閑話休題

 

人はなぜお遍路に行くのだろうか。人生の悩みを解決するため、肉親や親しい人の回復や成仏を祈願するため、人として悟りを開くためといったところだろうか。翻ってみて、自分はなぜ回ったのかと言えば、自分と妻の両親の供養であり日本の伝統文化を体験することであり、4年に一度のこの機会により多くの御利益をもらおうという、と多少は嫌らしい魂胆からである。

 

 しかし、少なからずの時間と金銭的なコストをかけてお遍路につぎ込んだうえに、元々の目的も曖昧になって、盲目的に次のお寺に向かっている時間がある。目的意識が薄れ、お寺の由緒もご本尊もろくに確認しないで、何となくではないにしても、漫然として読経していることがある。

 

 しかし、その状況は、時として安息の瞬間でもある。楽しみや楽ではなく、肉体的には少しきつい時間をあえて選択することを、周りの人は尊敬の目で見守ってくれるから心地よいのである。褒められたい自分が居ることも否めないが、多少なりとも心がけの良いことをしている意識はあるから、心は安らいでいる。しかもある意味我を忘れているから、ストレスからも解放されている。人は知らずに、正しく生きる義務に努めるという自己呪縛に縛られていたりするからだ。

 

 いっそこのまま永遠にお遍路していられるのなら、それも有りかなとか考えた。このお遍路が終わった時、卒業式を迎えるような寂しさがあるのかな、とかも考えた。それは死を迎える時の寂しさと共通するのだろうかとか、余計なことも考えた。
人は変化することを望みながら、終わることは好まない。だが、人生は離合集散の繰り返しである。出会いがあり、別れがある。始まりがあり、終わりがある。88ヶ所なんていつ終わるのか見当も付かない気分でいたが、それもそろそろ終点が見えてきた。意外に早かった気がするが、人生もそうなのかと、思う日々が、オラをここに呼んだのかもしれない。

 

最終日開始

 

さて、いよいよお遍路の旅も最終日(になるといいなあ)です。またまた5時起きをして、暗いうちから車を発進させます。天気予報では、心配していた台風は遅れていますが、明日は直撃なので、何としても今日中に回りきりたいところです。

 

 

ロープウェイの始発に間に合うように、5時30分頃ホテルを出ます。早過ぎる位の時間ですが、早いのに越したことはない。途中の車窓は、台風の影響で低い山にも雲がかかり、なかなか風光明媚です。40㎞近くを走り6時50分頃には着いて、7時10分の駅の開場を待ちます。

 

 

駐車場には自分以外は1台きりで、さすがにガランとしています。トイレ以外することもないので、隣を流れている中川に降りて、朝霧の川を撮影しました。ロープウェイのロープは50m位の上空で、霧の中に消えています。頂上は雲の中かもしれません。

 

余った時間は川原石を鑑賞しましょう。赤色チャートや緑泥片岩、大理石など変成岩が多く、花崗岩や流紋岩などの火成岩は少なめな感じ。上流部なので大きめの石が多いですが、十分に角がとれて見栄えのいい石になっています。
 石を眺めていると時間のたつのが早い。すぐ始発時間になってしまい、駅に急ぎます。切符売り場での売店をのぞくと、可愛いお婆さんの手ぬぐいが気に入って、買い込みます。実は手ぬぐいもコレクションしてます。実用品が10本位で、観賞用は30本位かなぁ。もちろん、般若心経の手ぬぐいも、今回は持参中してますよ。www

 

68寺目 21番 太龍寺 初動距離 40km

 

 台風が接近しているうえに朝も早いというのに、さっきの車のご夫婦を含めて2組、子連れ1組も一緒になった。ゴンドラが動き出すと川の上を横切り、霧の中へ吸い込まれて窓の外は真っ白。でも、すぐに雲の上に出て、雲海という素晴らしい風景を眺めさせてくれました。雲海は朝のうちしか見られないということなので、これはお遍路最終日の素晴らしいプレゼントでした。もし昨日の終電に間に合っていても、天候が荒れていたからこんな眺望は望めなかっただろう。これも弘法大師のお導きかと思ったりします。

 

 


乗車時間は10分、ロープウェイは20分間隔なので、山頂駅に到着すると、自然と急ぎ足で階段を上ります。西の叡山と呼ばれるお寺ですが、時間がかかるのは避けたいところです。

 

階段の数とか境内の広さとかわからないので、そそくさとお参りをすませていきます。パワーをもらう太い木を撮影したりしていると、下の方の道で動くものを発見。

カメラの望遠で確認すると、雄のキジでした。
8時ちょうどの便で、少し晴れ間の広がり始めた山並みを眺めながら、山を下ります。

また一緒になった家族連れのお母さんが、「もしかしたら今日中に回れるかもしれないね」とか言ってます。やっぱり逆打ちをしているのだろうか。オラは3寺のアドバンテージがあるけど、子連れで今からだと、なかなか厳しいぞ、と内心思います。そもそも、自分だって今日中にクリアできるのか、半信半疑なのですから。

 

72寺目 17番 井戸寺 移動距離  42km 

 

昨日、20番・19番へ行くために通った道を戻り、途中から分岐して17番井戸寺に向かう。徳島市に戻るのにかかる1時間のロスは、ちょっと痛い。

井戸寺は住宅街にある。逆打ちのせいか脇道から境内に入るような感じで着いた。名前の通り大師ゆかりの井戸があり、井戸の枠が切り出した青岩というのが古さを感じさせる。

トイレを借りて、お尻を蚊に刺されたのが思い出される。

 

73寺目 16番 観音寺 移動距離  4km

 観音寺もすぐ近くの住宅街にある。道も狭く駐車場が少ないので、停められない時にはちょっと困るお寺さんである。神社も隣接してるので、こちらもちゃんとお参りをする。地域の要としても歴史を重ねてきたんだろうと思う。

なんとなく、自分の車を撮影してみる。よほどのことがないと、なかなか自分の車って撮影しないと思わない? そうでもないかな?

 

74寺目 15番 國分寺 移動距離  2km 

 

 バイパス道路の近くにあるが、昔は地方の中心になっていたとは思えないような、郊外感のあるロケーションに建つお寺だ。建物の様式が少し特殊なのが目に付くが、歴史が古いのでもう少し頑張って欲しいお寺さんです。

 密集していない市街地や郊外のお寺さんは駐車場が近くて、回るのには効率がいい。効率がいいと、さらに印象が薄くなるんだよねぇ。

 

75寺目 14番 常楽寺 移動距離  2km 

 

このお寺は面白い。まあ、自分が岩好きだからかもしれないが、境内というか庭に緑泥岩らしい岩が露出している。平らに整地?さえしていないので、秘境のお寺みたいで楽しい。岩山の上に建物を無理矢理造った感じだ。

秩父の札所にも1ヶ所あるのだが、こういう場所にお寺を造るのは、一つの様式なのかな?。 もともとは土の上に建物を建てたのに人の足で削られたのか、それとも岩の上に直接建てたのか、少し気になる。


76寺目 13番 大日寺 移動距離  4km 


13番のお寺さんは、県道に境内を真っ二つにされたような敷地だ。片方がお寺でもう片方が神社になっている。廃仏毀釈で分けられたんだろうけど、この道の拡張はもう少し思いやりあるものにできなかったのかなぁ。境内も歩道も狭くて、ちょっと危ない。

 


 境内に地蔵様がいて、周りに子どもの像が取り囲んでいる。このおしりが妙に可愛くて、普段は境内の地蔵様のたぐいには一々お参りはしないのだが、ここは奮発して写真も撮る。

こういう、自分だけの発見は、なんか嬉しい。

山門の道の正面は一宮神社。式内社なので、歴史は古い。

 

77寺目 12番 焼山寺 移動距離  27km


焼山寺は、今日唯一の山頂にあるお寺さんです。現在の時刻は午前11時過ぎですが、あと10以上のお寺を残して、30kmも移動するのは焦りを感じます。焼山寺に着いて12時、11番の藤井寺に着くのは1時頃か?。そこから4時間で10寺を回らなくてはなりません。1つのお寺さんに20分ほどかかりますから、それだけで200分、つまり3時間以上です。10番から先は近距離移動が多いとはいえ、かなり頑張らないといけません。やはり、昨日のうちに18番まで回っておいたのは正解ですね。ここで1時間のアドバンテージがなかったら、ちょっと今日中に回るのは諦めていたかもしれません。


山道を登っていくと、広めの駐車場に着きました。車はあまりありません。台風の予報が出ていたからかもしれません。参道の階段も古い赤色チャートと緑泥岩の階段ですね。境内からの眺めはいいかもなんですが、今日は霧で見えないのが残念です。

 


帰り際、駐車場のモニュメントが目にとまりました。緑泥岩の上に合掌の彫像ですが、なんか切り取られた手のようで、ちょっと不気味です。

 

78寺目 11番 藤井寺 移動距離  34km


11番に移動するには幾つかの道があるようですが、広めの道を選びました。どれがお遍路道か分からないですが、直線的な狭い道の方が歩き遍路の道に近い気もしますが、狭い道で何かトラブって時間を潰したくないなと思ったのです。

79寺目 10番 切幡寺 移動距離  12km

 

11番を終わって、予定通り午後1時過ぎです。あと10のお寺を残しますが、なんとかなりそうな目途(めど)が着いて、少し元気が出ます。と、思っていたら、10番は意外に階段の多いお寺で、ちょっとくじけそうです。それでも頑張って階段を登り、ハアハアしながら読経します。

お寺情報には、山門から何分とか、階段が何段とかいうデータも欲しいですよね。きっと、ガイドブックを作った人は、そういう経験がないのだと思う。

 

 

話が全然変わりますが、目途は「めど」と読みますよね?(目処と書くこともある)。辞書で調べると目途は「もくと」という読みもあるのですが、話し言葉で「成功するモクトがついた」とかは言わない。「成功のメドがついた」だと思うんです。ところが、これを「もくと」と読む人がいる。オラの周辺だけかもしれませんが、漢字を漢語的に読む方が上?、知的?だという意識のある人がいまだに役所関係に多いようです。しかも、由来とか使い分けまで気にしてる人は少ないようで、周りがそうに読むからという理由だけで覚えてしまった人も多いと思います。最近は「他人事」を「たにんごと」と読む人が多くなってしまって、オラを憂いは増えるばかりです。

 

80寺目 9番 法輪寺 移動距離  4km 


10番から1番は吉野川の左岸の山際に並んでいるので、また階段が多いと嫌だなぁ、と懸念してましたが、階段との戦いは10番が最後ですね。逆に言えば、順打ちの場合には10番からが試練の始まりという感じなんでしょうか。それにしても9番の法輪寺は広い畑や田んぼの中で、一軒家ではないですが、周りが渺茫(びょうぼう)、閑散としてます。冬に風が強いと寒そう、と表現すれば分かってもらえますかね? 逆打ちで車道から入り込んだせいで、ここでも横道から入ってしまいました。

 

81寺目 8番 熊谷寺 移動距離  3km


すこし雨が降ってきたけれど、我慢すればやり過ごせる程度です。ここから3番まで、一人でお遍路する女性と、お寺に着くたびに会釈してすれ違うようになってきました。5時までの結願を目処にしているのかな。だいたい回るスピードって変わらないんでしょうね。
山の麓にあるのでちょっと警戒しましたが、階段はほぼありません。代わりに読経の様子でも流しているのか、何かの放送が境内に流れていました。いつもなんだそうで、これはこれで珍しい趣向です。

 

82寺目 7番 十楽寺 移動距離  4km


6番と山門が竜宮城みたいな唐風造りで共通するのは、このあたりの流行りなのでしょうか。関東の人間には見慣れない造りなので、どうもお寺っぽく感じません。海の近くならともかく、渡来系の人が多く住んでいるような地区だったのかなとか思いました。
 

 

83寺目 6番 安楽寺 移動距離  1km

 

大きめの駐車場に大型バスが停まっています。境内までは普通の市道を歩きますが、辻にお遍路さんが托鉢をしていました。お遍路さんに優しいはずのお遍路道ですが、境内での托鉢は禁止しているので、こういうところで立つしかないのでしょうね。東京でも似非(えせ)坊主が営業として托鉢をしていることがあって、信仰心を裏切るというのか弄(もてあそ)ぶというのか、いずれにしてもよろしくない行為として新聞でも非難されていました。風体はお遍路さんらしい服装で、汚れ具合や傍らに置いたリュックなどを見ると、実際にお遍路をしているらしいことは見てとれます。もちろん、ただの放浪者ということもあり得ますが、まあ、ここは信じたいところなので、ちょっとだけお布施します。お布施をするのは、その人のためだけでは無く、自分の罪滅ぼしの意味もあるそうですが、してみるとなるほどそれを感じるから不思議です。
お遍路さんに十善戒があるのは、こういう時に、人の情けを貪(むさぼ)ってはならないし、施しを求める人を疑ってはいけないし、そういう信じられる社会になって欲しいという一念だからでしょうね。お寺で一緒に読経した団体客の何人かも、お鉢に幾ばくか入れている人が居たのをみると、少し温かい気持ちになります。


ここの本堂前の屋根も珍しい造りですが、大師堂にはやられました。「鳥が入るので閉めて下さい」と書いてあったので、その戸の前で読経をしてたのですが、後から来た人が開けて中に入っていくではありませんか。なんだ、中に入れるのかと思いましたが、やり直すのも変なので、そのまま読経してました。ずいぶんと厳重そうな戸なので勘違いしてしまいました。

 

84寺目 5番 地蔵寺 移動距離  5km

 

 駐車場に朝市のような出店があったり、境内には銀杏が落ちてて臭いが立ちこめてたり、なんか庶民派って感じの、周りは畑の多くて、田舎に普通にあるようなお寺さんです。


85寺目 4番 大日寺 移動距離  2km


 そろそろお遍路も最後が見えてきましたが、道は山の方へ伸びていきます。行き詰まりまでいったところに、広めの駐車場を用意してくれているお寺さんです。山が近い割に大きな木がなくて開けた感じがします。傘を差しながら行くと、赤い山門が山の景色の中で目立ちます。


