昨日 ボクの小遣い1ヶ月分の1/3という大枚を払って写真集を買ってきました
いつもは買うのを迷う値段ですが 全く迷いませんでした
そのお話をする前に ボクの写真を変遷を写真集から辿ってみました
初めて買った写真集が 篠崎紀信「激写・35人のおんなともだち」です
1979年発行ですからボクが31歳の頃です 異性に夢中な時代は過ぎていました
なぜ買ったのでしょうか 篠山紀信だったからかも知れません
それから10年後に手にしたのが 前田真三の「前田真三写真集」講談社(北海道美瑛の風景写真)です
その不思議なほど魅力に圧倒されました
その次は それから10数年 荒木経惟「写経人日記」Switch 1992.3 扶桑社です
これはショックでした こんな写真があるのか という思いで見たのを覚えています
この辺りから 少しづつボクの写真の傾向に変化が現れてきたと思います
2010年に出された新書版「森山大道 路上スナップのススメ」光文社で方向性がはっきり見えてきたように思います
しかし最近は自分の写真に疑問が湧いてきたというか 迷いが湧いてきました
そんな時に発行されたのが 昨日買ってきた別冊太陽 森山大道「写真とは記憶である」です
中身は新刊書なので書店で立ち読みしていただくとして
森山大道写真の特徴である 荒れた画像 ブレた映像 何を対象にしたのか分からないような写真は絶好調ですが
これをただの人が撮ったら 何撮っているんだ!と怒られそうです
ピカソの絵と幼稚園児の絵の違いが分からない奴には 森山大道は永遠に分からないだろうな と言われそうですが
やっぱりボクには分からない部分が多く
ボクはますます迷路にハマったような気分になりました
振り返ってみると 前田慎三に戻っているような気がしています。



