまめに撮っておいたのと、やっぱり初体験は印象に強いということがその原因だと思う。
 なので、ここまで順調に書いてきたが、そろそろ当日も慣れてきたとみえて、どんなお寺だったのか、だんだん印象がぼやけ曖昧となり混濁してくる。以下、お寺の説明とかで取り違えがあったら、ごめんなさい。

 

6寺目 83番 一宮寺 移動距離 17km

 

 一宮寺は田んぼの間の一本道を歩いて行くお寺さんで、小さい川の流れなんか、昔のオラの実家の周りの感じに似ていて、好きだな、この風景。

 

 お日様もだいぶあがって日差しが強くなり、参拝客も増えてくる頃合いで、ここで始めて団体のお遍路さんと遭遇する。団体さんにはたいてい引率する方が居て、読経とかをしっかりやる。お賽銭とか御朱印とかも並んで行うので、急ぐ自分としては出会いたくない存在だ。も一つ困るのは、読経の声が大きくて、隣で一人で暗唱しているとつられて間違えることがしばしばある。読経するとき本来はお経を開いて読むものなので、ものぐさするのが悪いんだけどね。

 あと、ここでちょっといらっとしたのが、三脚を立てて仏像を撮影しているおじさんの存在。団体客の読経が終わりそうだったのでちょっと待ってたのだが、その後で正面を陣取りパシャパシャ、3分-5分くらい撮っては確認し、撮ってはやり直しを続けている。オラもたまには撮影することもあるが、禁止されている所も多いし、待ってる人が居る時に撮り直し撮り直しは、あまりにも非常識。本人はいい写真が撮りたい一心だろうし、そう何回も来る所じゃないからというのは、分からなくはないのだけれどねぇ。

 

 というような心の雑念を取るためのお遍路なんだろうけど、まだまだ雑念と煩悩のかたまりのオラでした。ここのご本尊も薬師如来。心を込めてお祈りします。

 

7寺目 82番 根香寺 移動距離 15km

 

 次に向かうお寺さんは山の中にあった。ナビの推薦ルートを断って最短ルートを選んだら、かなり細い山道を走らされた。でも、どうやらそれが歩き遍路道のようだ。根香寺に着くと団体さんがバスから降りてたので、読経を先にするために急いで駐車場から山門をくぐり、下ってまた登って本堂に行く。山の複雑な地形の中に立っているお寺さんだ。

 

 

 

個人だし読経はちょっと省略してるし御朱印はもらわないので、同じ団体客と同期するように巡ることは少ない。でも、個人やグループだと、3つ4つのお寺をほぼ同時に回るようなことが、たびたびあった。本堂だけ回る人、納経・納札・お賽銭だけの人など、参拝の仕方もいろいろだ。この頃になって、ろうそくと線香をあげるのもかなり主流らしいということにも気が付いた。お寺さんでも売っているが、数を回るので基本的に持参である。次回は持ってこようかな。でも、時間も余計にかかるし、悩むところである。

 山の中のお寺では、蝉が鳴いている。読経していると、蝉の鳴き声とたまに吹く風が背中の汗に心地よい、といった風情を感じたりする。これを書いている今日は10月なのに30度近い好天だが、やはり、あの夏の日の暑さに比べれば、涼しくなったものである。


8寺目 81番 白峯寺 移動距離 8km

 

 次のお寺さんも同じ山の中にあった。駐車場から山門をくぐり、本堂はちょっときつめの階段を上る。88箇所の半分くらいのお寺が山頂付近や山の麓(ふもと)にあり、その場合はたいてい、坂と階段がつきものである。根香寺と白峯寺は50段前後かなあ。まあ、この位は風情の良いアクセントになるんだけど、200段とかになると一苦労だ。本堂に着いても息が上がって読経どころではない。一日中、外を出歩くのは体力的にかなり負担だが、加えてこの階段の上り下りだけでも、相当の運動量になる。

 

 

 白峰寺はお堂の多いお寺さんで、自分の十二支御守本尊とか友達のための薬師堂とかも回る。

 

 

山門を出ると鳥居があるので、お稲荷さんなのでまたまた寄り道をする。なぜ、お稲荷さんにこだわるかと言えば、商売繁盛の神様だからである。帰ったら、パチンコで御利益あるといいなぁ。

 

 

9寺目 80番 國分寺 移動距離 14km

 