86寺目 3番 金泉寺 移動距離  7km 

 


実は、オラは若き頃、たぶん26歳だと思うのだが、1番から3番までは参拝してるんだよね。だから、ここまで来たら、「あー、そうそう、こんなお寺だったなー」とか感動するはずだったのだが、まったく記憶が蘇らなかった。実に嘆かわしい(笑)。所詮、人間の記憶なんて、そんな

ものなのかねぇ。実はこの回顧録を書いていても、全然、ほぼイメージの残っていないお寺さんがあるのも事実で、ネットや自分でとった写真を見たり、地図を検索したりストリートビューを見たりして、なんとか記憶の片鱗から文字を紡ぐことも多いのだ。

3番と2番の山門。似てるようで違う。


87寺目 2番 極楽寺 移動距離  3km

 

3番と同じで見覚えはないものの、なんか本堂の配置なんかにデジャビュを感じたりする。
長命杉というのがあったので、撫でてくる。54番延命寺でも他より少し念入りにお参りしてきたし、御利益があればいいのにと思うのは、やはり、オラも長生きがしたいと、心の底では思ってるからなんでしょうかねぇ。

なんとなく入りやすそうな売店があったのでのぞきますが、お目当ての物はありませんでした。そろそろお遍路も終わりだからなのか、途中のお寺で見た車用のステッカーが欲しくなってたのです。

結局通販で買ったステッカー(笑) 88ステッカー | 平等寺オンライン授与品

 

代わりに帽子にちょうどいいバッチを買いました。最近はバッチを買っては帽子に付けるのにも趣味にしています。


88寺目 1番 霊山寺 移動距離  1km

 

 3番、2番と記憶がなかったけれど、まさか1番の記憶もないとは驚きです(笑)。1番のイメージで描いていたあの建物は、どこのお寺なのか神社なのか。これほど記憶違いをしてしまうと、自分の持っている他の記憶もだいぶ錯誤している可能性が否定できません。オラが80代とかならまだ納得できなくもないけれど、30年も経ていないのにこの有様ですから。人の記憶力について、少し認識を改める必要があるかもしれない。


本堂で読経を終えた後、隣の納経所兼売店に入りました。車用のステッカーは、やはり見当たりません。あとで分かったことですが、88ヶ所ではお寺オリジナルの記念品が結構あるようです。いいなと思ったら即買いが基本です。隣で読経していた若い男性は御朱印をもらっています。書いてたおばちゃん(失礼)が「あ、逆打ちで終わったのね。お疲れ様」とか言ってるのが聞こえます。オラはまだ大師堂の読経が終わってませんが、一緒に祝ってくれたようにも感じられました。けど、おばちゃんのかけた言葉は軽かったなぁ。88ヶ所も回ったんだから、「それはそれは大変でございましたなぁ」とか、もう少ししみじみ言ってくれると感激も増すのに(笑)。ま、それだけ毎日、結願してる人は多いということなのかもしれませんね、大師堂にまわり、本当に最後の読経をします。176回目の般若心経も最後かと思うと一言一言噛みしめるように唱えます。終わったオラを祝福してくれるように、ぽちぽち雨が強くなってきました(笑)。今日は荒天も覚悟してましたが、ロープウェイも問題なかったし、台風が直撃するような天気でなくて、本当に助かった。そんな雨模様の下でしたが、88ヵ所巡りの結願記念に、そばにいた人に写真を撮ってもらいました。後ろ向きなのは、ブログ用だからです(笑)。肩にかけてる頭陀袋は80番のオリジナルバッグです。

 


時刻は午後4時30分。最後はかなりスピードアップしましたが、ほぼ予想通りでしたね。そうこうするうちに、車に戻る頃には暴風雨化してきました。


翌日のニュースでは、徳島市内でも道路に水が溢れる大雨になっている様子が放送されていました。延泊したとしても、とてもお遍路どころではなかったかもしれません。

なんだかんだ問題はありましたが、

88カ所を巡り終えたことに感謝です。

 

家に帰り着くまでがお遍路

 

台風に追いつかれないうちに帰りたいところですが、家族にお土産を頼まれていたので、ちょっと寄り道をします。風はますます強くなり、このあたりの名産なのか、レンコン畑(田?)のハスの葉が大きく揺れています。途中、116円でガソリンを満タンにし、徳島ラーメンを食べて、帰途につきます。

 


4回目の淡路島SAのあたりでは、完全に台風モードで、照明が暗いのと道路上の水が多いのとで、少し運転しにくい状況です。やっぱりタイヤはそろそろ新しくしよう。中国道まで来ると道は明るくなって助かりますが、交通量が多くなるので、それはそれで気を遣います。


左 明石海峡大橋 右 中国自動車道 エキスポシティ付近

 

来た時と同じで、大津SAと岡崎SAに寄りながら帰りますが、今回はちょっと疲れてたみたいです。睡眠不足でドライブするのはとても怖い。眠くなるのをこらえていても、ふっと意識が途切れることがあります。ガムを噛んでいても叫んでいても栄養ドリンクを飲んでいても、駄目なときは駄目ですね。何事にも限界はあるので、足柄SAで2時間ほど仮眠をとることにしました。おかげで前回の岐路は923Kmを12時間30分で走破したのに、今回は680Kmほどを14時間以上もかかってしまいました。
着いたのは、午前8時少し前、今日の仕事は午後からになりましたとさ。www

帰りは無給油で帰宅。時刻は仕事に行くときだったのでお昼ですwww

 

今日の移動距離 890.1km 

移動時間27時間くらい
3日間の総移動距離 2579.6km


ともあれ、私のお遍路はこうして結願(けちがん)した。結願とは八十八ヶ所を全て回って・・・。何だとっ!

高知で買った京ナスの田楽。お皿の直径は15cm位

 

念のためにネットで検索したのですが、

 

結願(けちがん)について
八十八すべての霊場を廻り終えることを結願といい、八十八番札所大窪寺で長い道程をともにした金剛杖と菅笠を奉納します。希望者には有料で結願証明書が発行されます。
また、八十八ヶ所全て廻リ終えた後も道程は続き、高野山奥の院のお大師さまに巡礼の無事を報告し、納経帳の最初の頁に朱印をいただいて全ての道程が終わります。
http://www.88club.com/88/kiso/kiso.htm


すると、まだ高野山への旅が残ってるいるようです。
ブログが続くかは、お楽しみに(笑)

ひとまず、そうだ、お遍路に行こう!!! 【大団円】

ご愛読ありがとうございました。

 

 

朝は5時のアラームで起き、支度をして外に出ます。昨日は暗くなってしまって見えなかった海が、目の前で飛沫(しぶき)を上げています。天候は曇り。いよいよ台風が近いのか、雲が荒れている。しかし、この海の波の強さは、ちょっと怖い。

 

波が高くてリアルに怖い

 

写真左の狭い砂浜まで降りられるのだけれど、これだけ大きな波だと、どーんと来られたら流されてしまうに違いない。こんな危険な場所が立入禁止になっていないとは、港町ゆえだろうか。とか言いながら、砂浜まで行って石を物色したりするんだけどね。けっこうスリルがありました。

 

宿をでて、しばらく海に沿って走ります。たまに三浦海岸にドライブに行くのだけれど、海のそばを走るときは、なるべく海に沿って行く。港や生活道路に入り込むこともあるけれど、そういう道の方が、現地らしさというか、普段はみない風景が見られるからだ。しかし、こんなものが出てくるとは思わなかった。

 

高知県 手結港 臨港道路 可動橋

 

これは手結港(ていこう)可動橋というらしい。おらがブログで自慢する前に、関東ではダイハツの軽自動車のCMで放送されてしまいました。夜間はこうやって上がりっぱなしで、昼は時間を決めて上げて、船を通すというものです。入り口が踏切みたいになってるのが面白いですね。橋があがってても、写真の左手を進めばぐるっと港を回って向こうに行けます。

こんなに大げさなものを作らなくても、その道を広げればいいだけなのでは?、とちょっと財政に注文をつけたくなる施設ではあります。

 


雪渓寺へは、昨日来た道をほぼ逆戻りします。昨日は気づかなかっのですが高知空港もすぐそにありました。今度来る時は、飛行機かねぇ。ファミリーマートによってホットコーヒーを買い、なぜか野菜も売ってたので、でかい京茄子?みたいのも買いました。最近はどこに旅行してもお土産はだいたい温泉饅頭。じゃないけど、「そこにしかない」というものが少ないですね。広島は紅葉饅頭で鹿児島はかるかんで、とかはあるにしても、定番過ぎてね。そこにいくと、野菜はまだ地方色が残ってて、見たことのない食材との出会いは、なかなか宝探しみたいで面白いと思う。さあ、桂浜も過ぎて、雪渓寺に着きました。時刻は6時45分。ちょっと出遅れ感がありますが、頑張りましょう。

 

56寺目 33番 雪蹊寺 移動距離 20kmくらい

 

白い彼岸花が咲いてました。昔は見たことがなかったんですが、最近は裁判品種が流通しているのか、あちこちで見ますね。隣はまたしても神社ですが、ここは別々感が強いですね。

 

 

秦神社と言うそうで、渡来系の人が奉られているようですね。埼玉にも高麗神社というのがありますが、日本と朝鮮は、昔の人は国境もなく行き来して融合してきたのかもしれませんね。ここもお参りして、今日のスタートにします。

 

57寺目 32番 禅師峰寺 移動距離 10km

 

不思議な場所というのでしょうか、海岸近くの小高い山の上にあるお寺さんです。

 

真下を県道のトンネルが通っている

 

お寺の入り口がその直下を走る県道14号線からは入りにくいし、細い道しかありません。ただ、お寺からの眺めは抜群にいいですね。ここのトイレは綺麗で良かった覚えがあります。

 

 

次の竹林寺に向かう前に、通りすがりなので武市半平太の生家と神社とお墓にお参りしました。

NHKの大河ドラマ「坂本龍馬」を見る前はあまり馴染みの無かった人ですが、ドラマを見て、その人柄やらには惹かれるものがある人です。

朝早くというのに、神社もお墓も10人位の人が掃除をしていました。今でも地域の人に尊敬されている人なんでしょうね。

58寺目 31番 竹林寺 移動距離 7km

 

竹林寺もまた、小高い山の上にあるお寺さんです。車で行くと一方通行でずいぶんと山を巡らされます。こう登ったり降りたりでは、歩き遍路だと大変ですね。

 

前方左方向が高知市内らしい

 

 

写真に写っている年配の方は足が不自由なようですが、ここから最御崎寺まで、ほぼオラと同期しながら参拝を繰り返すことになります。読経とかを省略しているのかもしれませんが、歩くのはオラの方が倍くらい速いのにね。その熱意には敬服します。

ここの石段は広くて、作った人のセンスを感じさせます。

 

59寺目 30番 善楽寺 移動距離 9km

 

最近のナビはなかなか優秀で使い勝手がいいですが、たまにポカをします。善楽寺は土佐神社の隣のあるので、神社の参道を入っていけば何の支障もないのに、なぜか裏から入る細い道を指示します。で、この道がまた狭くて、入り口に「この先狭し」とか、手書き風の看板があったりします。知らないオラは詰まって動きが取れなくなるのが嫌で、広い場所に車を停めて、とぼとぼと歩いていきましたが、前述したように広い道、広い駐車場のある、綺麗なお寺さんでした。

 

60寺目 29番 国分寺 移動距離 8km

 

次の国分寺に行くのに、またまた田んぼの中の(住宅もそこそこありますが)細い県道256号線を走ります。対向車が来たら難儀しそうな道なので、もう少し広くしてくれたらありがたいと思いますが。お遍路道の風情を残すには、こういうくねくねした田舎道の名残を残す所は、狭い方がいいのかもしれません。
国分寺は前にも書いたようにこの地方の役所としての機能を持っていたお寺さんですから、もう少し繁華街というか交通の要衝にあってもいいはずなのに、へんぴな所にぽつんとある、という感じです。

 

61寺目 28番 大日寺 移動距離 11km

 

参道がかなり急な坂道で、車で入ると前輪が空回りします。斜度もそこそこ急ですが、道のせいでしょうかねぇ。でも、タイヤの限界も近いのかなぁ。
先ほどの国分寺はなかなかの山門でしたが、ここのは中途半端というか予算不足というか。これはこれでなかなかかっこいいとオラは思うのですが、どうなんでしょう。善楽寺、国分寺、大日寺の3つのお寺は平均的な感じで、特筆に値するものを見つけられなかったのが少し心残りです。
さて、これで高知市近郊は終わりました。いよいよ、本日のメインイベント?、室戸岬巡りです。

 

62寺目 27番 神峯寺 移動距離 38km 駐車代金 \200

 

とかいいながら、より道しちゃ行けないと思いながら、海岸に出るとついつい寄ってしまいます。だから、おば様に追いつかれてしまうのかもしれませんが。

 

 

しかも、ここまではなんとか天気がもったのですが、このあとは暴風雨にようになっていきます。帰ってから天気予報で雲の動きを見たんですが、室戸岬は西風が山を越える時に雨を降らせるのかもしれませんね。

 

神峰寺への山道は、とにかく登り始めてからが長いです。さらに、今回、一番登坂斜度がきつかった道で、ノアの性能のギリギリという感じでした。ただ細いと言えば細い道なんですが、整備の程度は清滝寺の比ではなく、登りやすかったです。

 

 

今回は急いでいて行きませんでしたが、ここにもけっこう大きい神社が隣にありますね。鳥居の隣を過ぎて、少し山道を登る感じでしたがほどなく手水場に着きます。

 

 

溢れるくらいに清水が出ていて、最終日ならこの清廉なお水をいただいて帰りたいところです。さらに階段を上り、読経をして戻ります。少し雨が強くなってきました。

 

