わたしはカウンセリングメニューを
“高校生まで半額”にしています。
ここに、強い思いがあります。
10代のあなたに届きますように
わたしの気持ちを書いてみようと思います。
心理カウンセラー
永井あゆみです![]()
![]()
去年の今ごろ、わたしは
産休代理で高校の事務をしていました。
その学校は“通信制の通学型”という
ちょっと珍しいシステムの学校で
不登校で悩んだことのある子供たちが多く通うのですが
まさに、既成の枠にとらわれない学校。
ひとりひとりの気持ちが尊重されて、
自由で、あたたかくて、優しくて
毎日、なんていい学校だろうって思っていました。
今でも、生徒たちの生き生きした顔が浮かんで
胸がじんわりあたたかくなります。
そして、その学校で働けたのは
わたしにとって間違いなく運命でした。
あるとき、生徒たちと一緒に作業することがあって
「わたしもね、通信制の高校を出たんだよ」と話したら
その子たちが、とても驚いた顔をしたあと
嬉しそうに笑ってくれたのが忘れられません。
わたしはそれまで、
通信制の高校を出たことを
恥ずかしいと思ってた。
「高校どこ?」って聞かれると
最初入学した全日制の高校の名前を言ってしまって
卒業した通信制の高校の名前を言えたことがありませんでした。
でもこのとき初めて、
わたしは自分の“これまで”をまるごと
認められたような気がしたんです。
通信制に転入して、卒業した自分が
生徒たちの姿と重なって
わたしあの頃、本当に頑張ってたなぁって
この子たちと同じように、
生きにくさを感じて悩みながらも
前を向いて一生懸命歩いたんだなぁって
自分で自分のことを“許す”ことが出来ました。
その学校で働きながら、
カウンセラーになりたい!と
強く思うようになったのです。
わたしは高校で
まず最初は、いわゆる“保健室登校”になりました。
そういえば小中学校でも
保健の先生が好きだったなー。
いろんな話をして、ワガママ言って。
先生があるとき「相談してごらん」
と保健師さんを紹介してくれました。
そしてその保健師さんに心療内科に連れて行かれました。
その選択が間違いだったとは思っていないけど
あのとき「病院」に行かなければ
あのとき「病名」がつかなければ
「薬」が処方されなければ
また違った道もあったのではないかと思っています。
わたしは去年まで働いていた学校で
先生方と違って、直接伝えることは何も出来なかったけれど
いつでもみんなのことを
「大丈夫だよ」って、見つめていました。
伝えたいのはそれだけです。
わたしの時代よりもずっとずっと、
今はたくさん選択肢があって。
そのひとつとして、
カウンセリングを受けるということも
選んでもらえたらなぁと思っています。
いっぱい傷ついたり
いっぱい悩んだり
いっぱい泣いたり
どんな道を歩いても
「大丈夫という前提」を持ってほしい。
大丈夫だよ。