  一旦、山の中のお寺が終わる。車だから登ろうが距離があろうがそんなには気にならないが、お遍路ってやっぱり大変だなぁとか思う。山の中から見えるのは瀬戸内海。山無し県から来ると、こういう風景には見とれてしまう。

 

 

 時間はすでにお昼くらいだが、夜中のラーメンのおかげでお腹が空いたという感じは余りないし、パンとかゼリー飲料とか、腹つなぎの食べ物は用意してある。暑いので水分を補給しなくちゃならないし、それだけで空腹感は薄れる。茶腹も一時、とはよく言ったものだ。とにかく日中は回ることに集中したいので、のんきに名物料理でも、とか言ってられない旅なのである。
国分寺とはは、741年(天平13年)に聖武天皇が作らせた地方庁舎のような存在で、調べたらここはその時の讃岐国分寺らしい。愛媛、高知、徳島の国分寺も同様である。弘法大師よりも前から、地元の中心だったのだな。

 

  ここで、オラは初めて鐘を突いてみた。朝のうちは近所迷惑なので突かいのが礼儀だが、ここは参道の目立つ所にあり、突いて下さいと言わんばかりだった。8割くらいかな、のお寺に鐘はあるのだが、設置場所は色々で、本堂に行くのに気を取られていると、鐘を突くのを忘れることが多い。で、帰り際に気づくこともしばしばなんだが、「帰り打ち」は、作法にかなわないという。きっと「返り討ち」の忌みなんだと思うが、どうだろうか。

 


 本堂の参拝がすみ、大師堂と向かったのだが、境内には池があり、弁財天が奉られている。88ヶ所でも出会うことの多い仏様だ。ゲスな見方かもしれないが、長旅の中で少しでも女性と触れあうことは、案外、心の癒しになってるんじゃなかろうかねぇ。一人孤独に山に登ることもあるオラだが、ラブレスのナイフみたいに道具に女性が描かれているものも結構あるのだよ。

 

 

  ここの大師堂は珍しく屋内にある。説明が難しいのだが、もともとの大師堂を覆うように建物が増築され、もしくは隣に納経所を増築したのかな、とにかく売店を入るとその奥に納経所があり、土間を挟んでその隣に大師堂があるというような作りなのであった。

 

 ここではやっとちゃんとした経本を手に入れた。前の人が御朱印をいただいていたので売店をうろうろすると、気を引くものがたくさん。お遍路バッチ4個、お遍路バッグ、般若心経のキーホルダー、そして編み笠である。

 

 

バッチはもともと集めていたからで、頭陀袋(ずたぶくろ)は「同行二人」と書いてあるのがお遍路では一般的だが、後で普段使いができないと思った。ので、ちょっとカジュアルなトートバッグ風なのにした。あと、日差しが暑いので編み笠は必需品だが、これは参拝や読経の時に脱がなくて良いのが肝である。お遍路さんがハズしたりかぶったりの手間を省くのが目的かどうかは知らないが、読経してる時に人目が気にならないという利点がある。あと背中に「南無大師遍照金剛」などが書いてある白衣は、ちょっと自分的には大袈裟(おおげさ、しゃれのつもりではないwww)なので買う気はなかったのだが、お坊さんの正装である袈裟の代用品の、首にかける「輪袈裟」が欲しかった。しかし、すでに6000円を越えていて、あまりにも大量に買うのも恥ずかしくて、次の機会にすることにした。なににせよ、やっとこれでお遍路さんらしくなれたのである。

 

 

 

 

 

2寺目 87番 長尾寺 移動距離 17km

 

 山の中から下ること、およそ20分ほど。2番目の霊場、長尾寺に着く。駐車場も隣に在り、庭も広い。のこのこ入っていくと、手水場が無い。あれ?と見渡すと、山門脇から入ってしまったことに気が付いた。あわてて山門から出て写真を撮る。埼玉にも草鞋(わらじ)を山門に飾るお寺さんがあるが、お遍路のお寺には非常に多い気がする。やはり歩き遍路が正道、正攻法なんだろうなぁ。

 

 

 

 お寺に入り直し、手を洗い口をすすぐ。これは神社のやり方とほぼ同じ。残った水で取っ手の棒を洗うという作法は無いみたいだ。柄杓には奉納した人の名前が一杯書いてある。これもお遍路に共通したやり方だ。タオルが下げてあるお寺がほとんどだが、使う人が多いので、どこでもほぼ湿っている。後の人のためにも、ここでは自分で持ってきた般若心経入りの手ぬぐいを使うようにしていた。