63寺目 26番 金剛頂寺 移動距離 33km

 

このお寺も山の上にありますが、道は幾分広い。広いので安心して走っていると、いきなり渋滞します。またまたびっくりさせてくれることに、対向車に大型観光バスが2台やってきました。バスはバックできないから登っていた自家用車がジリジリと戻り、何とかすれ違います。このバスは神峯寺にも行くのかなぁ?。狭いところではバスだけで道幅一杯になるというのに、よくやるなあという感想を重ねます。やはりお遍路の車道は、入れるなら入っていく精神で運営されているようですね。駐車場からは傘を差さないと行けないほどに雨が強くなってきました。

 

 

64寺目 25番 津照寺 移動距離 6km


今回、最大の難所がこの津照寺でした。とにかく、猛烈な暴風雨になってしまい、車から出るのも躊躇(ためら)われます。でもずっと待ってる訳にも行かないので、意を決して濡れ鼠になりながら階段を上ります。

 

 

小学生連れの親子もきゃあきゃあ言いながら同行します。階段は滝のようだし、靴はずぶぬれになってしまいますが、あきらめの境地ですね。有り難いことに本堂も太子堂も屋内で読経できるスペースがあったので、助かりました。

 

 

「凄い雨になっちゃいましたね」「これも修行ですから」お遍路をするもの同士、困難に遭うと自然と言葉が交わせます。

 

65寺目 24番 最御崎寺 移動距離 7km

 

いよいよ室戸岬の突端に近づきます。山の中に道路が造られているので何かと思っていましたが、そのうちそこが目的地だとわかりました。かなり新しい道のようですが、これができる前はかなりの階段を登らされたことでしょう。


見晴らしのいい所で来し方を見ると、所々で集中豪雨になってるのが見て取れます。台風はすぐそこまできているという感じですが、意外にまだ遠かったんですよね。やはり、地形のせいなのかもしれません。

 


最御崎寺には、66番の雲辺寺にもあったかんかん石がありました。小石の形に削れているのは、長年の参拝者の仕業でしょうか。

 

66寺目 23番 薬王寺 移動距離 77km

 

さて、今日の一番の長丁場です。最御崎寺をでたのが2時30分。予定ではロープウェイのある21番太龍寺に4時までに着きたいのだが、1時間以上遅れています。とにかく、先を急ぎましょう。と、室戸岬の突端の公園が目に付きました。なんか岩もごろごろしています。「5分だけ」とか自分の言い訳しながら、駐車場に車を入れます。

岩的には今までの海岸で見てきたものとほぼ同じですが、「砂岩と斑糲(はんれい)岩の境」とか看板を見つけると、その場所を写真におさめたりします。砂岩は堆積岩、斑糲岩は火成岩、その境があるということは、昔はここが地殻変動の境界であったんだということなのですよー、とか誰かに解説したい衝動にかられます(笑)。


そんなことはとにかく、次ぎに急ぎます。切り立った海岸線の一本道なので、信号はほとんどありません。途中、路線バスに追いついてしまいますが、バスがバイパスを走っている間に旧道で追い抜いたりして、時間節約に頑張ります。
薬王院の近辺は、一大温泉街という感じなんでしょうかね。案内板を見ると、お遍路さんでなくても、普通に観光とかで遊びに来られそうな雰囲気があります。次回はゆっくり景色を眺めて、温泉にでもつかりたいですねぇ。雨は依然として降っていますが、傘があれば問題ない程度になってきました。

 

67寺目 22番 平等寺 移動距離 19km

 

さらに徳島市に近づいて、平等寺にやってきました。薬王寺は観光地の中心というイメージの立地でしたが、ここは山門前の空き地が駐車場という、のどかな田舎という感じです。時間的にもう終わりでしたが、境内でコーヒーを煎れてるお兄さんが居ました。最近はこういうのが流行なんでしょうか。
ご本尊とつながっている紐や五色幕が、なんか似合ってるお寺さんです。

 

 

さて、時間は4時50分。次の21番大竜寺はロープウェイで登るお寺さん。移動距離は10㎞ほど、最終日のことを考えれば、是非とも参拝を済ませておきたい。だが無常にもガイドブックを見たらロープウェイの営業時間は5時まででした。( ノД`)…


朝、あと30分早起きをして、海なんかに寄らなかったら、もしかしたら間に合ってたかもしれませんが、まあ、旅程全体に無理があるのだから仕方ない。

 

で、今日はもう終わりにするというのも一案だが、最終日に21寺を回りきれるのか?(・д・)
前回の初日に18寺を回ったけど、あの日は朝6時からだったし、ケーブルカーはあったけどすぐ乗れたし、15分間隔だったし、なにより寺と寺とが近くにあったから可能だったんだよねぇ。

 

残った21番に行くのに、朝7時からしかロープウェイは動いてないし、20番も山頂にあって移動に時間がかかりそうだし、さらに徳島まで移動距離は30㎞以上あるし、最終日に21寺を回りきれるのか、見通しが立ちません。と言うより、無理でしょう。
万一回り切れなかったら1日延泊してもいいのですが、今回は台風が来るので現実的ではない。( ノД`)…

 

仕方がない、ここはちと順番が変わってしまうけど、20番の鶴林寺には、今日、先に行くことに決意しました。思い返せば前回の2日目にも、63番と62番で入れ違いしてるしね。ここでこだわる理由はそう大きくないでしょう。これも御仏の御導きなのに違いないのだ。

 

68寺目 20番 鶴林寺 移動距離 22km

 

20番は例によって細い山道をグネグネと登っていくが、許容範囲だ。5時を過ぎてるので対向車もない。駐車場に1台車があったが関係者のものらしい。誰もいない参道を登りお参りをすませる。セミの鳴き声しかしない中での読経は、なかなか心清清しいものである。時間外の参拝はありだな、と、ふと思った。

 

 

お参りを済ませたオラは今日のホテルをナビで検索し、次に19番立江寺を探した。すると、ホテルに向かう道からやや外れるが、そう遠くはないことがわかった。ちょっと宿に着くのが遅くなるけど、今夜は食事なしの素泊まりだから何も問題ない。行って閉まってたら明日行けばいいくらいの気持ちだった(´・ω・`)

 

69寺目 19番 立江寺 移動距離 17km

 

19番は住宅街の一角にあって、着いたはいいが車を停める所がないのに困ってしまった。山門は開いてるのだが、脇の駐車場入口らしき扉は半開きで、閉店しました感を出している。そこを開けて入るのはためらわれるし、その前に停めるのは無理だし。おじさんがバイクを停めてお参りしてるしと、うろうろする事5分。そばのお宅の広いお庭が参拝者用の有料駐車場なのに気がつき、やっと停めることができた。もう辺りは暗くなって営業時間でないのは明らかだったが、家の中から覗く人影が見えたので、チャイムを押して料金を払う。
19番はオラはみたいな時間外の参拝者に優しく、最低限の灯りもついてるし、関知式のライトもあった。

 

暗い本堂と大師堂。写真で感じるほど真っ暗なわけではない。

 

おかげで普通に参拝できたが、暗いお堂の中で仏像の顔だけ浮かび上がるのは、少々、お化け屋敷風になってしまうのが否めないwww

 

 

何にしても2つ参拝できたのは良かった( ̄∇ ̄)

 

車に戻ると、ホテルを目指して、徳島ラーメンでも食べようかと国道55号線を徳島市に向かって走っていた。しかし、ほっとした時にこそ、悲劇の種が。ラーメン屋を探していたのに18番恩山寺の案内板を発見してしまった。あたりは暗くなってしまっているが、通りすがりにあるのに寄らないのも不合理だし明日の時間節約にもなるし。ナビで確認しても55号線からそうはずれてもいないので、しばらく悩んだが、やっぱり行くことにした。

 

70寺目 18番 恩山寺 移動距離 5km

 

だが、問題はお寺が山の中、そしてたぶん頂上付近にあるらしいということだ。そんなに登るわけではないが、この時間に山の中というのは・・・。それでも走ること10分弱。オラは木々が茂る山の中の駐車場にいた。明かりは1つ点いているが参道は真っ暗。こんなこともあろうかと普段から100円均一の小さなライトを持ち歩いているが、思ったより明るくない。それでもないよりはましと思い直して参道を登り始める。だが、初めてのお寺は不案内で、何メートル登っていくかも分からないから、心細さはどんどん膨らんでいく。大人なので怖がる予定はないが、鼓動が早くなり神経が高ぶるのが分かる。幸いなことに30-40メートルほど登って角を一つ曲がると、もうそこが境内だった。本堂と太子堂がほのかに明るいが、街灯はなし。つまり真っ暗。オラはライトを口にして手水で手を洗い真っ暗なお堂に進むと、お賽銭を上げ、目を閉じて読経をする。

 

こちらはほんとに真っ暗。丑三つ時といっても過言ではない

 

なかなかシリアスに怖いシチュエーションである。1時間前の鶴林寺では一人で神聖な気持ちで読経できたものだが、これだけ真っ暗な中でお経を上げていると、強がっていてもビクビクしている自分もいる。誰もいないから虫の声しかしないが、オラみたいな常識外れの人がいて歩いてくる足音がしたら、かなり怖いだろうなぁ。などと思いながら読経をしていると、いきなり携帯電話が鳴った。読経も心臓も止ることはなかったが、体に電流が走った。まったく心臓に良くない。ともあれ、ビクビクしても何事もなく、無事に参拝は終わった。また暗い道を戻りながら、誰だよぉ、と思って携帯電話(オラはスマホではないwww)を開けてみると家族であった。脅かすんじゃない(#`・ω・´)ノ


車に戻り一息つくと、さっさと山を下りる。達成感もあるが、何よりこれで3寺を済ませることができた。参拝だけでも1時間位は節約できたはずなので、明日1番まで回りきる見込みがついた。これでやっと夕食にありつける。

 

通りすがりの鳥塩のラーメン店を見つけ、卵かけご飯と鳥塩ラーメンを食べた。

 

 

卵食べ放題なので2個いただき栄養を補充、ホテルに帰る前に明日1日分の食料を買い込む。少しでも時間を無駄にしないためだ。さらにナビにも残りのお寺の電話番号を全部入力しておき、1秒でも早く回れるように準備して、8時30分頃、ホテルに入った。

 

本日の移動時間 14時間40分

移動距離 326.3km

9月17日午前7時


46寺目 43番 明石寺 移動距離 980km 

 

 高速道路を降りると、その高速道路のせいで元々あった道が寸断されたのか、妙にジグザグな道順で進むと、山を少し登った所にあるお寺さんです。左側に砂利を敷いた駐車場があったので入り、車を停めます。3週間ぶりにお遍路さんの支度をして登っていくと、もう1つ、舗装された駐車場があります。お土産屋さん兼民宿の駐車場かな?。でも、参拝者なら停めて良さそうです。

 

 

 階段を登り山門で礼をして、また少し階段を登り、今日の1寺目。山の中なので町の中のお寺さんとは違って、境内と古びた建物全体が歴史を醸し出しているというか、子ども風に言うと、ちょっとボロい印象の建物です。その分、風情がある気もするし、みんなに大切にされてきたんだなとか、100年前も200年前も、きっと同じ風景だったのかな、とか気がつきます。すると、たとえ石垣の1つでも貴重な遺産だなって思えるのです。


 やはり3週間ぶりの懺悔文なので、拙(つたな)く、でも丁寧に読経します。もう7時も回って納経所も開いているので他の参拝者もいらっしゃいます。こんな田舎の山の中のお寺だというのに、山門の前に宿があるのは、次の44番が70kmも離れているからでしょうかね。

 

 

47寺目 42番 仏木寺 移動距離  15km 

 

 

 オラの車のナビゲーションのデータは古いので、さらに延伸した高速道路の出口がどこか分からず、次のお寺まで高速を使っていいものか迷います。ガイドブックで確かめればいいのだけど、面倒くさいの一念で、さっさと一般道で検索して走り出します。高速は右へ、一般

道は左のくねくねした山道へ。移動距離はちょっと長めです。少し後悔し始めますが、昔はきっとこの道を歩いたんだと思えば、ハンドルを切る手にも充実感が漲(みなぎ)ります。
たいした山ではありませんが、けっこうな峠道を越えて下っていくと、その傍(かたわ)らに仏木寺はありました。

 

 

小さめですが、先ほどの明石寺と比べると、山門とか割と新しい感じのお寺さんです。周りに人家もそこそこあるようなので、檀家さんもしっかり維持できてるのかもしれません。朝日が目に染みる感じで上がってきて、今日は暑くなる予感がしてきます。

 

48寺目 41番 龍光寺 移動距離  4km 

 

 さらに民家も多いエリアに移動し、地域の中心的な役割を担っていたと感じさせるのが、龍光寺です。ここから後というか高知のお寺さんには「竜・龍」の付く寺さんが幾つかありますね。このお寺さんは山の麓(ふもと)からまっすぐな参道があり、中腹に境内があるという昔話の絵の中にあるようなシチュエーションです。しかし、麓の入り口にあるのは立派な鳥居です。参道の上の方には赤い鳥居も見えています。ここまでにも幾つかあった寺社複合型のお寺さんのようです。


 さて、下の鳥居から境内まで参道は100m?200m位?、標高差は30m位?とか見積もりを立ててみましたが、駐車場がありません。鳥居を入るとすぐ道がめちゃ狭くなってます。オラの車は5ナンバー車なので車幅は割と狭い規格ですが、車では入っていける気がしない。困っていると鳥居の横のそば屋の主人らしき老人が出てきたので、そば屋の駐車場に停めさせてもらえないかなぁ、という雰囲気を出しながら、「ここ停められますか?」とか聞いてみました。すると、「上まで登れるよ。左に駐車場があるから」という返事。びっくりして「え、ここ行けるんですか?」「バスだって登るんだから」というお答え。

 


 そう言われては5ナンバー車がビビってる訳にもいかず、そろそろと進みます。もし対向車なんか来たら、バイクだってすれ違えません。縁石にはタイヤの跡が黒々とはっきり残っているし、左右の草や柱に擦った後も分かります。きっと15人乗り位のバスなら、ギリギリとこじ開けるように入ってくるんでしょうね。

 


 なので、5ナンバー車はそろりそろりではありますが、難なく駐車場まで入っていけました。通れるなら押し通って良し。前回の60番横峰寺の林道でも感じたことですが、たぶん、これがお遍路での車の常識なんだと思います。
 下から見上げていたとおり、このお寺さんは赤い鳥居の一段下の左右が本堂と大師堂、上が神社という、完璧な寺社一体型です。他の多くの寺社一体型の場合は、お寺か神社のどちらかが主で、他方がおまけのような配置だったり、建物の格や大きさに明らかな差があったりします。でも、ここは完全に2つで1つという感じですね。
 赤い鳥居まで登り、ちゃんと稲荷神社にもお参りします。
 祓え給え、清め給え、神ながら、くしみ給え、守り給え、幸わえ給え

 

 

上から参道を眺めると、ここがオラの村、オラの故郷、オラの人生の舞台だ、と言いたくなるような世界が広がります。昔ながらの完成したコミュニティーの象徴が、この龍光寺なんでしょう。だから、昔ながらの道幅は、決して広げてはいけません。この地区全体が宝なんですからね。

 

49寺目 40番 観自在寺 移動距離  51km 

 

 さて、いい感じでお遍路が続きますが、ちょっと次は距離があります。この長距離区間で時間を短縮しておけるか否かが、3日で43寺を回れるかという命題を左右します。高速道路は終わってしまいましたが、ナビにない新設の道が通っていたりして、予想より早く移動できます。しかし、少し節約したと思ったら、海が見えてきました。

 

薄く虹が出ているのが分かるかな?


