Side−N


「和也、良く眠れた?」


此処は、まーくんと翔くんが暮らしている一軒家。俺は昨日、此処で夕食と美味しい酒をご馳走になり、そのまま泊まった。


俺のパートナーである『智にぃ』は、趣味の釣りに行ってしまった。船酔いしてしまう俺は当たり前のように置いてけぼりだ。


ただ留守番するのはつまらないから、二人の顔を見るついでに、此処に泊まりに来たのはいいけど…



良く眠れたかと聞かれて、『よく眠れなかった』と言うヤツはいないだろうに…


俺が素っ気なく「…うん」と返事をすれば


「そう?なら良かった。」と笑顔を添えて返事をするまーくん。


そのまーくんの声が少し掠れているのは、多分…いや、きっと翔くんが昨夜……


「なに…?僕の顔に、なんかついてる?」

「…いや?…でも、もしついてるとしたら、翔くんに愛されてる幸せがついてるんじゃない?」


「…そんなこと、言わないでよ。照れ臭いじゃん…」


……そこは、否定しないんだ?まぁ、いいけど?


子供の頃みたいに、俺がうっかり『翔ちゃん』なんて呼ぼうものなら『翔ちゃんて呼んでいいのは、僕だけだから!』って、真っ赤な顔で怒るまーくんとは、まるで別人だな…。



「…おはよ、和也…」


これまた掠れた声の翔くんが、寝癖もそのままに起きてきた。


「おはよ、翔くん。」

「翔ちゃん、顔を洗ってきて?朝ご飯にしよ?」


「…ん、分かった。」


欠伸をしながら、洗面所へと向かう翔くんの後ろ姿を、まーくんがうっとりとみつめている。


……完全に、新婚さんのソレだ。


顔を洗って戻って来た翔くんが、「雅紀、今朝の朝ご飯はなに?」って聞いた。


「今朝はフレンチトーストと、サラダだよ。」

「ふふ…っ、オレの好きなヤツだぁ…」



完全に崩れてる…


他人の顔面崩壊ってヤツ、初めて見た…


まーくんがちょっとだけ、唇を尖らせる。


あれは、キスをおねだりしている顔だ…


でも、肝心な翔くんが『おねだり顔』に気づかないまま椅子に座ってしまい…。翔くんの後ろで、まーくんが分かり易いほどに拗ねてる。


…面白いけど、ここで笑ってはいけない。


「…いただきます」


笑いを堪えて、フレンチトーストをひと口食べた。


「…うま」

「…ぅんまっ!」


俺の言葉を掻き消し、くりくりお目々の翔くんが、本当に美味そうに食ってる。


誰にも取られやしないのに、ほっぺたを『パンパン』にして食うのも、相変わらずだ。


「雅紀、すげぇ!すげぇ美味い!!」


……これ以上無いくらいに、翔くんが褒めちぎる。


「そぉ?よかった」


俺が居るのにも関わらず、二人して見つめ合ってる。


「翔ちゃんたら、またここにつけてる。」


翔くんの口の端についたフレンチトーストの欠片を、まーくんが指で摘み、そのまま口に入れる。



『…ぅおっほん』


俺が妙なタイミングで、妙な咳払いをしてしまうもんだから、二人とも『あぁ、そう言えば…和也が居たんだっけ…』みたいな顔でこっちを見るから、俺はますます居た堪れないなくなる。



「…ご馳走さま」


これ以上二人と同じ空間に居るのが耐えられなくなった俺は、そそくさと朝食を済ませ、洗い物を流しへと運んだ。






「和也、また来てね?」

「今度は智にぃも一緒に来てよ?」


「うん、そうする…」




『着いた』


智からのメールはいつも素っ気ないけど…

それはそれで、飾り気のない愛をもらっているんだと、俺は思っている。



今度来る時は、二人の目の前で、智と目一杯『イチャイチャ』してあげるからね?


何よりも、面白い二人の反応を見たいから…


「また来るから…」と、振り返った俺が目にしたのは…



磁石に引き寄せられたようににくっついて、キスをする翔くんとまーくんの姿だった。





…おしまい