 

 長尾寺は住宅街にある平均的なお寺さんですね。掃除も行き届いており、さわやかな朝にはぴったりのお寺でした。

 

 

3寺目 86番 志度寺 移動距離 7km

 

 次はあっという間の5分程度の距離にある志度寺。同じく住宅街の割と細い路地に入口があり、駐車場が表通りから入る参道の奥まで行った山門横にあるのに気がつかなくて、朝だったので路上駐車してしまった。せまい道だったので、誰かに迷惑をかけないか、少し後ろめたさを引きずりながらの参拝。こういうのは気が急(せ)くので良くないね。

 

 山門をくぐると、檀家さんだろうか、多くの人が清掃に精を出していて、おはようごいざいますと挨拶をしてくれる。木がたくさん生えてて本堂への道順で迷ってしまったが、それくらい自然な感じのお庭だった。その中の手水場で手を洗っていると足下でなにやら蠢(うごめ)いていてビックリ。大きな沢ガニ(たぶん)だった。

 

 

たぶん大丈夫とは思っていたけど、車が気になってそそくさとお参りをすませ、足早にお寺を後にした。住宅街にありながら、なんか50年くらい昔の感じを漂わせる、懐かしいたたずまいのお寺さんだった。次回はゆっくりその空気感を味わいたいと思う。

 帰り際、隣の常楽寺に平賀源内のお墓があった。ホントに参道のすぐ隣にポツンというか、いきなり平賀源内登場で、ちと、不意打ち勘がある。ちょっと寄り道して拝んできたが、こういう寄り道をちょろちょろするのが、オラの悪い癖で、後で時間に追い立てられる原因になるんだよねぇ。

 

 

4寺目 85番 八栗寺 移動距離 7km

 

 次のお寺を目指すときに役立つのがカーナビである。調べておいた資料に88寺全ての電話番号をコピーしておいたので、道に迷うことはない。近くまで行くと、さっきの駐車場みたいにウロウロすることはあるんだけど。とにかく、世の中、便利になったものである。

 ところが、85番を検索したときに目が点になった。ナビがお寺まで案内しないのである。その終点から伸びるサンマ傷みたいな記号は電車???。あわててガイドブックを開いて調べてみる。やっぱりガイドブックは必要だよなあ。

 

何だと!!!。

 

 なんとサンマ傷はケーブルカーだった。そーかぁ、そういうお寺もあるのか。乗車賃(往復930円)は仕方ないにしても、時間のロスが痛い!!!。文句を言ってても仕方が無い。成せば成る、何があってもとにかく行かなくては話にならないのである。

 

  駐車場に着くと、昭和の香りのするケーブルカーが鎮座していた。動くのか?と言いたくなるほどのレトロ感満載である。写真の赤い部分は、完璧な赤さびで塗装がはげている。始発は7時。良かった、あと10分ほどで出る。乗車時間は5分。15分間隔で運行しているので、まあ、許容範囲だ。

 

 

 たった1人の乗客を乗せて、ケーブルカーは登っていく。最後にケーブルカーに乗ったのは、神奈川県の大山(おおやま)かなぁ。最近は高尾山でも筑波山でも、自力で登ってたからねぇ。こんな時でもないと、なかなか乗る機会はない。ちなみに歩いて登ると30分だそうだ。

 

脇の参道だが鳥居があるのに注目。88カ所にはかなりの割合で、神社と融合している
写真右の手水場の水の中には・・・。 裏の山が五剣山

 

 頂上駅に着くと、とっとと本堂に行き手水場で手を洗い・・・、あれ?、山門がない???。境内をうろついてみると、来た道の反対方向に下る道が。そう、ケーブルカーでの参拝は、本堂の脇から境内に入る形で、山門を通らないのである。んー、ちょっと悩んだが、たった数十メートルとはいえ、行ったり来たりするのは滑稽だし不合理だし手間だし労力もかかる。ということで、山門にはあまりこだわらないことにした。お寺によっては駐車場から遠くても、山門から入れという看板があるので、そういうときには従った。

 

 ちなみに八栗寺には車で行ける裏参道がある。とあるWebサイトの情報では21%の急勾配もあるし無料駐車場はやや遠いらしい。当日もその道には気が付いていたのだが情報が無くて、結局無駄足と時間ロスになるのが嫌で挑戦しなかった。が、今回のように朝早くなら裏参道から入るのはありかもしれない。

 

