Side−A
あれから俺は、櫻井くんと少しだけ距離を取るようにしていた。
櫻井くんは始めは戸惑っていたみたいだけど、感の良い櫻井くんは『誰かに、なにか言われた?』って聞いた後、肯定も否定しない俺の態度で、何となく察してくれた。
件の柔道部員は、『停学』の謹慎処分を受けた。次に問題を起こせば学生寮を『退寮』、それは即ち『退学』を意味する。スポーツ推薦で入学した学生には相応の処分だ。
だが…
『相葉先生にも、隙があったのでは?』
『生徒にはもっと毅然とした態度で接するよう、努力して下さい』と、教頭から釘を刺されてしまった。
「相葉さん、昼メシ一緒に食べませんか?」
声を掛けてきたのは二宮先生で。
「これ、良かったら食べて?」と、弁当を差し出し、俺は有り難くその弁当を受け取った。
二宮先生の後をついて『理科準備室』に入った。文化祭の時と同じように、三脚に石綿を乗せ、その上に水の入った三角フラスコを乗せると、アルコールランプに火を点けた。
「相葉さんは『何かあると、食べなくなる』って、松本さんから聞いてたから。」
だから、弁当なのか…。
「これね、大野さんの手作り。」
「…そう」
三角フラスコの水が沸騰すると、慣れた手つきでお茶のパックを入れ、マグカップに注ぐと、ひとつを俺に寄越した。
「…いただきます」
「ん、どうぞ」
「二宮先生は…」
「ニノでいいって。此処には誰も来ないから。」
「ニノは、大野先生とは食べないの?」
「帰ったら居るし。無理に昼メシを一緒に食べる必要もないから」
「…あぁ」
『ブーッ…ブーッ…』
俺のスマホのバイブ音が響いた。
「…出たら?」
胸ポケットからスマホを取り出し発信元を見ると、俺は『拒否』の方をタップした。
「出ないの?…てか、ひょっとして着拒?」
「……。」
「相手は松本さん、だよね?」
「……。」
「なんで、出ないの?」
「…別に、こっちの勝手」
「この前、様子が変だったのと、関係ある?」
「……どうだって、いいでしょ?」
「良くないよ…」
「…もう、放って置いてほし」
「駄目だって…」
「なんで?」
「ちゃんと話さなきゃ、前に進めないんだよ?」
「…別に…どうでもいい」
「もしかして、メールも読んでない?」
「……。」
「読まなきゃ駄目じゃん」
「いいんだよ、もう…」
「どんな内容にせよ、このままじゃいけないことくらい、分かって」
「見なくても…どうせ」
「顔を見て、ちゃんと『別れましょう』って言うほうが、良いと思うけどね?俺は」
「潤の顔を見て、『別れよう』なんて言えないのは分かりきってる。それが出来るくらいなら、もうとっくにしてるよ…。」
「…えっ?!」
「一度は…別れようとしたんだ。でも、出来なかった。だから、この話はお終い。」
「弁当、ご馳走さま。洗って返すからね?」
俺は食べかけの弁当箱を手に提げ、逃げるように理科準備室を出た。
「相葉…先生」
其処に居たのは…
櫻井くんだった。
…つづく。