 埼玉県人に海の吸引力は御(ぎょ)しがたい。ついつい船着き場に車を停めると、たぶん地元民には何でも無い風景を、パシャパシャカメラに収めます。「誰が来たんだ」というような視線をくれた若い漁師さんに、軽く会釈すると返してくれました。不毛な挨拶でしたが、地元民との触れあいかなぁ?、とか勝手に感動します。
 と、薄ーく、虹の欠片が見えるではありませんか。これは何かの吉兆に違いありません。なんて、のんきにノスタルジーを感じてると時間が無くなるぞ、ともう一人のオラの声ら押されて、車を走らせます。


 町中に入ると、観自在寺駐車場の看板が目に入ったので、ナビの司令の前に左折して細い路地に入っていきます。小学校の裏手にお寺の駐車場がありましたが、こちらはどうも第2駐車場的な施設のようでした。駐車場の横には果物なんかを売ってるおじさんが居て、「ご苦労様」とか挨拶をしてくれます。いい感じだったので帰りにミカンでも買おうかと思いましたが、帰りは帰りで、タイミングがずれて買いそびれてしまいました。宇和島と言えばミカンの名産地ですからねぇ。日の丸みかん、美味しいんだけど、残念。ま、ミカンの季節じゃないから我慢です。

 

 

 お寺は、完全に現代風なお寺さんですね。建物も新しいし整備されてるし、売店もあるし。古い物が有り難い訳では無いけど、少し興ざめ感が無くも無いです。そんな中で、栄えカエルは少しだけ心が和みます。

 

 

50寺目 39番 延光寺 移動距離  29km 

 

 海を離れると、道は少し山道に入っていきます。このあたりの山の感じや形は、なんか懐かしい感じがします。どうしてなのかなあ、と考えること、しばし。そうだ、埼玉の飯能市から秩父市に向かう国道299号線からの山の風景に似ているのです。四国のここら辺は、私の故郷の群馬県と埼玉県境を東端とした中央構造線の西の外れに位置します。

しかも南側なので、同時期に形成された三波川変成帯(1億年ほど前の白亜紀に低温高圧型変成を受けた)地域なのですね。つまり、地質的に似ている可能性が高く、川などの浸食も同じように進み、地形が似かよることがあっても、不思議では無いのです。
という仮説を立ててみましたが、いかがですかね(笑)。

 

 延光寺の駐車場から少し歩いて、小道の横にどーんと立派な山門があります。中に入るとゆったりした庭の向こうに本堂があります。村の子供が遊んでいる風景が似合いそうなお寺さんです。でも、今は、子供が居なくなっちゃって、主役不在なさみしさを感じるのは、オラだけでしょうか。

 

 

 参拝が終わり、足摺岬の先端にある38番金剛福寺を目指そうとして道順を検索してみると、ナビはちょっと意外な道を選択しました。足摺岬を一巡するのは国道321号線ですが、岬を横切る国道56号線を東に走り四万十市にでて、岬の東から向かう道順を推すのです。最短コースを選ぶと、直線的に向かう県道21号線を示し、岬の西の海岸線を通る321号線は選択肢にさえ出てきません。なぜなら10kmほど遠回りになるからです。

 


 逆打ちのお遍路は四国を逆時計回りに進むのだから、西の海岸線に沿って行くと思っていました。しかも、最短コースがお遍路道だと思っていた自分には、遠回りの道が正しいことも意外でした。延光寺の前にお遍路の案内板があって、やはり西側の海岸に沿っていく道が正しいようです。

 

 さて、どうしたものか。お遍路道とか言っても、車で回っている以上、違う経路になっているのは明白です。しかも時間的にちょっと遅れ気味なので、ここは最短コースを選ぶのが合理的でしょう。でも、オラは西から回ることにしました。東から行くと、同じ道を往復することになってしまうのが嫌だったのもありますが、できるだけお遍路に近いコースで行きたいと思ったのです。

 

 この選択は、1つの良い結果を生むことになりました。321号を進むと、またまた海に出ることができました。風景も良かったし、ちょうど引き潮だったのか、海にも降りられて、石好きには貴重な体験となります。黒いのは玄武岩質だと思いますが、固く緻密な火成岩系の深成岩が多いようですね。

 金剛福寺が近くなると、河口に小さな島があります。思わず写真を撮りましたが、唐船島という国の天然記念物でした。南海大地震(昭和21年)で80cmほど隆起した汀線が残るんだとか。こういうの、ゆっくり見て回りたいんですが、今回はネットで調べました。
 
51寺目 38番 金剛福寺 移動距離  62km 

 

 前回のお遍路では、石手寺はかなり個性的で驚きましたが、この金剛福寺もなかなか個性的です。とにかく境内の内外に巨石が所狭しと並んでいます。神社と違って、お寺の庭は芸術品ですよね。石・木・池などを意識的に配置して、手入れも行き届いて鑑賞に値する場合が多い。その趣向や維持に情熱や手間暇をかけるのは、ある種のDNAかもしれません。しかし、これほど巨石を並べると壮観と言うよりは異様。巨石のパワーを受け取る前に、子供がおもちゃを散らかしたような幼稚さを感じます。

 


 まあ、オラも小石を集めて眺めてニヤニヤしてる訳で、他人事(ひとごと)では無いんですけどね。集めたい気持ちはよく理解できます。しかし、お遍路のお寺には、ちょっと馴染まないかもしれません。百歩譲って巨石寺を売りにするにしても、もう少し美的感覚を磨いて欲しいなと思うのは、オラだけでしょうか。
 なんかお寺さんに対する文句みたいな書き方になってしまいましたが、敷石の寄進があったので、一枚寄付させていただきました。同じ石集めの同志だし、おかげで境内は賑やかで辛気臭さが無いのは悪いことではないしね。おまけでタオルが貰えるのもポイントでした。

 

 37番に向かう道筋は、来た道を戻る車が多いようだけれど、逆時計回りを維持して、細い東の海岸を回る道を選択。途中で交互通行しなければならないような細道もあったけれど、一瞬だけ亜熱帯っぽい林を通ったり、東の海岸に降りられたりして、ちょっとだけ足摺岬を堪能できました。

このあたりでは台風はどこへやら、の快晴

 

 しかし、37番の岩本寺まで90kmもあるのには閉口します。途中、何人かの歩き遍路の人も居ましたが、1日歩きっぱなしで丸2日かかる距離ですよねぇ。いやいや、地元の人がお遍路さんに敬意を抱くのは、当然ですね。

 

 

52寺目 37番 岩本寺 移動距離  90km 

 

 12時30分頃金剛福寺を出発したオラは、海岸に降りたり四万十川(しまんとがわ)の写真を撮ったりしましたが、約2時間で岩本寺に着きました。ダムがない日本最長の川である四万十川は前から興味があったのですが、今回は土手から眺めるだけです。かなり下流のはずですが、思ったほどは川幅も水量もないかな、というのが正直な感想です。

 

四万十川


 着いたのはいいけれど、駐車場が狭くて空くのを待ったり探したり、時刻は2時30分を過ぎてしまいます。ちょっと離れたところに広い第2駐車場があるので、目につくところに案内板があると助かりますね。ま、自分でよく調べればいいだけですが。うろうろしているうちに山門前のスペースが空いているのを見つけました。お寺さんのではないようですが、他の方も停めていたので、「短時間で帰るから」と自分に言い訳をしながらお参りします。

 


 山門が古くて歴史を感じさせるお寺さんですが、そんなに広くない境内です。車が気になって、読経を済ませると、そそくさと戻ります。そう、そろそろ今日の残り時間も気になってきました。

 

53寺目 36番 青龍寺 移動距離  58km 

 

 何しろ次も結構遠いです。目標の32番まであと4つですが、間に合うか?。ナビで一般道を検索して、国道を東に向かいます。すると、高速道路が延びてきているのに気がつきます。しかも、無料区間のようです。青龍寺への道は山越えで、一般道はかなりくねくねしていますから、これは利用するしかない。四万十中央ICから高速道路で移動開始。ただ、気になったのは、どこで降りられるかです。ナビが示したのは、こんな感じ。

 

 

高知に来たのは2回目で、地理的に不案内です。地図の須崎市、青龍寺のある横浪半島やその浦ノ内湾も、初めて目にする名前です。高速道路を運転しながら地図を確認していると、お遍路道は須崎から半島に入るのが道筋のように感じます(後で調べたら半島に入るのと浦ノ内湾の北側を通るルート、さらには巡航船のルートもあるらしい)。


 距離的にも須崎で降りた方が近いようだし、一度一般道に出て確認しようと思っていたのですが、出口が無いのか見過ごしたのか、結局出られず土佐ICまで来ちゃいました。これは絶対にお遍路道をはずれてるし、35番清滝寺の看板が先に見つかります。足摺岬ではお遍路道に拘(こだわ)ったのに、あっさりと前言撤回、朝令暮改なオラです(T^T)
ま、仕方が無い。そのままナビに従って、青龍寺を目指しますが、にわかに雲行きが怪しい。やっぱり台風が近いので、天候が不順です。あっという間に雨が降ってきました。歩き遍路の人も、慌ててカッパを着込んでいます。

台風の影響か?、にわか雨。 海の上に見えるのが宇佐大橋

 

 横浪半島へは、なかなか立派な宇佐大橋を渡ります。もとは横浪半島を縦断する横浪スカイラインが有料道路だったということなので、その名残でしょう。橋が無いときは渡し船だったでしょうし、半島は道の整備も悪かったので、今でも歩き遍路の人は船を使うこともあるんだとか。


http://pilgrim-shikoku.net/syoryuji-susakicity-cruiser

 

 話はちょっと変わりますが、青龍寺という字面(じづら)を見て、元横綱の朝青龍を思い出す人はどれくらいですかね?。以下、伝聞。実は横浪半島の中に野球でも有名な明徳義塾高校があり、朝青龍はここに相撲留学していたんですね。で、この青龍寺にも来ていて、参道の石段で足腰を鍛えたとか。その思い出もあって、四股名を「朝青龍」にしたのだそうです。ちなみに青龍の青は緑色を意味し、東の守り神です。だから半島の東にあるんだね。

 

 

 駐車場に着いたときには雨も少し小降りになります。朝青龍も登った階段はこれか、とか思いながら登りますが、時間に追われる身にはちょっと憎らしい。これも修行なのだと言い聞かせ、読経をします。

 

 

54寺目 35番 清滝寺 移動距離  14km

 

 お遍路をしている間、実はあまりお寺の名前を確認していません。ナビも電話番号で検索してナビしているものだから、たまに飛ばしたりする。しかし、青龍寺の次が清瀧寺とは、ちょっと字面が似すぎている。何か意味でもあるんだろうか。しかも、清瀧寺の方の山門には、青龍の絵があったりする。


http://blog.livedoor.jp/jb_walker/archives/6297973.html
これは見ていない。何故か。理由はこれだ。

 


歩き遍路の人は中央の階段を登り山門を通るのだが、車だと左の青色の参道を車で登ることができる。しかし、長くて狭い。ところどころに行き違い用のスペースが無理矢理形成されているが、まったく足りない。ここに10人乗りハイエースとかのタクシーが入り込むから、はまるとまったく身動きできなくなる恐れがあるのだ。非常識にもほどがある、と思うほどの細道であった。
 時間が遅かったので2台とすれ違っただけですんだが、繁忙期にはどうしてるんでしょう。境内の駐車場も一杯で、停める場所探しに5分ほど要しました。後ろからも次の車が上がってきて、見かねた人が誘導してくれました。


ここの本堂・大師堂は平均的な作りですが、ご本尊の薬師如来像の中に入れるのが、ここの醍醐味ですな。しかし、中は真っ暗で照明は無い。そう、最近セクハラで有名になってしまった長野県の善光寺の戒壇巡りと同じ趣向なのです。とは言っても、直径は3m、多めに見積もっても5m程度の堂内(胴内?)ですからね、入ればあっという間に1周して出てくるはずが、しないんですね。微妙に下がって(え?)登って(はれ?)1周したはずなのに小さな祭壇の前に出ます。文章で説明しても読んでもらっても、よく分からないと思いますが、からくり屋敷みたいになってるんです。これは楽しい。お賽銭して拝みます。
モグ友さんをよろしくお願いします
オンコロコロセンダリマトウギソワカ×9回