 ここでのビックリも手水場で起こった。柄杓(ひしゃく)ですくった水の中に生き物が。そう、元気なボウフラである。ま、あまり気にしないオラは、汲み直して手を洗い、口をすすぎ、ちゃんとお参りしてきました。だってね、その為に来たのだもの。

 

  7時30分の下りに5分の余裕を残し。山頂駅に戻る。お土産に石の文鎮?重し?が売っている。花崗岩(かこうがん)か安山岩かって感じ。ふーん、この辺りは石材の名産地らしい。というか、八栗寺の背後の五剣山付近は「庵治石」という花崗岩の山地だったのである。これは石コレクターには見逃せない情報だ。


 と判明したのは後の話で、その時はまたまた一人でケーブルカーに乗って、次に向かうことにする。ありゃ、次もまたまた山の上らしいのだが・・・。おお、あの向かいの山だな。山なのに、島?、なのか?

 

5寺目 84番 屋島寺 移動距離  8km 有料道路通行料金 \630

 

 「やじまじ」ではない。「やしまじ」と読む。「やしま」と聞いて「ヤシマ作戦」を思い出す人は、なかなかのアニメ通だよね。それって「屋島の戦い」って人は、歴史通と言ったところか。

 

 ※ヤシマ作戦 エヴァンゲリオン第6話第5使徒ラミエルをシンジが長距離射撃した
 ※屋島の戦い 源平合戦の1つ。那須与一が、船上の扇を一撃で射貫いた

 

そう、ここは1185年に平家と源氏が戦った場なのである。
その屋島と呼ばれる小高い山に登るのだが、今回はケーブルカーではない。車で上まで上がれる。しかし、地図上の道路が青い。そう、有料道路である。ケーブルカーに有料道路、ここまできてやっと、お遍路はなかなか物入りで(お金がかかり)、やっかいな(手間のかかる)修行らしいことを認識することになる。参拝は自分の意思と足があればできるものと思っていたが、いちいち小銭をむしり取られるようで興ざめの感がある。まあ、車で簡便に回ろうという横着なやつからは、少し位取ったっていいんだけどね www

 

 とは言うものの、この道の眺めはなかなか素晴らしかった。源平合戦のあった海も、さっき登った五剣山も一望できる。頂上には水族館なども在り、ちょっとした観光スポットの1つとして八島寺は位置づけられているようだ。

 

 駐車場から境内に入ると、もう完全に歩き遍路の登り道とは別で、山門は反対側にある。八栗寺ですでに山門スルーしてたので、もうこだわるつもりもなかったが、なんとなく登り口を確認したくて山門を出たり入ったりした。歴史ある山なのに一方の駐車場側の山門は新しくて、境内も改装途中のようで、新興宗教のような違和感がある。

 

 屋島が山として残ったのは、山頂付近に固い安山岩があるからである。八栗寺の辺りから見ると、南側の一部は切り立ってていて、ちょっとアメリカのモニュメント・バレーナンカニアルのビュートという岩山に見えなくもない。この写真を撮るのに良い場所が無くて、取り損ねたのはちょっと残念。その下には五剣山と同じ花崗岩の層があるのだという。
 と言われても、素人目には岩の違いはほぼ分からないwww。展望台の周りにも、さっきお土産で見た花崗岩に似た石の欠片がごろごろしている。一つをサンプルとして回収し、次へと向かう。

 あ、ちなみに屋島はもともとちゃんとした島だったのが、塩生産で埋め立てられたりして、ほぼ陸続きのなっているのだそうだ。登記上も陸扱いのようだが、川が四国本土との間にあり、橋を渡らないと行けないエリアなのである。 

屋島を出たのは9時30分くらい。5寺で3時間半。1寺あたり40分くらいの計算か。

残りあと7時間半だから、あと10寺くらい行けるかな?

