★小一女子のお母さんが子のお腹に手を充てて、「将来あなたのここから赤ちゃんが生まれるの。大事な体だから知らない人に触られないでね。」と、毎年段階的に教えていくと言ってました。名案☆
★「水着で隠れる部分はプライベーゾーンって言って、体の中でも大事なところだから、ママや自分以外には触らせちゃダメよ」と教えている。
「うちの子は小さいし『性教育』なんてまだまだ先のこと」「必要なのはわかるけど、そのうちタイミングが来るだろう」と考えているパパママは多いのではないでしょうか? 日本では避けて通りがちな「性教育」ですが、幼児のうちから性について学ぶことは決して早すぎることはないそうです。
子どもに対して、いつ、どうやって性教育をしたら良いのか。今回は、長年子どもたちへの「性教育」に関する取り組みを続けている“人間と性"教育研究協議会幹事の安達倭雅子(あだちわかこ)さんにお話を伺いました。
子どもの「性教育」の第一歩は幼児期にあり
性教育をするうえでの大事な第一歩は「幼児期の体感(からだかん)」にあるそうです。ここでいう体感とは「からだは自分のもの」と実感することを言います。
「性教育は身体教育です。小さな頃から自分のからだを『肯定的』にとらえ『自分のからだはいいものだ』と思えるようになっていること
が、性教育をするための第一条件ともいえます」
「子どもが性器をさわったときに「なにしているの、汚い!」と性器周辺を否定したり、おしっこやうんちなどの排泄物を汚らしいもののように扱ったりすると、子どもは自分のからだにいけないものが付いていると思い込んでしまうので注意が必要です」
自分のからだを良いものだと捉えられるようになれば、良い生命観を持てるようになるとのこと。自分のからだをよく知ることで、自分のからだを大切にする。このことができるようになることが、まずは重要です。
子どもの疑問にきちんと答えることが大切
性について子どもと話す機会は、意識的に作らないとなかなか難しいと感じている人も多いかもしれません。ですから、日常生活の中で、ふいに子どもから思わぬ質問をされてしまうと、ドキッとしてしまうものです。
とっさに聞かれて答えに困ったり、まだ子どもが小さかったりすると、ついつい笑ってごまかしてしまうことがあるかもしれません。ですが、そのような態度はやってはいけないことのようです。
「子どもたちはそんな親の態度を見て、『これは聞いてはいけないことなのかな?』『こんなことを考えるのは変なことなのかな?』と、からだや性に対して否定的な感情を持ってしまいます」
子どもがからだや性のことについて疑問をもつのは、自然なことであり、決していけないことではありません。子どもが「性=悪いこと」のような間違った感覚をもたないように、正しい知識を教えてあげることが何より大切だということです。
「もうひとつ大切なのは、うそをつかないことです。子どものちょっとした疑問に、面倒だからとか、恥ずかしいからなどの理由で聞こえないふりをしたり、その場しのぎでいい加減に答えたりしないこと。親がたいしたことではないと思ってついたうそでも、子どもはそれによって一生悩むことになるかもしれません」
子どもが質問をしてくるのは、その子なりの理由があってのこと。いつどこでそう思ったのか、なぜ疑問に思ったのかなどを丁寧に聞いてあげるといいそうです。大人が思っていることとはまったく違うところで疑問をもつことも多く、驚かされることもあると思いますが、ごまかさずに正しく伝えましょう。
子どもに「性教育」をするタイミングとは?
では、子どもに性について教えるのは何歳くらいがよいのでしょうか。
「いくつになったら教えるというものではなく、どんなに小さくても子どもが何か疑問を投げかけてきたときがチャンスです。例えば、『どうしてお母さんは立っておしっこしないの?』とか『赤ちゃんはどこから生まれてくるの?』とか、そんな質問を受けたときにはしっかりと答えてあげましょう」
ちなみに、今学校では月経や赤ちゃんの誕生などを学ぶ機会はありますが、それ以外のことは教えられないのが現状です。これでは、子どもが性について考えたり、理解したりする場がありません。
「子どもたちはテレビなどから流れる情報によって、親が思うよりもずっと早くに性に触れています。しかも困ったことに、そこには多くの誤解が生じています。ですから、家庭では幼児のうちからからだや性について話していくことが大切なのです」
また、「性教育」は小学校3年生より前と後で、受け取る子どもの側の気持ちに変化があるようです。
「例えば、性交のことを教える場合、小学校3年生になる前までは性交によって『生まれる自分』に視点がいきます。ですが、小学校3年生以降になると『性交をする自分』の方へ視点がいくようになることが指摘されています」
このことからも、性について教えるタイミングが早ければ早いほど、親がストレートに伝えやすいということがわかります。からだと性については、教える時期が早すぎるということはないそうです。子どもからの問いかけがあったらチャンスだと思って、子どもと向き合ってみましょう。
教えるときに心がけたいこととは?