 

 

外に出ると、景色が良いので写真を撮りましたが、時刻はすでに4時50分過ぎ。今日の参拝はここらで終了です。何しろ昨日から33時間位起きてますからね、無理はしない方がいいでしょう。ということで、宿に向かう途中で、次の種間寺は寄ってみて、開いてたら参拝しましょう。

 

55寺目 34番 種間寺 移動距離  11km 

 

 種間寺は田んぼの中の集落にあるお寺さん、という感じかな。清瀧寺に登る苦労をした後では、なんとも入りやすいお寺さんです。駐車場も広い。お堂はすでに閉まっているようですが、境内には入れるようです。ありがたい。読経して、今日のお勤めを終わりにします。ちょうど10のお寺を回れたことになります。

 

 

1日目としてちょっと参拝できたお寺の数は少ないですが、移動距離がありましたからね、出来過ぎでしょう。さ、今日の宿に向かいます。


宿に向かう

 

種間寺から田んぼの中の生活道路を走って、海岸通りの広い道に向かいます。ところが、「前方道幅狭し」とか標識があり、民家の間の横道に入らされます。ナビの誘導するままその道を進みますが、高知県は普通の道も狭いの?。5ナンバーの車が入るのをためらう道幅ってどうよ。しかもほぼ直角カーブ。車幅が一杯な道を90度に曲がれる訳ないじゃん!!!、と叫びたくなるような道でした。

 

ついでに気になったのがガソリンの価格です。愛媛県で118円程度だったのが高知県に入ると途端に124円になりました。これは徳島県に行くまでずっと同じで、他県に比べて高い統制価格?とか感じてしまいました。高知県の人が読んでくれたら、感想をお願いしますね。

 

 坂本龍馬の銅像で有名な桂浜の横を通り、妙に高い海を渡る浦戸大橋を渡り、ナビに騙されて行き過ぎて、土佐カントリークラブに登ってしまいました。ここは見晴らしがいいですね。今夜の宿は海岸に面した宿のようですから、万一地震がきたら、津波対策にはここに逃げるとしましょう。少し戻って今日の宿、香南市サイクリングターミナルに到着です。

 着いたらすぐに夕食にしてもらい、明日の朝食はキャンセルします。朝の5時にはここを出ないと、どんどん遅れてしまいますからね。おにぎりにでもできないかと頼むと、食堂のご夫婦?が快く作ってくれました。夕食はこれですが、なんとなく、昔の修学旅行に出たような夕食、と思ってしまいました。

お風呂も洗面所も共用で、サイクリングセンターは合宿所のような施設なんでしょうね。弾丸お遍路をしている自分には、過ぎた寝所です。

明日も早いので、モグのデイリーだけして寝ることにします。あ、そうそうここまで忘れてたけど、来るとき、昨日の午後8時くらいに、突然たまごっちが死んでしまいました。子どもが生まれて世話して、2時間位?見てなかったら死に神が出てきてしまいました。こんな短時間で死ぬ事ってあるの? 24代ほど続いていたのに、ちょっとショックでした。

 

ま、そんなことが1週間前のことみたいに思えます。

とりあえず、お休みなさい。

 

 

 

お遍路88カ所のうち、8月23-25日の3日間で、おおむね半分の45寺の参拝を済ませたオラは、今年中には全部回れるだろうと安穏としていましたが、いつ行くかは未定でした。残りも3日でなんとかなればいいなというか、3日で回るつもりでしたけど。それが年末になるのか、11月あたりの連休になるのかは仕事の都合でなんて考えていました。

 

が、そういうふうに成り行きで行動するのが、一番、達成率が悪いという事実も経験で身に染みています。こういうのは夏休みの宿題みたいなもので、思い立ったが吉日でさっさとやらないといけない。いつかやろうというスタンスでは、絶対やらないで時間が過ぎていき、最後に酷い目に遭う。

 

さらに熟慮するならば、夏季は明るい時間が長いので行動時間も長く取れるが、秋の夕暮れはつるべ落としとも言うように、日没が早くなると、あっという間に暗くなるものです。時刻的にも月日的にもね。

 

ということで、これはかなり緊急案件のように取り組む必要があるな、と思い始めていたところ、9月17日-19日が3連休なのに気が付きます。仕事はあるといえばありますが、緊急ではない。もう、ここでやるしかないな、と覚悟を決めました。

 

とは言っても男の一人旅なので、準備らしいことはあまり必要がありませんな。前回の経験があるので、編み笠、経本、輪袈裟とかはまとめてあるし、3日分の下着をバッグに詰めればいいだけです。それより、効率的に確実に回れるように、お寺とお寺の間の距離と移動時間のだいたいの予定を立ててみようか、と思いました。

 

ガイドブックを開き、43番の明石寺から距離を調べていきます。だいたい前回の経験から、移動時間に10Kmを15分位で計算し、1つのお寺さんに20分の参拝時間を確保すればいい。神社とか予定外の参拝は今回もあるでしょうけれど、それも織り込んでの時間です。
残りの遍路を回るのに特に配慮しなくてはならないのは、21番と20番の寺です。21番太龍寺はロープウェイを使わなくてはならないのと、次の20番鶴林寺も山の上なので、ここまでは2日目の終わりまでは回りたいところです。3日目に19寺を残すのはちょっと多い気がしますが、1番から11番までは割と近いので、何とかなるでしょう。

 

あと、問題なのは移動距離ですかねぇ。四国の2つの南端、足摺岬と室戸岬の先っちょまで回る所では、次のお寺まで70kmとか90kmもあります。移動だけで2時間かかる。これは参拝前後の暗い時間に移動したい所ですが、無理みたいです。ということで、

 

1日目 午前6時 43番明石寺 → 午後5時 32番禅師峰寺まで12寺 宿泊は高知市周辺
2日目 午前6時 31番竹林寺 → 午後5時 20番鶴林寺まで 12寺  宿泊は徳島市周辺
3日目 午前6時 19番立江寺 → 午後5時 1番霊山寺まで 19寺

 

ということになりました。

 

 

次は宿ですね。前回は勢いで何とかなりましたが、宿は基本でしょう。そこで9月12日頃に17日に泊まれる高知市内で安い宿はないかと探したのですが、全然空きが見つかりません。よく考えてみたら、秋の3連休です。前回は夏休みとはいえ、平日なので空き状況が全然違うのは当然です。それでも18日の徳島市内はすんなり見つけられたので、高知近辺で何か行事でもあったのかもしれません。最終的に、隣の香南市で「サイクリングターミナル海のやどしおや宿」という宿泊施設を見つけました。自転車野郎のための宿泊施設なのかな?。ちょっと鶴林寺からは遠いのですが、20km位なら許容範囲です。

 

これで最低限の準備はできたのですが、ちょうどその頃になって浮上してきた問題が、台風16号です。この台風は、15日の段階では19日に四国に上陸する予報が出ていました。

雨は我慢すればいいだけですが、台風は困る。特にロープウェイが動かないと、21番太龍寺に登れません。文字通り雲行きが怪しいところですが、予定は立ててしまったし、行ける所まで行って、もしダメだったら後日に行き直すしかないかな、と思ってました。

 

 

さあ、出発だ

 

気が付いていると思いますが、17日の朝6時に愛媛県の明石寺から参拝を始めるためには、16日のうちに埼玉から移動しなくちゃいけません。当然、日中は仕事があります。午後は時間休暇でももらおうかとも思ったのですが、なんとなくだらだらと仕事をしてしまい、結局、午後5時出発です。当座の目的地は980km先、到着予定時刻は13時間後の午前6時というハードスケジュールです。

 

と書いても、そろそろ読者の方も、

 

    また無茶な予定をしやがって

 

と呆れてるだけでしょうねぇ。27時間後には高知県の香南市の宿に無事たどり着ければいいんですが(笑)。

 

とかなんとか言ってるうち出発時間はどんどん遅れて5時30分を回ってしまいました。しかも、やっぱり腹ごしらえをしてからと思い直し、近くの丸亀うどんで早めの夕食を食べます。

前回は浜名湖SAで悩んだ末に結局カレーを食べた反省からですが、うどん県を通るのにうどんを食してから出かけるという、少々挑発的な行動ですなwww。

 

ともあれ、お腹も膨れ、今回は東京外環・入間のICから、早めに高速道路にのりました。何しろ遠いですからね。ところが、八王子のJCで平日の夕方渋滞に巻き込まれます。普段は真夜中に移動することが多いオラには、ちょっと予想外でした。

 

それでも、早々に渋滞を抜け、箱根の足柄サービスエリアに着いたのは午後8時過ぎ。

月が綺麗です。

この月は前日の16日、足柄サービスエリアで撮影した月です。
満月なのかなぁ。オラのカメラは30倍の望遠が付いてるCanonSX710。
いわゆるコンパクトカメラですが、手持ちでも手ぶれが起こらずこれだけの画像が取れる。
最近のiPhoneのカメラ機能も凄いし、技術の進歩には常々驚かされます。

 

 

左は足柄SAを出る時。霧が出てきた。台風の影響か。
真ん中と右は岡崎SA。このあたりは庭石の産地なのかな。
右は売店から連れ去ったドラ猫(笑)

 

岡崎のSA(サービスエリア)に寄ったのは初めてでした。ガードレールの代わりに花崗(かこう)岩の縁石が並んでいます。調べてみたら日本三大産地なのだとか。売店に入り、一通り土産物を物色します。まあ、行きの途中なのでお土産を買うには早過ぎるのですが、店を出る直前に目に飛び込んでしまったのが、ドラ猫のぬいぐるみでした。
もともとカワイイ物には心を惹かれてしまう性格ですが、猫は守備範囲外なんです。もちろん、嫌いじゃありませんし、猫の写真集なんかもあれば手に取るし、以前の携帯の待ち受けはこれでした(笑)。

この画像などが人気になり、この後でカゴ猫とか、のっけ猫とか名前も付いて、

人気者になった、シロ君です。

そういえば、ぬいぐるみに似てるなぁ。

 

そんなオラの前に出てきたドラ猫君。縁とタイミングは不思議なもので、けっこうなお値段なのに、夜の夜中におじさんはドラ猫君をお買い上げです(笑)。何しろ、真夜中の高速道路は、ひたすら暗い道ですし、お遍路は同行二人ですからね。道連れが欲しかったのかもしれません。

 

その先、前回は京都で高速道路の道を間違ったが、今回はしない。さらに、前回は名神高速道路から中国道に入って淡路島を目指したが、今回は名神高速を直進し西宮ICで降りるという作戦に出た。なぜかって?。一般道に降りて、安いガソリンを補給するためさ。高速のSAで138円もするのが108円で50L給油できたぞ。1500円のお得という訳だ。

 

そのまま長田区まで一般道で神戸の町を流していった。ちょっとこの町には思い出があってね。ポートタワーを見たかったんだが、そばを走れただけでも十分だ。高速に戻って明石海峡大橋を渡り、前回も寄った淡路島SAで一休み。時間は午前3時を回っている。あと300km以上あるので、のんきに休んでいる暇はない。さっさと走り出す。

 

午前6時前。やっと、松山市に入る。明石寺まではまだ30km以上あるが、なんと工事中でここで一般道に降りなくてはならないという。前のトラックがのろのろと走るのに付いていく。既に時間は予定より遅れているけど仕方がない。と、ガソリンスタンドが開いていた。これは朝からラッキーだ。今日回るあたりには大きな町がないようなので、高知市に行くまでガソリンがもつように、満タンにしておくのは良いことだ。116円だったかな、まあまあ安いし助かった。

 

ガソリン満タンにして走り始めたところ、信じられない光景を目にする。さっき降りたばかりの高速道路を車が走っているのだ(◎o◎)。どうしたことか?、と一瞬思ったがすぐに理解した。さては午前6時で工事による道路閉鎖が解除されたに違いない。だから、前のトラックはのろのろ運転をして、ギリギリで通過しようとしていたのに違いない。
せっかく降りたのだが、すでに1時間ほど予定から遅れているし、まだ30kmもあるのでは高速に頼らざるを得ない。安くガソリンを入れたのだと自分を納得させ、次のICから高速で明石寺を目指した。

 

午前7時。13時間、980kmを無事完走して、明石寺に到着です。

左:AM2:00西宮で給油した時 右:明石寺到着の時

 

しかし、これは終わりではないですよ。
と言うより、今から1日目のお遍路がスタート、
さあ、88ヶ所の四国お遍路、
後半の始まりです。

やっと始まりかよ(ノД`)・゜・。

 

 

「ここは、どこだ?」
目を覚ました男は、あたりを見渡した。
「ぐっ、う、うぅ、」
途端に激しい痛みが胸から前身に走る
「ぅぅ-、」
激痛をこらえながら、
男は状況を理解してきた。
(ここは病院か?
 そうか、あの時か・・・)

 

「千さん、やっぱり手術しなきゃダメですよ。」
「やなこったい。
 てめぇの金儲けの飯の種にされてたまるかい!」

二人は下町の子供の頃からの知り合いで、
一人は医者の子で、今は心臓外科の権威、
もう一人は売れない作家の倅で、自称文筆家。
「そんなこと言ってると、いつかお迎えが来ちまうぞ。
 ここに救急車で担ぎ込まれて来たって診てやらねぇぞ。」
「かまうかい、こっちから願い下げだ。」

ふっ
そう言ってたんだが、
たしか風呂屋の帰りに急に胸が痛くなって・・・
まさか、ここに来るとは。

 

しばらくして、ドアが開いた。

「気が付いたか?」
医者が声をかけてきた。
「なんだ、礼でも言って欲しいのか?」
「別に。
 見捨てても化けて出ることは無いと思ったけどな、
 ほっとけと言われてほっといたんじゃ、
 お前の言いなりだからな、
 ま、不本意だが全力で治療したよ。」