 

 14時間運転という、長距離バスだったら営業停止確実な修行?のあと、いよいよ参拝が始まる。これからこれを88回繰り返す訳だ。
 お遍路というとこんな感じだが、↓

              

わいいフリー素材集 いらすとや
               http://www.irasutoya.com/2015/08/blog-post_479.html

 

初日のこの日はTシャツにチノパンという普段着のまんまである。一応、15年くらい前に飛騨高山の朝市で買った櫟(いちい)の数珠と、パワーストーンのブレスレットは身に付けている。それとこの日のために用意した川原石を手提げに入れてある。88ヵ所参りを終えたあかつきには、御利益のお裾分けとして先祖の墓に供えるつもりだ。


 お参りの仕方なのだが、前日に調べてみたら、
  1.山門で一礼
  2.手水場で手を洗い口をすすぐ。
  3.鐘をつく(朝晩は省略、鳴らせない所もある)
  4.本堂で一礼、納札、写経を納める、読経
  5.大師堂でも一礼、納札、写経を納める、読経
  6.納経所で御朱印をいただく
  7.山門で一礼
だそうだ。単にお賽銭を入れて手を合わせるだけじゃダメなのである。


 判明したのが前日なので、納札(これは納経所の売店で買える)と写経は間に合わない。般若心経と光明真言は唱えられるが開経偈、懺悔文、三帰文 三竟、十善戒、発菩提心真言、三摩耶戒真言etcは不案内でよく分からない。いろいろ調べると読経の仕方にも何種類かあるみたいなので、できる範囲でいいだろうと自己解釈して般若心経と光明真言の前後に、開経偈、懺悔文、ご本尊真言、回向文を唱えることにした。しかし、これだけでも10分近くかかる。これを本堂と大師堂の2ヵ所で読経するのだから、88ヵ所巡りは意外に時間がかかる。
 また、お参りした証拠にもなるのが朱印帳であるが、これを書いてもらうのには300円のお布施が必要だ。けちるつもりは無いが、300円×88寺=26400円で、かなりの負担になるのは事実。なにより朝の7時-5時と納経所の開設時間に制限があるので、急ぐ旅の身では避けたいし、団体客に遭遇すると待ち時間が大幅に増えてしまう。ということで、これも省略することにした。
 始める前から色々と省略して、御利益なんか期待できるのか、と非難されそうだが、苦しいときの神頼み、そういう事情を汲んで願いを拾い上げるのが仏様の言う慈悲なのだと信じよう。信ずるものは救われるのである。

1寺目 88番 大窪寺 本尊は薬師如来。
 夏の山の空気を吸いながら、駐車場から山門へ。一礼して正面の本堂に向かう。山の中にあるお寺らしいお寺である。朝の6時に山の中のお寺には、当然、誰も居ない。ところで、最初からこんな話題で申し訳ないのだが、案内板を良く読むと、大窪寺は女体山の南麓のイヤン谷の脇にあるそうで。なんか字面があまりにも不謹慎というか神聖な場に不似合いなのが気にかかる。

 


 ま、何かしろ種々の経緯というものがあるんだろう。気を取り直して、本堂に進む。

 


 朝の6時でもちゃんとお堂が開いているのが霊場たる姿だな。後で分かることだが、7時前とかには開いてないお寺もあるようで、場所柄とか防犯上仕方がないのかもしれないが、回る時は気を付けたい点だ。

 さて、いよいよ神妙な面持ちで用意してきた開経偈、懺悔文を読む。句読点の位置さえよく分からず、一字一句読み上げる感じである。開経偈というのはこれから読経しますよ、という挨拶みたいなもんであるから、これはやっぱり省略しちゃいけないと思うんだな。

 

無上甚深微妙法(むじょうじんじんびみょうほう) 「び」は「み」と読むことも
百千万劫難遭遇(ひゃくせんまんごうなんそうぐう)
我今見聞得受持(がこんけんもんとくじゅじ)
願解如来真実義(がんげにょらいしんじつぎ)

 

懺悔文は日頃の行いを懺悔する訳であるから、これこそ省略致しかねる。

 

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう) 「語」は禅宗系は「口」で「く」
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)  

 

 次に般若心経である。これはお経を奉納するという意味合いがある。お賽銭だけじゃダメなのは、自分が実際の行動で奉納するところにあると思うのだな。だから直筆のお経を奉納するのもありな訳だ。次回があればそうしよう。

 次が本堂にまつられている仏様の真言を唱える。真言はお経に似た短い唱文だが、内容は安置されている方が、すごく貴き尊い仏様であると崇めた文言である。これを念ずることを通して、自分の願いを聞き届けて欲しいとお願いする、という行為だ。なんか「あんたは偉い」と褒めちぎって御利益をもらおうという姑息な手段のような気もする。
 だが、何しろ相手は懐の広い広い仏様である。衆生の煩悩などお見通しな訳であるから、700kmも運転してきた虫けらのような存在の、砂糖一粒下さいってレベルのちっぽけなお願い程度で、「都合のいい頼み事なんかしてんじゃねえよ」などと無碍にする訳が無いのである。

