Side−A


僕が探してきた一軒家を二人で借りることになり、慌ただしく引っ越しを済ませた。一週間も経つと、どうにか新生活にも慣れてきた。


何より、翔ちゃんの『ただいま』が聞けて、『おかえり』が言えることに、ささやかだけど幸せを感じていた。




そんな時、松岡さんから連絡をもらった。


『本宅』には二度と、僕たち『兄弟』には近づかせないことと…



『夫人』がその昔、ラグビー選手だった裕貴さんに怪我をさせて引退に追い込んだことも、認めたことも…。



順風満帆な裕貴さんが、目障りだった。


ただ、それだけの理由だった。



「オレの人生を狂わせた腹いせに、『夫人』をぶん殴ってやりたかったけど…」


誰よりも自分が一番でなければ気が済まない。そして、息子である斗真さんが翔ちゃんよりも上でなければ気が済まない。


『夫人』にとって、裕貴さん同様、翔ちゃんも目障りでしかなかったんだろうな…


愛のない結婚をしたことで、自分の上をいく人を蹴散らすことが、『夫人』にとっての幸せだったのかな…


幸せの価値観は人それぞれだけど、何だか『夫人』が可哀相に思えた。




「…ただいま」


愛する人が一緒に暮らす家に帰って来て、僕はそれを「おかえり」と迎え入れる。


僕にとっての『幸せ』は、ただそれだけ…


ただ、それだけなんだ。





…つづく。