終戦80年の日に寄せて
本日、終戦記念日を迎えました。
亡き母と戦争について語り合った記憶は、今も鮮明に残っています。
母は当時14歳。
大阪砲兵工場があった大阪城近辺の空襲の際、側溝に身を隠して逃げたこと、裏の畑でサツマイモを育てていたこと。
私が育った家には、大阪大空襲の銃撃痕が柱に残り、小学生の頃、向かいの川からは1トン爆弾の不発弾が数回引き上げられたこともありました。
その度に当時の国鉄は運転を見合わせ、川の前に住んでいた私たちも避難させられていました。
よく原爆や戦争について日常的に話題になったものです。
こうした経験や語り継ぎを通じ、私もできる限り子どもたちと平和について語り合うよう努めています。
祖国のために尊い命を捧げられた全ての戦没者の御霊に対し、謹んで哀悼の意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