実際に家庭で教えるときには何に気をつけたら良いのでしょうか。
「まずは、親がしっかり学ぶことが必要です。本を使って教える場合などは、子どもに見せる前に親がしっかり読んで理解しておきましょう」
本などは、親が熟読した後に子どもに「ここにおいて置くから読んでみてね」と伝えそっとしておくのがいいそうです。間違っても「あの本読んだ?」など聞かず、見守ってほしいと安達さん。
「大きくなればなるほど、子どもは興味がないフリをします。なぜなら、性について知りたがることはどこかいけないことだと感じてしまっていて、親は『性に興味のない自分』を期待していると思っているから。でも、本を置いておけば子どもは手に取るはずです。直接話すのが難しいのであれば、この方法を使うのがいいでしょう」
「性教育」におすすめの本
子どもと一緒に親子で学べるにおすすめの本を紹介していただきました。まずは親が隅々まで目を通して熟読し、しっかりと学ぶことが大事だそう。親も子も、正しく学べる2冊です。
性に関することは教えにくさもあり、ついつい見て見ぬふりをしがちです。ですが、性教育は子どもが自分のからだを知り、自分自身を大切にするために必要なもの。パパママもこの機会にしっかりと勉強して、子どもの疑問に答えられるよう準備をしてみてはいかがでしょうか。
★「水着で隠れる部分はプライベーゾーンって言って、体の中でも大事なところだから、ママや自分以外には触らせちゃダメよ」と教えている。
「うちの子は小さいし『性教育』なんてまだまだ先のこと」「必要なのはわかるけど、そのうちタイミングが来るだろう」と考えているパパママは多いのではないでしょうか? 日本では避けて通りがちな「性教育」ですが、幼児のうちから性について学ぶことは決して早すぎることはないそうです。
子どもに対して、いつ、どうやって性教育をしたら良いのか。今回は、長年子どもたちへの「性教育」に関する取り組みを続けている“人間と性"教育研究協議会幹事の安達倭雅子(あだちわかこ)さんにお話を伺いました。
子どもの「性教育」の第一歩は幼児期にあり
性教育をするうえでの大事な第一歩は「幼児期の体感(からだかん)」にあるそうです。ここでいう体感とは「からだは自分のもの」と実感することを言います。
「性教育は身体教育です。小さな頃から自分のからだを『肯定的』にとらえ『自分のからだはいいものだ』と思えるようになっていること
が、性教育をするための第一条件ともいえます」
「子どもが性器をさわったときに「なにしているの、汚い!」と性器周辺を否定したり、おしっこやうんちなどの排泄物を汚らしいもののように扱ったりすると、子どもは自分のからだにいけないものが付いていると思い込んでしまうので注意が必要です」
自分のからだを良いものだと捉えられるようになれば、良い生命観を持てるようになるとのこと。自分のからだをよく知ることで、自分のからだを大切にする。このことができるようになることが、まずは重要です。
子どもの疑問にきちんと答えることが大切
性について子どもと話す機会は、意識的に作らないとなかなか難しいと感じている人も多いかもしれません。ですから、日常生活の中で、ふいに子どもから思わぬ質問をされてしまうと、ドキッとしてしまうものです。
とっさに聞かれて答えに困ったり、まだ子どもが小さかったりすると、ついつい笑ってごまかしてしまうことがあるかもしれません。ですが、そのような態度はやってはいけないことのようです。
「子どもたちはそんな親の態度を見て、『これは聞いてはいけないことなのかな?』『こんなことを考えるのは変なことなのかな?』と、からだや性に対して否定的な感情を持ってしまいます」
子どもがからだや性のことについて疑問をもつのは、自然なことであり、決していけないことではありません。子どもが「性=悪いこと」のような間違った感覚をもたないように、正しい知識を教えてあげることが何より大切だということです。
「もうひとつ大切なのは、うそをつかないことです。子どものちょっとした疑問に、面倒だからとか、恥ずかしいからなどの理由で聞こえないふりをしたり、その場しのぎでいい加減に答えたりしないこと。親がたいしたことではないと思ってついたうそでも、子どもはそれによって一生悩むことになるかもしれません」
子どもが質問をしてくるのは、その子なりの理由があってのこと。いつどこでそう思ったのか、なぜ疑問に思ったのかなどを丁寧に聞いてあげるといいそうです。大人が思っていることとはまったく違うところで疑問をもつことも多く、驚かされることもあると思いますが、ごまかさずに正しく伝えましょう。
子どもに「性教育」をするタイミングとは?