「へへ、それが俺の作戦だとは思わなかったか?
 お前が天の邪鬼なのくらい、計算してたんだぜ。
 おかげで命拾いしたって訳だ。」

男はしてやったり、俺の勝ちだと言わんばかりに、
にやりとして、医者に流し目をして見せた。

 

医者は、紙を持っていた。

 

   「怒らせておいて良かった。おかげで命拾いした」と、
   勝ち誇ったようにお前は言う。

 

男はびっくりしたように、その紙に見入った。
まさか、自分の言葉が、紙に書かれているとは。

 

 

「お前の考えくらい、分かってんだよ。
 怖くて手術は受けられないくせに、
 万が一の時はちゃんと助けてもらう腹づもりだったんだろ。
 せこいなぁ、お前。
 でも、それを思い知らせてやらなくちゃいかんからな。
 医者としてな。」

それだけ言うと、医者はドアを開けて出て行った。
 

「はっはっは、奴め。
 きっと今頃は歯ぎしりして悔しがってんだろうな。
 命を助けてやったんだからな、

 少し位、身にしみてもらわんとな」
医者は満足そうに笑った。

 

手には、

 

   礼なんかいいさ。
   俺は、患者を助けただけだからな。

 

とか

 

   医者ってのはな、
   治療に命を賭けるんだよ
   だから患者も、自分を全力で直すのが務めだ

 

とか書かれた紙も持っていた。
男が何を言っても、

 

  「そんなこと見抜いてたんだぜ。」

 

と言えるようにだ。

 

そこへ、古参の看護師長がやってきた。
「あら、先生。
 また、『患者が目覚めた時にかける言葉集』の
 コピー使ったんですか?」

「患者にばらすなよぉ。」
 特に999号室のやつは、俺の幼なじみだからな。」
「はいはい、秘密は守るのが
 病院職員の努めでございますから」

それを聞くと、医者はニンマリとしながら、医局に戻っていった。

 

(その作者が999号室の人なんて、
 誰にも言いませんですよ。)

 

 

最近、沖縄に縁があって、

ここ5年位は1年にいっぺんくらい仕事で来ている。

仕事なので行く先々はだいたい決まってて、

見聞きするものもそれほど多くはないのだが、

国際大通りなんかは地元の繁華街より見慣れていたりする。

だから、今回の10月29日-11月1日の仕事でも、

そんなに旅行気分が高まる訳でも新発見を期待する訳でもなかったのだが、

今回はちょっとだけ、いいことがあったので、その報告。

もし、これから沖縄に行く人が居たら、

是非参考にして欲しいと思うくらいは、

いい経験、お得な経験ができた。

 

イオンモール沖縄ライカムの屋上から中城湾を望む

よく見えないが軍艦が浮かぶのが沖縄的

 

オラは色々と収集癖があるが、焼き物もその一つ。

以下、ちょっと焼き物のうんちく。

めんどくさい人は、通りの画像のあるとこまで読み飛ばして下さいwww

 

 

沖縄の焼き物といえば壺屋焼きだが、

全国の陶磁器産地と比べると、その地位は高くないと思う。

オラの中での評価も今ひとつである。

島なので周りの影響を受けなかったという独自性はあるものの、

地域の雑器作りという要請・環境が、実用品としてのレベルにとどまり、

使用感の質も芸術性の高さも、洗練される機会を与えられなかったというのが、

最大の原因だろう。

壺屋焼きの代表的な赤絵の湯飲み

魚紋のお皿なども有名

 

とかなんとか、マイナスの評価を付けながらも、

飛行機に乗る前の1時間を、

壺屋焼きの窯元の店が並ぶ、やちむん通りに散策にあてるのだった。

しかし、行ってみると、平日だとホントに人が居ない。

お店の中の作品も見たいのだが、

まず買うことが無いので小心者の自分には敷居が高い。

(家の中が雑多なコレクションで一杯なのだ)

来週はお祭りなので特売品も並ぶし、気楽にお店の中にも入れるのに残念だ。

今回もちょっと店先に出してある特売品の幾つかを見るのがせいぜいである。

窓越しでもいいから、もっと作品を見てもらう工夫をすることは、

この通りの賑わいを考えると必要だと思うんだけどなあ。

 

というような欲求不満な時間に終始するはずだったのだが、

今年は違った。

行く前に何気なく見ていたガイドブックに、

違うアプローチを見つけたのだ。

 

やちむん通りというのは、文字通り一本道で、

窯元のお店はここに集中する。

逆に言うと、その近隣は普通の町並みである。、

人気観光地の公設市場から歩いてくる道以外は、

まったく普通の町の普通の通りで、

特に見どころはのようなものはない。

 

唯一、オラが個人的に気に入っているのは、

通りの入口の手前、博物館の左手を登っていく細い道である。

街中に、砂岩と泥岩の小山がぽつんと残されているのだ。

その端を崩して道を作り、奥行き1メートルほどの飲み屋が建てられている。

いつ崩れるかもしれない崖と

崖下に作られた飲み屋の織りなす風景は、

50年前の残照のようで気に入っている。

 

電柱の位置から1mの小屋が飲み屋さん

 

話が逸れた。

いずれにしても、たまにしか来られないので、

何か新発見があるかもと思い、

やっばり行っちゃう所なのである。

 

しかし、今回は手がかりがあった。

アイテムの気配を感じさせたのだ。

それがこの地図のこの道。

 

左端の真ん中が壺屋焼き博物館。

そこを登り左に行くのが毎回のパターン

 

さっきの崖道を登ること、過去にたぶん3回。

3回とも坂を登ると国際大通り方向に左折していた。

右は何もないだろう普通の町並みだからだ。

だが、地図の矢印は右折している。

これは、迂闊(うかつ)だった。これは行くしかない。

それがしょーもないお勧め散歩道でもだ。

 

この新しい道の探索は、

感想から言うと、まあまあでした。

 

古い佇まい(たたずまい)の天ぷら屋有り、最新ビルと屋根瓦のコントラスト有り、

焼き物の欠片を埋め込んだ歩道有り、カラーマンホール有り、

 

昔ながらの細道有りと、

ほんの数百mの割には、そこそこ見どころがあった。

 

左が「すーじ小」。すーじぐゎ と読む。沖縄の言葉で小道のこと。

右の塀の上のチブルシーサー(シーサーの頭、の意味)はちょっと怖い。

 

それで終わり?、お得はどうした?

 

すみません。前置きが長くなりました

沖縄の言葉で「すーじ小(ぐゎ)」と呼ばれる小道は、

さっきの崖と同じで、昔の風景と言えばそうなんでしょうけど、

うちの近くにも有りそうな気もします。

でも、次のお店の「すーじ小」は、他ではちょっと見かけない茶屋です。

鎌倉の裏山の辺りにはありそうな感じかな。

 

 

70年物の民家を小綺麗にして

喫茶+軽食のお店にしてあるみたいです。

入口に、沖縄そば¥500、ぜんざい¥350、コーヒー¥350とか書いてありました。

価格は普通ですね。

 

こんな店に、オラはたいていは入らない。

でも、今回は入る気がしたし、入った。なぜか?。

たぶん、感性です。気に入ったんですね。

 

この30分位前に、沖縄そば¥500の店があっても入らなかった。

そのときは、食べるより散策を選んだんです。

しかも、この近くに「いなか」という¥380位の安いお店も知ってるしね。

時刻は11時30分頃だったけど、お腹が空いたから入ったんじゃない。

ぜんざいは今回はノーマークで食べる予定は無かったし、

コーヒーも健康上の理由で今回の旅では自制していたくらいだしね。

 

沖縄のぜんざいは甘い煮豆の上に氷をかけてあるデザートです。

 

色々書きましたが、とにもかくにも入りました。

なかなかお店の作りや装飾にも見どころというか、味のあるお店です。

 

店員さんは女性一人で、

このお店の内装のセンスは、この人のものなのかもしれません。

善し悪しの判断は読者にお任せしましょう。

 

 

二人の男性の先客が居たのですが、

何故か沖縄三味線のサンシンの練習をしています。

そして猫は何かを狙っている。

 

注文は、Cセットにしました。

せっかくなので、一通りの味見をしたくなったのです。

 

 

 

で、これが
大正解
沖縄そばなんか、肉とか具が小っちゃいでしょ。それでも大当たりなのです。

 

見栄えは30点ですよ。

見てくれは¥500なりのチープな一杯のはずなのに、

これがびっくりするほど旨い。

3日前に食べたガイドブックにもよく出てる花笠食堂の10倍は旨い。

そして、ジューシーがもっと旨い。

沖縄で食べた過去20杯以上のジューシーで唯一、本当に旨い。

感動的ですらある。

時間的に作り立てだったということもあるんでしょうけど、

ご飯の堅さ、味付け、粘りけ、暖かさ、そのバランスが完璧。

今まで食べた、作り置きで冷えててご飯がぼろぼろしてたり

固まってたりしたのとは、全然違う。

ちゃんと一品している。

オラは急遽、

注文をCセットからコーヒー付きのすーじ小セットに

グレードアップさせてもらいました。

予感がしたのです。

 

そして出てきたのは、もちろん、お品書き通りのぜんざいとコーヒーですが、

たっぷりと入った大盛りのコーヒーには心くばりさえ感じます。

 

ぜんざいに乗ってるのはかき氷じゃありません。

綿雪のように削った氷をこの形に整形しているのです。

だから、口に入れるとふわっと溶ける。

雑でおおざっぱな伝統的なおやつが、

銀座のスイーツに変わったというイメージです。

これは一品で頼んでも、¥350の価値は十分にあります。

他の店の多くのぜんざいはかき氷なので、そもそも感動はしないし、

たいてい頭が痛くなります。
コーヒーは、んー、豆は普通かな、すいません。

判定は公正にします。

豆は、炒りたて挽きたてじゃないですかね。

でも、ネルで煎れてる本格派です。

機械で煎れるエスプレッソは味気ないからね、

表面に浮く油分と最後に残る豆が本当のコーヒーの証しです。

これを贅沢と思えないなら、オラと価値観は合わないだろうから

以下は読まなくてもいいかなぁ。www

 

香りが足りない分はマイナスだけど、

ブラックで十分に飲めるレベルのコーヒーは、

こういう個人店だと¥500以上の値段をつけてる店も多いです。

ぜんざいがおいしくて先に食べちゃったけど、口直しにもちょうどいいです。
以上4品で、トータルたったの¥1,000。

驚きのコストパフォーマンスです。

安いだけなら他にもあるけど、ここの料理は本当に旨い。

料理やコーヒーの質に妥協が無くて、きちんとした完成品に仕上げている。

それでいて一品の価格は普通程度、セットにしたら半額程度です。

これは賞賛に値します。

 

さらに、これが最大の加点ポイントですが、

すべての器が当然のように壺屋焼きです。

水の入ってるカップは¥1000もしないでしょうが、

特に、コーヒーカップ&ソーサーは上等です。

上絵の具が厚盛りで、買えば¥3000前後とオラは推測しました。

窯元やデパートなんかだと、¥5000で売ってても不思議じゃないです。

これを鑑賞しながら飲めるのは、壺屋に来た甲斐があります。

 

あと、お店の雰囲気ですよね。

すーじ小は裏小路と訳されることもあるようだけど、

表通りの喧噪を離れたのどかな空間と、

昭和の空気をもつ店の居心地の良さを

感じられるか、楽しめるか、が

このお店を好きになるか否かの基準になる気がします。

もちろん、オラが本能的に好きになったしまったのは、当然のことです。

 

 

いやあ、いい店を見つけた。

他の人の評価は知らないけど、

次回も絶対ここに来ようと思える、最高の穴場を見つけてしまいました。

オラの感動が本物なのは、

これだけの字数を使って、5時間以上かけてブログにして、

みんなに知って欲しいと思ったのをみれば、

分かると思います。

 

あ、沖縄そばの具が小さいのはかなりマイナスだと思う人が居るでしょうが、

これには、隠された理由がある、とオラは邪推していますwww。

それは猫です。

このちび達は、どうもお客さんから肉の分け前をもらってるらしくって、

オラがそばを食べてると様子をうかがいに来るんですね。

店主らしい店員さんもそれを知ってて、

入ってこようとするのを監視してるみたいです。

まあ、変な癖を付けるのは良くないですからね。

でも、猫たちはキャットフードがまだ残ってるのに、

ソーキの欠片がもらえるのを楽しみに待ってるみたいですよ。


ここまで書いて、食べログを確認してみました。

そもそもこんな小さな店が取り上げられてるかも自信なかったのですがね。

評価は3.08。

ありゃ、意外に低い。

でもね、口コミは良いことしか書いてない。

特に、味は間違いなさそうね。

夏は蚊が入ってきたとかあったけど、それは場所柄仕方ないじゃ無いwww。

そか、店主さんは元スッチーなのね。

だから、感性が高いのかもしれない。

でも、これを見て観光客がどっさり訪れるとは思えないので、

オラのお気に入りにして、また来ることにしましょう。


お店を出た後、小道のほうのすーじ小を探索して、

店頭を冷やかしながらうちむん通りをウロウロしていると、

右は昨年はまだ工事をしてた新垣家住宅。

伝統的な壺屋陶工の住宅形式だそうだが、綺麗になりすぎたかな

道路や井戸や壁に、たくさんの焼き物の欠片を埋め込んでいる。

上物の欠片が多いので、店頭より見る価値がある、とオラは思う。

 

なんのことはない、

茶店「すーじ小」の案内板が表通りに有るじゃありませんか。

 

なんか偉そうな事書いてて、

今までの訪問時には気が付かなかったのか、スルーしてたのか。

「ここは所詮この程度」という思いこみが、

観察眼を曇らせていたんでしょう。

でも、

この看板を見つけてたとしても

「沖縄そば」には誘われなかっただろうなあ、と思う。

あの小道の脇にあの佇まいと猫が居たからこそ、

寄ってみるかになった訳で、

それが今回の出会いだったんだろうな。

 

