今週、いよいよ「年収の壁パッケージ」について続々と情報が公開され、全体像が明らかになりました。
たくさんの情報が出ていますので、すでに触れたり整理されたりしている人が多いと思いますが、私が気づいた点について少し書いてみることにします。
情報が多すぎてどこを見たらいいか分からないという人は、以下の厚労省の「年収の壁・支援強化パッケージ」のページに情報が集まっていますので、まずはここを見ることをおすすめします。
①社会保険適用促進手当について
「社会保険適用促進手当」は、短時間労働者が社会保険すると手取り収入が減少する「逆転現象」を防ぐため、それを補填する趣旨の手当を支給し、本人負担分の保険料を上限に社会保険の算定から除外する措置のことです。
もっとも分かりやすいシミュレーションが、以下の例です。
①年収106万円(標準報酬月額8.8万円)
↓
16万円の保険料が発生
↓
手取り90万円(逆転現象)
②16万円の手当を支給
↓
保険料が18万円に引き上がる
↓
手取り収入103万円(逆転現象解消せず)
③16万円の「社会保険適用促進手当」を支給
↓
保険料の算定対象とならない
↓
手取り106万円(逆転現象解消)
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社会保険 適用前 |
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社会保険 適用後 |
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手当の 支給なし |
手当あり 算定対象とする場合 |
手当あり 算定対象としない場合 |
算定対象 となる年収 |
106万円 |
106万円 |
122万円 |
106万円 (対象外・手当16万円) |
本人負担分 の保険料 |
- |
16万円 |
18万円 |
16万円 |
手取り 収入 |
90万円 |
90万円 |
103万円 |
106万円 |
事業主の 追加費用 |
- |
16万円 (保険料16万円) |
34万円 (手当16万円、保険料18万円) |
32万円 (手当16万円、保険料16万円) |
社会保険適用促進手当を支給するかどうかは義務ではなく事業主の判断となりますが、「年収の壁」への労働者の関心は高いことから、現実的には何らかの対応を行うことが求められるといえるでしょう。
人手不足、最賃引き上げ、物価高などの影響が重なって、採用事情はパートさんなどの非正規雇用の方がむしろ厳しい情勢になりつつあります。
手当の支給を渋ることで適正な採用ができなくなったり、今いるパートさんたちのモチベーションが下がってしまうことのないよう、むしろ助成金も絡めながら積極的に動くことが必要だといえるでしょう。
②事業主の証明による被扶養者認定について
「130万円の壁」への対応として、130万円の被扶養者認定基準について、事業主の証明を提出することで、保険者による円滑な被扶養者認定がされるルールが新設されました。
10月20日の通達で、詳しい内容が整理されています。
事業主の証明による被扶養者認定Q&A(年管管発1020第1号)
事業主の証明によって一時的な収入変動であるとの確認がされた場合は、年間収入が130万円以上となっても被扶養者認定が認められることになります。
上限額は明らかにされていませんが、雇用契約書等を踏まえて増収が一時的なものかを判断するとしていることから、事実上は明確な収入要件はないといえるかもしれません。
「人手不足による」というという表現に該当しないケースはあまりないと考えられ、実際には多くの事業主は該当するのではないかと考えられます。
この点は、何らかの上限が設定されるのではという声も聞かれていたので、ホッとしている経営者や担当者も少なくないと思います。
実際には2年間の措置になりますが、毎年年末になると就業調整をするという無意味な配慮をする必要がなくなりますので、むしろ前向きにパートさんのキャリアについて考える機会にしていきたいものです。
昨今の雇用状況を考えると、従来のように無理をして130万円に収めてその分多くのパートさんを雇用しようというより、できるパートさんを短時間正社員や正社員に引き上げていく方法が現実的だと考えられます。
次回の年金制度改革で第3号制度に何らかのメスが入る可能性大ですので、先んじて正社員orパートという雇用管理から、さらに多様な働き方を認めるマネジメントが求められるといえるでしょう。
被扶養者の収入確認に当たっての「一時的な収入変動」に係る事業主の証明書
すでに様式も公開されていますので、記載内容を確実に確認した上で、実務対応をしていきたいものです。
③キャリアアップ助成金・社会保険適用時処遇改善コースについて
「106万円の壁」については社会保険適用促進手当とともに、キャリアアップ助成金に社会保険適用時処遇改善コースが新設されました。
短時間労働者が社会保険に加入した際の手取り収入の減少に対応するため、賃上げや所定労働時間の延長などの取り組みを行った場合に最大50万円の助成が行われます。
典型的な活用ケースとしては、以下が挙げられます。
週20時間、年収106万円(時給1,016円)
↓
16万円の社会保険適用促進手当を支給
↓
賃金の15%以上を追加支給という要件に該当
↓
1年目、2年目はそれぞれ20万円(10万円×2回)支給
↓
3年目に時給を1,199円に引き上げた場合は10万円支給
(賃金の18%以上を増額)
ざっくりと計算すると、このモデルではトータル50万円の助成金が支給されますが、1年目と2年目は助成金で手当額をまかなうことができるものの、3年目の賃上げになると10万円では実質は持ち出しになってしまうため、完全に助成金でカバーできるわけではありません。
4年目以降は助成金がなくなりますし、それ以前に3年目の賃上げ要件は1年目、2年目の手当要件よりはるかにハードルが高く、十分な試算と判断が求められることになります。
したがって、実際には助成金があるから手当を支給するという発想にとどめるのではなく、それ以降のパートさんのキャリアアップや時間延長や正社員化を視野に入れていくのが自然だといえます。
今後は従来のようなたくさんのパートを雇用して分業するという働き方から、選ばれたパートを正社員化して現場をまわしていくという時代に移行していくことになります。
とはいえ、助成金は当面2年間は社会保険適用促進手当を補填する有効な手だてとなりますので、効果的に活用したいものです。
キャリアアップ助成金・社会保険適用時処遇改善コース パンフレット