では、子どもに性について教えるのは何歳くらいがよいのでしょうか。
「いくつになったら教えるというものではなく、どんなに小さくても子どもが何か疑問を投げかけてきたときがチャンスです。例えば、『どうしてお母さんは立っておしっこしないの?』とか『赤ちゃんはどこから生まれてくるの?』とか、そんな質問を受けたときにはしっかりと答えてあげましょう」
ちなみに、今学校では月経や赤ちゃんの誕生などを学ぶ機会はありますが、それ以外のことは教えられないのが現状です。これでは、子どもが性について考えたり、理解したりする場がありません。
「子どもたちはテレビなどから流れる情報によって、親が思うよりもずっと早くに性に触れています。しかも困ったことに、そこには多くの誤解が生じています。ですから、家庭では幼児のうちからからだや性について話していくことが大切なのです」
また、「性教育」は小学校3年生より前と後で、受け取る子どもの側の気持ちに変化があるようです。
「例えば、性交のことを教える場合、小学校3年生になる前までは性交によって『生まれる自分』に視点がいきます。ですが、小学校3年生以降になると『性交をする自分』の方へ視点がいくようになることが指摘されています」
このことからも、性について教えるタイミングが早ければ早いほど、親がストレートに伝えやすいということがわかります。からだと性については、教える時期が早すぎるということはないそうです。子どもからの問いかけがあったらチャンスだと思って、子どもと向き合ってみましょう。
教えるときに心がけたいこととは?
実際に家庭で教えるときには何に気をつけたら良いのでしょうか。
「まずは、親がしっかり学ぶことが必要です。本を使って教える場合などは、子どもに見せる前に親がしっかり読んで理解しておきましょう」
本などは、親が熟読した後に子どもに「ここにおいて置くから読んでみてね」と伝えそっとしておくのがいいそうです。間違っても「あの本読んだ?」など聞かず、見守ってほしいと安達さん。
「大きくなればなるほど、子どもは興味がないフリをします。なぜなら、性について知りたがることはどこかいけないことだと感じてしまっていて、親は『性に興味のない自分』を期待していると思っているから。でも、本を置いておけば子どもは手に取るはずです。直接話すのが難しいのであれば、この方法を使うのがいいでしょう」
「性教育」におすすめの本
子どもと一緒に親子で学べるにおすすめの本を紹介していただきました。まずは親が隅々まで目を通して熟読し、しっかりと学ぶことが大事だそう。親も子も、正しく学べる2冊です。
性に関することは教えにくさもあり、ついつい見て見ぬふりをしがちです。ですが、性教育は子どもが自分のからだを知り、自分自身を大切にするために必要なもの。パパママもこの機会にしっかりと勉強して、子どもの疑問に答えられるよう準備をしてみてはいかがでしょうか。
朝ちょっと頑張って早めに保育園にいく。
すると、普段なかなか見られない娘の様子が見られる。
今日は、なんとカブトムシをつかんでいるところを見せてくれた。
小学校にいってしまうと、こういうことはできなくなってしまうし、ちょっと早起きはしんどいけど、これからもちょい早登園、頑張ろうと思う。
にしても、今日はイライラして眠れない。
いったい何度言えばちゃんとやるんだよ、草むしり!!
すると、普段なかなか見られない娘の様子が見られる。
今日は、なんとカブトムシをつかんでいるところを見せてくれた。
小学校にいってしまうと、こういうことはできなくなってしまうし、ちょっと早起きはしんどいけど、これからもちょい早登園、頑張ろうと思う。
にしても、今日はイライラして眠れない。
いったい何度言えばちゃんとやるんだよ、草むしり!!