 薬師如来の真言は「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
 簡単で短い。すぐ覚えられるのでこれは修得済み。
 しかも、モグ友の病気のこともある。
 本来は3回唱えればいいのだが、3倍増しの9回唱えることにした。
 仏様、本当にお願いします。

   m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m

 

 次は光明真言であるが、これは水戸光圀の印籠とかスペシウム光線とかライダーキックの如き、ウルトラスペシャルに強力な最強の真言である。これを唱えれば間違い無しにあらゆる災難を取り除くことができる光明をもたらしたまえと、大日如来にお願いするのである。これはインドでの発音をそのまま唱える。

 

 おん あぼきゃ べいろしゃのぉ まかぼたらまに 
 はんどまじんばら はらばりたや うん     
              三唱

 

意味が気になった人は、自分で調べてみよう。これを日々常に心で唱え続けていると、なかなか心強いものですよ。なんたって仏様は、すがるものを見捨てたりはしないはずですからね。というか、何でもいいのかもしれないけれど、すがる物があると、人は強く生きられるんですよ。

 最後は回向文である。これは自分の謙虚な姿勢を功徳とお認めになってくれるのなら、自分だけでなく、人類すべてにその恩恵を分けて与えて下さいという、いわばお願いの追加である。自分だけが良ければいいというんじゃいけない。実に素晴らしい宣言でもある。

 少し脱線するが、昔、聖書を一通り読んだことがある。何日にも分けてずっと読んでいると、無神論者を気取る自分にも、聖書の愛の精神はかなり浸透してくる感覚に襲われた覚えがある。汝の敵を愛せとか右を打たれたら左頬を差し出せとかいう教えも、繰り返し繰り返し説かれていると、それが正しいと思えるものなんだな、人間は。これが洗脳と言えば聞こえは悪いが、少なくとも悪人になる知恵とか手段では無いのだから、明日の不安を抱える古代の時代背景を考えると、すごい処世術、生きる精神的支柱となり得ると、感服したものである。

 今回も同様で、1日中、毎回毎回懺悔し、みんなの為になるようにとお願いしているうちに、たしかに「悪いこと」「ずるいこと」をしにくくなるもんです。もちろん、普段から何か悪いことしている訳じゃ無いけどね。どっかの政治資金の不正受給しているような連中は、お遍路した方がいいんじゃ無いかなぁ。

 

 願わくは此の功徳を以て 普く一切に及ぼし
 我等と衆生と 皆共に仏道を成せんことを

 

これだけは読み下し文で普通に唱える。宗派によって色々変わるところも多いらしいが、意味はほぼ同じ。これで本堂のお参りが終わり。

次に大師堂に行く。

大師堂はもちろん88箇所ゆかりの弘法大師をお祀りしている。気をつけたいのは、名前が似ている太子堂というのがある。これは聖徳太子をお祀りするお堂で、けっこうあちこちにある。しかも52番の大山寺には弘法大師の大師堂とは別に聖徳太子堂まであるので、ややこしい。
 ともあれ、ここでもお賽銭、開経偈、懺悔文、般若心経、光明真言、回向文を唱える(真言は本堂の仏様を奉るものだから太子堂ではしない)。

 このとき、始めて人に会った。


「おはようございます。」


お寺の関係者であろうか。逆打ちでお遍路をしていると、順打ちをしている弘法太子に会えると言われているのだが。何はともあれ、1寺目が無事にお参りが済む。あと87寺w。
時刻は、6時40分。意外に時間がかかるな。3日でいくつのお寺が回れるのか、早くも不安になる。でも、行くしかない。次、2寺目、87番長尾寺。

 