これ以上宣伝して混雑店になってしまうのは嫌なので、

食べログの評価は上げないことにしました。(笑)

看板のビールの値段がメニューと違ってるので、

直しとかないといけないねwww

 

今回はいい旅の思い出ができました。

これを機に、運勢がいい方に向かうことを祈りましょう。

 

 

 

 

39寺目 50番 繁多寺 移動距離 3km

 

石手寺から10分ほど、住宅街を少し抜けたところの、ため池の堤の上に駐車場があった。大師堂の読経が済み帰り際、ここの境内にも鳥居があるので、お参りをすることにした。

 

 

で、新しい発見だったのが、神社なのにお寺のよう真言が書かれていたこと。聖天(歓喜天)って、神様だっけ? とりあえず神社みたいなので2礼2拍手一拝して真言を唱えておいた。

 

で、帰ってきて調べたら、聖天はヒンズー教の神様を仏教が取り入れた仏様だということが分かった。だから真言があるのだ。ということは、この歓喜天堂と名付けられたお堂に鳥居があるのは、余分というか不自然なのである。経緯を調べると、江戸幕府から徳川家の帰依をうけることになり、4代将軍家綱の念持仏三体の一つである歓喜天を祀ることにしたからだという。もしかしたらその前には、この場所には別の神社があったのかもしれないね。

 

埼玉県熊谷市にも妻沼聖天院というお寺がある。日本三大聖天院の一つで本殿が国宝に指定されて、最近化粧直しをしたので日光東照宮のような輝きだ。昔、TBSラジオの「小沢庄一の小沢庄一的こころ」という番組で知り、境内の茶屋で売っている長いお稲荷さんを買いに行ったときから、ご贔屓というか、たまに参拝しているお寺さんだ。お遍路をしていて、自分の知識や経験といろいろな所でリンクしてくるのは、おもしろい体験である。

 

40寺目 49番 浄土寺 移動距離 3km

 

次の49番に向かう途中、ちょっとトラブル発生。T字路にさしかかったとき、道路の案内板とナビとが左右真逆になってしまった。一瞬の判断で、看板に従って左折すると、50番繁多寺の駐車場に着いた。どうしてこんなことになったのかと思ったが、自分で検索を間違えたらしい。こういう時に案内板に気が付くとは、我ながら注意深いというか、運がいいというか、今日は良い日に違いない。

 

駐車場は余り広くないが、山門の真ん前で有り難い。空いていたし街中の小さめの境内だったので、すんなりとお参りを済ませて、次の寺に向かう。

 

41寺目 48番 西林寺 移動距離 4km

 

来た道を戻る感じで進み、8kmほど走る。ちょっとした岡の中腹にあるお寺の駐車場について、用意をしながらふとお寺の名前を確認すると、
八坂寺?
なんと違うではないか。またまた、検索を間違えて、お寺を1つ飛ばしてしまったことに気が付く。まったく時間のないときに限ってこんな間違いをする。知らず、焦っているから間違えるのかなぁ。
いずれにしても、今回はお参りする前だったし、まあ、それほど遠くもないので戻ることにした。再検索をすると、さっき通ってきた一本道の端にあるではないか。んーむ、今度は注意力が散漫だったのか、仏様が頭(ず)に乗ってる自分を戒めたのか。

 

48番西林寺は、47番の八坂寺から行くと、ちゃんと参道を歩いて小さな川を渡って境内に入ることができる。奇しくも順打ちの道順で行ったので、ああ、こういう感じでお寺に来るんだな、と道順とお寺の向き・参道の位置なんかが理解できた。ここでも若い女性の方(山門に写っている人)が、今度は正真正銘一人で歩き遍路をしていた。すごいなぁと思う。自分が鐘の音なんか録音したりして、彼女をちょっと待たせてしまったことを思い出す。

 

42寺目 47番 八坂寺 移動距離 5km

 

で、再び47番に戻り、お参りを済ませる。ここの駐車場は境内のすぐ脇にあるのだが、いったん20m位車道を歩いて下り、山門から参拝しなさいと書いてある。なるほど立派な山門が新調?されている。きっとこれを見て欲しいんだな、とか勘ぐってみる。

 


大師堂との間に焔魔堂があり、左右に天国入口、地獄入り口と書いてある。もちろん自分は天国から入ったが、建物をぐるっと回り、地獄入口から出てくる。んー、いずれにしても地獄には行かなくてはならない運命なのか?
駐車場に戻ると、不動明王が見つめている。何となく気にかかり、お参りをする。

 

 

43寺目 46番 浄瑠璃寺 移動距離 1km

 

お寺の前に駐車場がなく、境内の左の細い道を入っていくと駐車場がある。そこから境内に入ると赤いずきんをかぶったお地蔵さんがいる。水をかけるらしい。よくお参りされている様子がうかがえる。子どもを守ってくれるのがお地蔵さんだ。「おんかーかーかびさんまえいそわか」一応子持ちだからな。覚えたての真言を唱えてお参りをする。

 


49番から47番のお寺さんは、何もない野原のような所にお寺を建てた小綺麗な境内だったが、ここはもともと山だった所を切り開いたという感じ。境内はあまり広くないが木々が鬱そうとしている。中でもイブキビャクシンという木は1000年もので天然記念物だという。元々海岸に生える木のようだから、植樹されたんだろうな、1000年前に。歴史を感じさせるお寺だ。

 

44寺目 45番 岩屋寺 移動距離 28km \300

 

さて、いよいよ今日もあと2つとなり、ゴールが近い。あと90分くらい。30kmを移動するのに1時間はかからないから、なんとか間に合いそうだ。45番を出てすぐ、といっても車道だから歩き遍路の道ではないと思うが、44番に向かう途中、88カ所のような佇(たたず)まいのお寺さんがある。というか、さっき間違えて48番に戻る時にも通り過ぎていたので、2回目なんだけどね。

ちょっと寄ろうかと思ったりするのだが、時間がタイトなので、さすがにスルーするしかなかった。調べてみたら、別格第九番札所文殊院徳盛寺のようだ。88ヶ所よりはちょっと小さいような気もするが、同じような境内に感じられた。別格のお遍路をすることがあったら、訪ねてみよう。

松山市内を抜け、また道は上り坂になっていく。45番は山の中にある。当然、道の登り左右に振られる。だけどそろそろ、こういう仕打ちというか難関というか、お遍路の課す試練にも、慣れて受け入れている自分を感じる。何があろうが、前に進むしかないのである。進むしかないのだから、考えても無駄というか、流れに身を任せる心境というのだろうか。

 

山道をぐんぐん登って走っていると、後ろに黒塗りのベンツがくっついてきた。愛媛のドライバーはスピードを出す人が多いし高性能車だから引き離すことができない。と、「高速道路は右」みたいな看板を見つける。新しく高速道路ができたのだろうか。45番はちょっと遠いから高速に乗ってもいいんだけど、ナビがその道を知らないので、どこまで高速が延びているのか調べられない。一瞬の判断だったが、ナビ通りの山道をまっすぐ進むことにした。後ろのベンツは高速道路方向に向かい、後の車列も続いていく。ふーん、みんな高速乗ってくんだな。やっぱりこんな時間にお遍路のに向かう車は少ないよなぁ、などと思いながら、バックミラーの車を見送っていた。

峠を登り、ぐにゃぐにゃした道を下っていくと、なんと、また高速道路の入口というか、出口があった。「あれ?」とか思いながらも、今度はよく見ると「自動車専用道路」「無料」とかの文字も見えた。「えー、専用なのに無料だったのかぁ。」ちょっと後悔した。
オラは、高速道路は極力利用しないで、一般道で移動する事を指向する。つまり、時間よりお金を大切にする。たとえば、近所の高速道路は、15分の距離で700円かかる。一般道だと45分位かなあ。この価値観をどう評価するかは個人の勝手、自由でいいと思う。オラは、料金の700円を30分で稼いだ、と考える。急いでいるときは時間をお金で買うわけだが、急がなくてもいいのなら、節約することを好むのだ。

 

ただ、こうしたアプローチは、今回のように取らず損をすることもある。一昨年、東北に行ったときも山形県から埼玉まで一般道で帰ってきた。当然、高速道路に沿ってのびる一般道をひたすら走っていたのだが、地方には無料区間とかあるのね。途中まで分からなくて利用しなくて、これはこれですごい損をした気分だった。今回、またその轍を踏んだことになる。ナビの更新料は高いけど、更新するかなぁ、と心が揺らぐのは、こんな瞬間である。
街道を逸れ、本格的な山道に入る。岩屋寺に向かうバスがあるようだが、その道を歩いているお遍路さんを何人か見かける。この時間に山道を歩いていったら、付く頃には暗くなってしまうだろう。
曲がりくねる山道の端の崖が急になってくると、露頭が溶岩流か土石流のあとみたいな岩山を形成していた。んー、石マニアとしては、ここはなんとしても観察したい。が、先は急がねばならない。とりあえず先に進む。到着寸前の道の脇で、清水を汲んでいる人を見かける。その先を左折して、すごく細い登り道をゆっくりと進む。よくよく確認しながら、車でギリギリまで登れるだけ登る。意外に近くまで来るまで近づけることに、そろそろ気づいていた。売店の駐車場\300。売店が2軒ほどあるが、お土産をゆっくり見ている時間がそろそろない。脇目で見過ごしながら本堂を目指す。
しかし、この参道の坂道の長いこと。石段も200段を越えるらしい。いや、10分程度だからそんなに長いという訳でもないのだが、不案内だからあと何メートルなのか、もしかして何キロも歩かされるかもという不安と、44番まで行きたいので時間的に焦っているのとで、まだかまだかと、心が急いてしまうのである。

 

 

登りがややきつかったが、それでもなんとか本堂に着いた。なるほど岩屋の寺である。火砕流が堆積して固まったと見受けられる地層の軒下に、納経所か何かの建物がある。風雨の強い日や地震なんか起きたら崩れる恐れが多分にある危険なお寺だ。

 

 

こういう場所は立入禁止になっていることが多いのだが、ここではハシゴをかけてくぼんだお堂のところまで登ってもいいことになっている。もちろん自己責任だ。時間が無い無い言いながら、こういう誘いに弱いので、登って念願の露頭を観察する。


 

 

最近の施設は責任回避と管理ばかりで、こういう大らかさが足りないね。危ないと思うから慎重に行動する訳で、入れてもらったと感謝するから謙虚な行動をするのだ。もちろん、分をわきまえない輩もいるが、それを受け入れるのが大人の役目、仏の慈悲ってもんじゃないのかねぇ。ダメだめ言われると、なんか拒否されてるようで、信心どころではない気がするんだよねぇ。
ということで、古き良き時代の粋を感じさせるお寺さんです。いつまでも、岩が崩れてこないことを祈ります。

 

45寺目 44番 大寶寺 移動距離 12km

 

時間がない中、さっきの水場で、2リットルのペットボトルの水を汲みます。オラは山に行くと、よくこうやって清水を汲んで帰ります。家に帰ったら湧かして緑茶を飲みます。何にも代えがたいお土産になるんですよ。
さらに少し戻ると、来る時に見つけていた山肌の路頭を、カメラの望遠で観察し、写真に撮ります。くぼんだ穴は、火砕流の時には水蒸気が溜まっていたんでしょうか。堆積した地層にはない荒々しさを感じさせるパワースポットのような路頭です。

 


そんなことをしていると、44番に遅れてしまいます。ギリギリまで路頭観察すると、ダッシュで44番に向かいます。ここの駐車場は500m位手前に1つあります。バスが停まって運転手がだべってました。しかし、道はまだ続くし、行けそうです。時間もないし、ここはちょっと図々しく車のまま入っていきます。道が山肌に接した頃、境内が上の方に見えてきました。どうやら、境内まで車で行けそうです。バスは通れない道幅なので、団体さんにはちょっと可哀相なお寺さんですね。

 


さあ、3日間で最後の読経です。団体さんに負けないようにしっかりお参りします。ここの大師堂は、山の際のために、堂の前が狭いですね。

 

参拝が終わって、ほぼ午後5時。予定通りです。さあ、家に帰りましょう。その前に、道後温泉に入って、ちょっと松山の美味しいものでも夕食に食べてね。そんなことを考えながら、ナビで自宅までの道を検索します。

 

 

 

家まで910km 到着予定時刻 午前6時30分

 

は?、何ですと!?