目の前に1枚の紙があります。
あなたが紙の片面を「こちらが表」
と定義するとき、同時に
「裏」が生まれます。
あなたが「生」まれたとき、
同時に「死」が生まれました。
あなたが何かを「美しい」
と思ったとき、同時に「醜い」
ものも頭の中に生まれました。
もし世界に「男性」がいなければ、
自分が「女性」だとはわからない。
「善-悪」「強-弱」「高-低」
「勝ち-負け」「出逢い-別れ」
それらは別々のものではなく、
すべてワンセットであり、
互いに支えあっている。
凍える寒さを経験した人は、
日差しの暖かさを知っていて
病気を経験した人は、
健康への感謝を知っていて
飢えを経験した人は、
一膳のご飯の美味しさを知っていて
孤独を経験した人は、
絆の大切さを知っていて
絶望を経験した者は、
希望のありがたみをよく知っている。
でも、自分の弱さを認められない人は、
他人の弱さを受け入れることもできず 、
自分の弱さがわからなければ、
自分の強さにも気づくことができないのです。
光が美しく輝くことを 支えているのは
「闇」であり、 光が存在できるのは、
闇がそこに在るからです。
あなたの光の部分を引き出すために、
まず闇の部分を受け入れよう。
これは、闇を好きになれ、
という意味ではありません。
好きになるのと、存在を
認めるのとでは、まったく違います。
長所(光)と短所(闇)、両方あるからこそ、
この人なんだと認めてあげること。
自分のダメなところ、カッコ悪い
ところは、素直に認めればよいのです。
そうやって プラスもマイナスも
両方を受け入れ、それでよいのだと
自分を許してあげると
心の余裕が生まれる。
心に余裕が生まれると、
そのマイナスの欠点から
魅力的な人間力がにじみ出てくる。
そうなれば、人はどんどん、
活き活きと輝いてきます。
あなたが紙の片面を「こちらが表」
と定義するとき、同時に
「裏」が生まれます。
あなたが「生」まれたとき、
同時に「死」が生まれました。
あなたが何かを「美しい」
と思ったとき、同時に「醜い」
ものも頭の中に生まれました。
もし世界に「男性」がいなければ、
自分が「女性」だとはわからない。
「善-悪」「強-弱」「高-低」
「勝ち-負け」「出逢い-別れ」
それらは別々のものではなく、
すべてワンセットであり、
互いに支えあっている。
凍える寒さを経験した人は、
日差しの暖かさを知っていて
病気を経験した人は、
健康への感謝を知っていて
飢えを経験した人は、
一膳のご飯の美味しさを知っていて
孤独を経験した人は、
絆の大切さを知っていて
絶望を経験した者は、
希望のありがたみをよく知っている。
でも、自分の弱さを認められない人は、
他人の弱さを受け入れることもできず 、
自分の弱さがわからなければ、
自分の強さにも気づくことができないのです。
光が美しく輝くことを 支えているのは
「闇」であり、 光が存在できるのは、
闇がそこに在るからです。
あなたの光の部分を引き出すために、
まず闇の部分を受け入れよう。
これは、闇を好きになれ、
という意味ではありません。
好きになるのと、存在を
認めるのとでは、まったく違います。
長所(光)と短所(闇)、両方あるからこそ、
この人なんだと認めてあげること。
自分のダメなところ、カッコ悪い
ところは、素直に認めればよいのです。
そうやって プラスもマイナスも
両方を受け入れ、それでよいのだと
自分を許してあげると
心の余裕が生まれる。
心に余裕が生まれると、
そのマイナスの欠点から
魅力的な人間力がにじみ出てくる。
そうなれば、人はどんどん、
活き活きと輝いてきます。
旅の目的は、目的地に到達することではありません。
旅の楽しさは、その途中に出会う様々な風景や、人々とのふれあいにこそあります。
つまり、目的地に至る過程こそが、旅の醍醐味なのです。
それに気づけば、今この一瞬一瞬がかけがえのない宝物になります。
旅の楽しさは、その途中に出会う様々な風景や、人々とのふれあいにこそあります。
つまり、目的地に至る過程こそが、旅の醍醐味なのです。
それに気づけば、今この一瞬一瞬がかけがえのない宝物になります。