 夏である。とはいうものの、サラリーマンに夏休みはあってないようなもの。それが8月22日から24日の出張が消えたのである。これは取れていない夏休みを当てるにはちょうどよくて、さっさと休む手続きをした。で、何をしようかと思いついたのかと言えば、もちろん、四国八十八ヶ所霊場巡り、通称「お遍路」である。今年は閏年の「逆打ち」と言って、平年の順打ちに比べて2倍×3倍の6倍の御利益があるという特別な年なのである。それを知っていたので、チャンスがあればと思っていたのだが、願えば叶うものらしい。行こうと決心したのはその3日ほど前である。
 ちなみに去年は山形県の月山に2泊3日の滝行に行ってきた。一昨年は12年に1度の埼玉県の秩父三十四箇所(秩父札所巡り)を1日かけて朝の4時から夕方の6時までの14時間1日結願を実行した。さらに3年前は三重県の伊勢神宮の20年式年遷宮にあわせて、0泊24時間弾丸伊勢参りを敢行している。とりたてて何かを祈願しているわけではないのだが、歳を取るとこういうものに興味が湧いたり、元気なうちに・できるうちに行っておこうと思ったり、人生のだいたいのライフタスクは終了して無目的化ししている毎日の裏返しだったりする。あえて言えば、SNSの友達が病気になってしまっていて、その一助になればと思うのである。
  とはいうものの、思い立ったが吉日での決行は、裏返すと当然の事だが、何の準備も下調べもしていないということである。秩父三十四箇所は、地域が狭いのでなんとか1日14時間くらいで回ることができた。しかし、88寺では、1寺に20分滞在するとしてもそれだけで30時間、1日12時間巡回したとしても寺の中に居る時間だけで3日。これに加えて四国4県を移動するのだから、3日で半分も回れれば上出来、という腹づもりではあった。

走行距離を0にしてスタート準備。ちょっと走り出してもこの有様。

 

 

香川県にある88番大窪寺まで、自宅から750kmほど。そう、自分は自家用車で回るつもりなのだ。夏だから朝の4時くらいから明るくなるので、できるだけ早くから回って時間を有効に使うつもりだった。ということで、前日に出発したのだが、行く手を阻んだのが東北地方に大被害をもたらした台風9号である。

 

 

この先に水没していた車が

 

お遍路を始める前日の22日の午後2時には関東地方は直撃されて、スマホの災害警報は鳴るゎ、高速は水没するゎ、車も水没するゎ、渋滞は半端無いという最悪のコンディションの中、移動開始をした。時間はたっぷりあったし神奈川県でほぼ雨もやんだので、一般道で富士市まで移動して、午後7時くらいに東名高速に乗った。

 

富士市周辺 ナビか古くて新東名の高速入口を見つけるのに30分かかった

 

一般道を走るのは、もちろん、高速道路料金を節約するためだ。まだ200kmほどしか走ってないが、すでに6時間以上運転してお腹も空いたので、浜名湖SAで夕食を食べようとしたのだが、深夜のSAには関心を引くようなメニューがない。

 

どこにでもあるようなうどんに600円とか払うのも何だし、浜名湖の名産のウナギは高いし・・・。仕方なく妥協してイベントのカレーを食べて、先を急ぐ。

 今まで名古屋までは何回か車で来たことあるし、亀山JCTまでは伊勢神宮に行ったときに通ったので、なんとか無事に進む。信楽焼きのある土山SAに寄ってガソリンを補充する。

 

 

  そして、京都まで来たときに、今回最初のトラブルが発生した。
  原因は車のカーナビ。地図データが古いままなのだ。なので、新しく開通した有料道路などの情報が更新されていない。それなのに道をよく確認しないまま走っていて、

新名神高速から草津JCTに出て名神高速に入り、

ナビに導かれるままに瀬田東JCTから京滋バイパスに入り、

再び名神高速に戻ろうとした。

その刹那、「この先、名神高速です」というナビの声。

おらは少し不審に思いながら、盲信してまっすぐ進む。

道は枝分かれしていた。

しかし、名神高速のような幹線が高速道路が枝分かれすることは無いだろうという思い込みがあった。ふつう、こういう場合にナビは「この先直進方向です」と言うのにだ。

 

実際は、名神高速は左に枝分かれした道の先にあった。

オラの走っていたのは名神高速ではなく、そもそも枝分かれした京滋バイパスだった。

その直進方向に伸びていたのは、京都縦貫道だったのだ。

 

分かれた道の先に「名神高速」の文字を見つけたオラは、

間違った3秒後にはミスに気がついた。

が、高速では当然停車も後戻りもできない。

あわてて、この道が名神高速度にどこかでつながるかも、

ナビを検索したが、そもそも新道に対応していないナビで分かるはずもない。

高速をどんどん進んでしまい、最初の出口の長岡京も過ぎてしまったので、

少し広めの路肩があったので停車し、

さっき土山SAでゲットしておいた高速道MAPを広げた。

そして、縦貫道はどこにも接続していない一本道であることを確認すると、一度下に降りるしかないことを悟ったのである。

 

