Side−A


櫻井くんが第一志望だった私立大学に合格し、俺はホッと胸を撫で下ろした。


『金髪にピアス』という姿を見た時は、学校側からの推薦文を書いてもらえないんじゃないかと肝を冷やしたが…


どうにか推薦文を書いてもらえた時は、思わず『ありがとうございますっ!』と大きな声が出てしまい、学校長に苦笑されてしまったが…。まぁ、それも含めて良い思い出ってことにしておこう。



櫻井くんが合格したことは、あっという間にクラスの皆んなに広まった。


『櫻井、やったな!』

『合格、おめでとう!』

『俺も頑張るわ!』


櫻井くんは不思議だ。クラスの雰囲気を一瞬で明るくしてくれる。そういうところは、少し潤に似ている…かも。


そんなクラスの様子を眺めていた時だった。


「……!」


櫻井くんと目が合った気がした。胸が『ドキドキ』したけど、俺は平気なふりをし、笑顔で返した。




『大学入学共通テスト』


少し前まではセンター試験と呼ばれていた試験に向け、殆どの生徒がそれに取り組む。教室には嫌でも緊張感が漂う。


「共通テストは、力試しだと思って臨むこと。緊張は必要だけど、あまり緊張し過ぎると実力が出せないこともある。いつもの模擬テストだと思って、落ち着いて問題を読むこと」

『…ハイ!』


「共通テストを受ける人には、クリスマスも正月も無い。でも、これを乗り越えれば、大抵の事は大丈夫…って、これは松本先生の受け売りだけどね?」

『何だよぉー』


「それから、これは注意事項。既に合格している人でも、共通テストの申し込みをしている人は、必ず受けてください。いい?必ず!だよ!」

『ハイ!』


伝えたい事は、全部伝えてるかな…。忘れている事は無かったかな…。不安な生徒をちゃんとフォロー出来ているかな…。俺にとっても、毎日が緊張の連続だった。




やがて、明日から冬休みになるという日。


受験に関して、何度も同じ事を繰り返して言う。時に厳しく、時に励ます。休みの間も風邪を引かないように、体調管理をする事と、遊び歩かないようにと、嫌われても注意事項をしっかりと伝えた。


「じゃあ…明日からの冬休みを…」


「相葉先生に、話したい事があります。」


櫻井くん?えっ…?なに?


「一日、早いけど…せーのー!」

『お誕生日、おめでとうございます!』

『パパーン!パーン!』


少しだけどクラッカーが鳴り、拍手が沸き起こった。


サプライズだった。


「…ありがとう、みん…な」


塾の講師だった時にも、非常勤の教師だった時にも、こんなに祝ってもらえた事なんてなかった…。むしろ、誕生日がクリスマスイブだなんて、自分から言えなかったし…。


潤が祝ってくれるのを、毎年楽しみにしてたけど、それとはまた違って…


嬉しくて…嬉しくて…



『トントン!』

『バン…!』


ノックと同時に、ドアが開き

「相葉先生、何事ですか?今の音は何ですか?」

クラッカーの音で、隣りの教室から岡田先生が飛び込んで来た。


「あ…いや…あの…実は…ですね?」と、どうにも、しどろもどろになる俺。


『相葉先生がお誕生日なんで』

『お祝いのクラッカーを鳴らしてましたぁ!』


「はぁ?」

「あ…そうなんですよ。サプライズで、皆んなが祝ってくれて…」


「あまり浮かれないようにしてくださいね?それでなくても、この時期は…」

「ハイッ!すみませんでした!」


頭を下げる俺の肩を、岡田先生が『ポン』と軽く叩き『良かったですね?羨ましいです』俺の耳元で言うと、隣りの教室へと戻って行った。



『ふふふ…』『おい…櫻井』『早くしろよ…』


「うん?まだ…なにか、あるの?」

『お誕生日と言ったら』

『プレゼントでしょう?』


えっ?プレゼントがあるの?


櫻井くんがクラスを代表して、プレゼントを渡してくれた。


「開けてみて?」


綺麗にラッピングされた紙袋を開けると…


それは、緑の地に、白で雪の結晶がデザインされた毛糸の手袋だった。

「毎朝、寒そうにしてたから…」


その言葉だけで、俺は胸がいっぱいになった。





…つづく。