「思わぬ人から震災見舞いが」
昼、段ボール箱が1個宅配されました、送り主の住所は名古屋でした、震災見舞いの品々でした、ぎっしり詰まった中身は写真で見ていただくとして、その中に一葉のメッセージが添えられていました、
「年一度のお便りで40年以上のお付き合いですが、電話番号も知らない為に安否確認もままならず心を痛めておりました。・・・」
今日はこの話をします、高校生の頃だったと思います、あの頃は旺文社や小学館から「蛍雪時代」とか「高三コース」という受験生向けの月刊誌が発行されていました、その中に「文通コーナー」があって、そこで文通を始めました、古い話でしょう、文通と言っても若い人は分らないと思いますが、直訳すると「メール交換」です、だから分りやすく言えば40数年来のメルトモと言うことになります、違うところは今と違って郵便ですから返事が返って来るまで大きなタイムラグがあること、そこがまた内容に奥行きを加えてくれたと思っています。
考えてみればすごいことです、もちろんお会いしたことはありません、文通もいつ途切れたのか記憶がありません、しかし、どーゆー訳か年に一度の賀状だけは途切れたことがなかったのです、自分でも不思議に思います、時は経ち、お互いそれぞれ結婚し、子供が出来、その子供が成人し、結婚し、孫が出来て、僕もその人もおじいちゃん、おばあちゃんになりました、その時間が40数年と言うことです、時と共に様々な変化がありましたが、年に一度の文通だけは変わらず続いているのです、一枚の賀状に一年間の報告を盛り込むのですから、いつも小さな字でびっしり埋められているのは言うまでもありません。
今夜はas time goes byでも聴きながらバーボンでも呑もう、かすかな想い出を肴に。
女性ボーカルがいいな、そーだ、ケイコ・LEEで聴こう、では、おやすみなさい。コウ