 しかし、ここで厄介な問題が発覚。時刻は午後11時45分。つまり、高速道路の深夜割引の始まる15分前なのだ。このまま降りてしまうと割引の適用がなくなってしまう。たぶん1万円くらい料金がかかるので、3割引は大きい。急いでいるときに限ってこんなミスをするものだと、自分の見通しの甘さを嘆く。とはいうものの、たかが15分なので、そのまま停車して12時3分頃、大原野から一般道に降りた。
  で、すぐに入り直しても良かったのだが、しばし京都と大阪の町をドライブすることにした。茨木ICまで下道を走ると横綱というラーメン店があった。さっきカレーを食べたばかりだが、3時間ほどたっているし、あしたは激務だ。大阪に来ることもそうないだろうということでラーメン完食。ガソリンもここで入れれば安かったのになぁ、と思うと帰り道に良いアイディアが浮かんだのだが、それはまたそのときに説明しよう。

        ラーメン650円。ネギは食べ放題。次回餃子タダ券もらうが再来は難しいwww


 少しでも高速代金を浮かせたかったが、時間もそろそろ迫っているので茨木ICから高速に戻り、吹田JCTから中国道、山陽道と進む。このあたりは意外に高速が多くて分岐も煩雑だ。さっき確認しておいたから少しはましだったが、今でも垂水JCTのあたりの第二神明とか阪神高速とかの接続がよく分からない。
 それでもなんとか正しい道を選択できた。神戸淡路鳴門道に入ると、もう1本道だし、車も少ない。というか、オラの車だけである。順調に明石海峡を渡り淡路島に入る。夜中の淡路大橋はあまりライトアップされてなくて残念でした。でも、神戸の夜景と淡路SAの灯りが綺麗でした。

 淡路SAではタマネギのUFOキャッチャーがあるはずなんだけど、ここには無かったなぁ。それはともかく、ここでオラは「初めてのお遍路」なるガイドブックを購入した。おいおい、今さらかよ、というタイミングだが、何もないとさすがに心細かったのだ。ここで少し早めのお土産なんか買ったりして、それでも、朝の3時には鳴門に着いた。またまた一般道に降りて、いよいよ大窪寺を目指す。
  しかし、ちょっと嫌な予感というか、雲行きが怪しいというか。道はどんどん狭くなるゎ、どんどん登るゎ、民家は途絶え街灯は無くなり、オラはちょっと不安になってきた。
そう、今行こうとしている所はお寺である。当然、お墓もあるだろう。それが人里離れた山の中の一軒家で真っ暗だったとしたら、そらぁ、恐ろしい場所に違いないのである。そんな所に夜も明けないうちに行こうというのは、今更ながら怖い。場所だけ確認して、国道まで戻ろうかと考えながら、現地に着いたのは朝の4時過ぎ。745kmのドライブだった。幸いにも隣に民宿があり駐車場も広く、街灯もあったり1台キャンピングカーが停まってたりと、人の気配がする。オラは一安心して、14時間運転の疲労を少しでも回復するために、一眠りすることにした。

6時、ほとんど眠れなかったがアラームで目覚めると、支度をして1寺目にお参りをする。さあ、ここからが本番だ。


引っ越しの準備で部屋を片付けていたら、

ベッドの影からイヤリングが片方だけ出てきた。

一瞬にして、

その持ち主だった女の子を思い出す。

不機嫌に部屋の中を探し回ってたあの日のことも。

「もう、どこにやっちゃったのよ。」

「俺は何もしてないぜ。

 どこかで落としてきたんじゃん?」

「ここに来た時は絶対にあったんだから。」

「あーあ、暑さでぼけてたんじゃないの。」

きっとした表情で振り返った彼女を見て、

俺は身体がこわばるのを感じた。

涙がこぼれるのをこらえるようにしている瞳に、

少しひるんだのだ。

気づいた時には、彼女を部屋は出ていた。

左ほほが少し痛かったのは、

平手打ちされたからだよなあ、とか後で考えていたりした。


そうか。


俺はそのイヤリングをいじりながら思い出した。

これは、初デートで江ノ島に行った時、

俺が買ってやったんだったな。



「サンゴが可愛い」

って言ってたなぁ。

遠い、そしてちょっと酸っぱい思い出だ。


「あら、何してるの?」

「んん?、

 タイムトラベルかな。」

「なにそれ?

 はい、コーヒー。」

「ありがとう。

 これ、プレゼント。」

思い出の中の笑顔が、そこにあった。







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今回うまくいったのは、主題だけかな。

というか、微笑みがえしがわかる人は、そもそも少ないかwww