 

ちょっと頭が錯乱した。何か操作を間違ったかな???、いやいやそんなことはないし、でも、900kmなんてあるはずがないし、香川まで700kmだったんだから、せいぜい750km程度のはずが・・・、ないか・・・50km高速走ったし、朝も40kmと、さっきも30km走ってきたしな・・・


さあ、帰るぞ

 

落ち着いて考えれば、当然でした。そうかぁ、家まで900kmかあ。でも、13時間半もかかるかぁ?、高速だぞ時速100kmで走れば9時間だぞって、休み無しでも9時間か。まじで明日の朝になっちまう。
困りましたね。実は、自分は明日の9時から仕事が入っていて、8時にはネクタイを締めて家を出る必要があったのでした。
状況が理解できた途端、のんきにしている暇がないことが分かりました。とっとと車を動かし、先ほど無料高速道路を突っ走り、30分後には松山市内に戻りました。しかし、もう道後温泉だとか、優雅に食事だとかの時間はありません。せめてお土産でも、と思っていると、砥部焼陶芸館(とべやきとうげいかん)を見つけました。

 

砥部焼き、と言っても陶器に興味がないと知らない人がほとんどですよね。そもそも砥部焼きは特徴があまりないし、砥部焼きとして前面に出すことの少ない産地です。焼きは瀬戸焼や有田焼に似た磁器で、お茶碗などの日用雑貨が中心だと思います。つまり、普通に千円未満の茶碗を買うと、それが砥部焼きだったりします。でも、西日本では有田焼、東日本では瀬戸物が強いですから、似た焼き方の砥部焼きに当たる確率はそう高くありません。なんでそんな知識をひけらかすのかと言えば、自分は石マニアになる前、お遍路をする前には焼き物収集をしているからです。(笑)前回松山に来た時も、ここには寄ってるんですよ。

 

時間があったら砥部の美術館とか博物館にも寄りたかったんですが、時間のやりくりができそうにないので、最初からスルーの予定でした。しかし、時間がない中、陶芸館の隣を走るのだから、これは寄らない訳にはいかないでしょう。反対車線の向こう側の陶芸館に、道を少し戻って寄ります。午後5時過ぎ。もう観光客の寄る時間でもないので、広い店内は私一人。店員も一人。でも、くじけません。「少し見させてください」と言ってウロウロします。そういう物好きな人なのね、と思ってくれたら行動も楽です。

 

しかし、相変わらず、砥部焼きは面白くありませんな(笑)。やっぱり、近所の陶器店の方が、いろいろな焼き物が有って、見ていて楽しいです。砥部焼きは、その特徴を出せば出すほど、面白味に欠けた優等生のような姿に落ち着いてしまうのです。幾つかの芸術肌の作家の作品はそれなりですが、美術館ではない売り場での陳列では、色褪せてしまいます。さらに言えば、ちょっとお高い。いずれにしても、購入の意欲をかき立ててはくれません。

 

しかたないので、愛媛銘菓の一六タルトとか、今治タオルの顔ふきとか買います。いや、何も買わないで出る勇気くらいはありますが、この先、どこで休憩できるのか分からないですからね。買える時に買おうってだけです。

 

お土産を買ってしまえば、心のつっかえは一つ無くなります。車を走らせていくと、ピンクに染まった、ちょっと怪しいガソリンスタンドがありました。しかし、
1リットル111円!
隣のガソリンスタンドより8円も安い。激安です。走りながら一瞬悩みましたが、高速道路に入ってしまうと高いガソリンを入れなければなりません。GSの出口から入って、給油機に停めます。ちょっと怪しいガソリンですが、1台別の車がやってきました。地元の人も入れるんなら、大丈夫でしょう。

 

ここの代金システムはちょっと変わってます。プリペイドカード専用なのです。しかも、お釣りが出ない。お釣りが出なくてどうするのかといえば、次回に使うしかありません。こういう方法で顧客離れを回避し、釣り銭を用意するコストを省く。なかなか考えられています。だから、安いのかな。と納得して、\2000だけカードを買います。燃料計の感じで、たぶんほぼ満タンになるでしょう。
そう思って入れていくと、あっという間に\2000分入れ終わってしまいます。もちろん、残額が残ってしまっては旅人は困るのですが、あれぇ???。どうも入れた量が少ない。\2000で1リットル110円なら18リットルくらいのハズなので16リットルくらいしか入ってません。

故障???
暗算が間違ってた訳ではありません。でも、すぐに気が付きました。

あ、消費税別かぁ。

やられた。そう、この店は店頭価格に消費税別の価格を書いていたのです。普通のガソリンスタンドはこういう事はしません。8円安くても8%の税金を加えてしまえば、むしろ高いガソリンを入れたことになります。策士策に溺れるというか、得をしようとして損をすると、ちょっと落ち込みます。仕方なく、あと\1000を足して給油を終え、にっくきガソリンスタンドを後にします。二度と来ることはないと思いますが、こういう商売をしている店は、長く続かないでしょう。
でも、ガソリンは入れておいて正解でした。すぐに高速道路に着いてしまい、ハイウェイの旅人になります。高速道路って便利ですが、下の道と隔絶されてますからね。もう、気分は松山でも愛媛でもない世界になっちゃうんですよね。だって。出口はもう自分の家の目の前なんですからね。あと870km位先ですが。www

 

 

とりあえず、思っていたよりかなり遠くにいたので、走れるだけ走ることにします。余裕ができたらゆっくりすればいいですし、何かトラブルとか渋滞でもあると、明日の仕事に間に合いませんからね。時刻は午後6時頃、普通の市街地だと帰宅ラッシュが起こるかもしれませんが、ここは特に問題有りませんでしたね。むしろ、高速ドライバーの多い土地柄なのか、どんどんと進みます。途中、1車線の所もある四国の高速ですが、これは、なかなかいい感じです。
淡路島に入り、反対車線で事故のようです。帰ってからニュースで知りましたが、老人が逆送してたそうです。恐ろしや恐ろしや。

 

午後8時前に、淡路島SAに64時間ぶり位に戻ります。上り車線なのですが、なんか下り車線にも行けるみたいですね。休憩を兼ねて橋の夜景を撮ったりします。こういう風景を恋人と見たいですよねぇ。ああ、青春は遠くなりにけりです。お土産も少し買い足します。一六タルト、ここにもありますねぇ。有名なお菓子は、こうして人気を広める一方で飽きられていくんでしょうね。タマネギのUFOキャッチャーは、ここにもありませんでした。

 

淡路島SAから明石大橋    浜名湖SAの豚汁定食

 

明石海峡大橋を渡り、本州に戻ります。これでいざとなれば一般道でも歩いても、家に帰れます。来た時の道を戻るので、今度は道に迷う心配は少ないです。中国道と合流すると急に車が増えます。やはり、都会の雰囲気です。車間が短くなるし、まだ夜中ではないので、慎重に運転します。午後10時過ぎ、来た時と同じ土山SAに寄ります。信楽焼のあったところですね。なんだ、下り車線と同じような焼き物が置いてあります、ってここは来た時と同じ店内だ!。入り口が違うので気が付くのが遅れました。

 

家まではあと450km位でしょうか。意外に速いペースです。ここで、策略が心に浮かびます。1つは、夕飯です。もはや夜食の時間ですが、ターゲットは来るときに浜名湖SAで見かけた豚汁定食\600です。これは時間制限があって、午前0時-6時までしか食べられない。今回はちょうどいい時間帯です。も一つは、その先の袋井ICで一般道に降りようという作戦です。高速道路を走る距離を縮めて料金を節約するのと、それ以上に、下道で安いガソリンを補給しようという作戦です。袋井ICは国道1号線のすぐそばだし、以前に行きつけのGSが有ることを確認できています。
方針が決まったので、さっさと走って行きます。行きはいろいろと寄り道してたものですが、帰りは順調です。疲れてどこかで寝るかなぁ、とか思ったんですが全然平気です。まだまだ若いな。
2時間弱で浜名湖に着き、待望の豚汁定食をいただきます。SAのレストランだと、これが一番安いですね。中央道の上り恵那峡SAだとご飯大盛り無料で卵も付いてたりと、大満足なのですが、ここは可も無く不可も無く程度ですかね。せめて、ご飯大盛りオプションが欲しいです。
お腹もふくれて、次は車にも燃料を入れましょう。予定では袋井ICで降りる予定でしたが、地図上のGSのマークが幾つかあって分からなくて浜松ICで降りてしまいました。出口にすぐGSがあったので、とっとと補給してしまいます。早く帰るのならすぐ高速に戻ればいいのですが、そのまま国道1号線で東京に向かいます。
一般道を走ると当然時間がかかりますが、夜中の国道1号線は高速道路並に速い。自動車専用区間も多いので、信号で止まることも少ないのです。しかも高速を走ると速度が速すぎて燃費が悪い。一般道だとそれがちょうどいいのです。
ということで、割引サービスが終わる午前4時前に高速に戻れるように気をつけながら、走って行きます。結局、来るときに高速に入った富士市まで来てしまいました。前回はここから東名高速に入りましたが、新東名高速に入っていこうと思いました。新東名の方が道がまっすぐで舗装面が新しくて走りやすいのです。ところが、これまたナビが対応していなくて、何回も入口を探してウロウロしてしまいました。やっぱり、道路の案内板だけだと、分かりにくいですねぇ。
時間は午前3時30分位。あと200km位かなぁ。御殿場→厚木JC→圏央道に入るころには明るくなってしまいました。あと2時間ほどかかりますが、四国に行ってた感覚からすれば、もう自宅に帰ったような気分がしてくるから不思議です。下道でも十分帰れるエリアですが、そろそろ出勤ラッシュも始まるかもなので、八王子を抜けるまで我慢します。時間に余裕が出てきたので、あきる野で降りて横田基地のところで16号線に入り、あとはもう自宅まで一直線です。台風10号の傷跡はありませんね。今日も暑くなりそうです。
午前6時。なんと、ナビの予想より早く自宅に無事到着。愛媛を出てから13時間分、3日前に自宅を出てから88時間後の帰宅です。お風呂に入って1時間だけ寝て、8時には出勤しました。

 

(左)富士市国道1号線脇の工場 夜景が素晴らしい

(右)3日間の走行距離2,257.6km

 

さて、やっと前半の報告が終わりました。

意外に長かったなぁ。

書いてる間に入院したり大病が判明したり、

人生の大転換期とともにこのブログをお届けすることになりました。

うっかり死んじゃわないうちに、後半も書きましょう。www

リアルな時間は午前3時30分くらいです。

相変わらず、生活リズムはめちゃくちゃです。

6時くらいに起きて、羽田空港に向かい、今日のお昼には那覇に居る予定です。

体が持てばいいんですが、というより、もう普段の勢いで生活してます。

ただ、珈琲は飲まないし、食事は油分を減らして間食もほぼしてません。

わずか1週間で2kgも体重が減ってます。

血糖値が低いせいで少しおかしいかもですが、

これに慣れないとね。

 

さ、じゃ、少しは寝て、移動に備えましょう。

睡眠不足は、電車と飛行機の中で補えます。

現地の様子は、ナウに投稿しますね。(^o^)/

 

 

ネットの記事を転用すると怒られるので、概要を以下に示す。

詳しくは、URLから記事を読んでもらいたい。

http://citrus-net.jp/article/7983

【引用】

ペンシルベニア州ハノーバーのマクドナルドに、5年ほど前からほぼ毎日ランチを食べに来る女性がいる。10月13日に100歳になったばかりのネイディーン・バウムさんだ。

13日の誕生日、スタッフはいつもの時間にやってくるバウムさん親子をエントランスで出迎え、テーブルの上にはバースデーケーキが用意された。そして、このサプライズを企画したスタッフ、ジニー・スローバーグが、なんと生涯無料でビッグマックを注文できる権利を贈呈。

【引用ここまで】

 

オラの祖母は脳梗塞を患い、母も血圧の薬を飲んでいた。

自分も35歳くらいから中性脂肪の値が500位(正常値は150位?)という

異常値のまま今日まで生活している。

この中性脂肪というのは無言の悪者で、異常値でも何の支障も出ない。

だから、脳出血とかでも起きない限りは、健康そのものに見える、というのが厄介なところである。

 

ずいぶん前にテレビで、脳梗塞を絶対に起こさない遺伝子を持つ人々という特集をしていた。

ノルウェーあたりの北欧だったと思うが、動物性脂肪の分解酵素が特別で、

いくら悪性コレステロールを食べてもへっちゃらなのだという。

教会に家系図が残されているので調べてみると、

その遺伝子を持つ現代の人々の共通の祖先が数百年前に生きていたことがわかった。

その子孫は80歳を超えても朝食からステーキをがっつり食べているのである。

 

翻ってオラであるが、

確かにカップラーメンはよく食べるし、外食でもつけ麺大盛りだし、

無料大盛りご飯は必ず頼むし、食後は甘い缶コーヒーが定番だ。

深夜3時まで仕事とブログとゲームの日々で常に睡眠不足だ。

それが中性脂肪の大きな要因であるのは認めるが、

運動はそこそこしてるし、青汁飲んでるし、毎晩緑茶も飲むし、

5年も鰯の脂の健康食品を摂っている。

 

何が言いたいのかというと、

心臓の血管が詰まると、

「やっぱりカップラーメンが悪い」

「食べ過ぎが良くない」

とか、ありふれた理由を、それ見たことか!

という感じでお説教してくれる友人が多いのである。

オラは、そこに見え隠れする善意、心配を感じて感謝するのであるが、

大きなお世話感が無いわけではないwww

 

話がそれた。

オラが何が言いたいのかというと、

つまり、血管が詰まった最大の原因は体質なんじゃないのか、

ということである。

薬を飲んで予防していても、詰まってしまったのである。

逆に言えば、多少健康に悪そうな物だとしても、

少しくらい多めに食べたからって、そうそう悪い方にごろごろ転がるはずもない。

と思うのである。

 

人間の体には恒常性が備わっていて、

何を食べてもどこに住んでもどうに寝起きしても、

一定の体内環境を整える機能がある。

一定の幅を超えてぶれてしまっては、生きてられないからだ。

ということは、

オラはいつか血管がつまるか破れるかする体質だったのである。

食べ物や生活習慣がそれを助長していたかもしれないが、

その割合はどれほどのものなのだろうか。

 

王手をかけられている現在、

遅まきながらその体質を改善する努力は必要だ。

効果がほぼ期待できないが、どか食いは止めようwww

血がさらさらになるタマネギも食べよう。

カップラーメンは食べる必要性は低いから止めるが、

たまには外食のラーメンはいいかなあ。

大盛りにはしないから許してほしい。

 

人間の体を維持するために一番重要なのは、血の巡りだと自分は思う。

栄養も酸素も血が届けている。

そのエンジンである心臓の不調は、健康には致命的である。

適度にそのメンテナンスをする意味で、早めの散歩のような有酸素運動は、

大切だと思う。

病気になると、手術や薬に頼りがちになるのだが、

もちろん、その不可欠の一手がないと越えられない壁も多いのだが、

元々の体質をふまえて何が必要なのかを見極めていないと、

期待する明日の健康は得られないんじゃないかな。

 

100歳になってもマクドナルドで健康なんてのは、

体質のなせる技なんだろうなぁ。

羨ましいね、

というお話でした。