Side−S


「雅紀っ!」

「翔ちゃんっ!」


「怪我は…怪我はないか?」

「大丈夫、裕貴さんが受け止めてくれたから…」


どうして…『本宅』の『夫人』が…?


「…やっぱり、後を付けて来てたんですね。」


…雅紀?『夫人』が後を付けて来てたって、どういうことだ?それよりも…


「なぜ、分かったんだ?」

「消去法だよ。」


「消去法…って?」

「十年前、翔ちゃんを石段に突き落としたのが『岸辺さん』じゃないって分かった時、誰が翔ちゃんを突き落としたのか、確かめることにしたんだ。色々と調べていくうちに、もしかしたら突き落とした犯人は翔ちゃんに敵対心を持った人なんじゃないかって…」


「…まさか…そんな…」

「その、まさかだよ。」


雅紀の言葉を聞いても、オレには半信半疑だった。確かにオレは『本宅』から疎まれていたけれど、そこまでとは思っていなかったから。


「…どうして、あなたが」

「どうしてって?斗真のために決まってるじゃないの!」


「斗真さんの…ため?」

「あなたの存在が明るみになった途端、夫は斗真よりもあなたのことを気に掛けるようになった。私にとって斗真は全てなの。だから、斗真を脅かす存在は消してしまおうと思った。」


「…脅かすって、オレは」

「あなたにその自覚がなくても、夫は…拓哉は…斗真よりも、あなたには経営者としての才覚があるって…」


オレは斗真さんにとって、ずっと影の存在だと思っていたし、そうすべきだと思っていたのに…


「悔しかったのよ!愛人が居るというだけでも、私のプライドはズタズタだったのに、愛人が産んだ子供まで私の斗真を超える存在だってことが、許せなかったのよ!」


膝から崩れ落ちそうになるオレの体を、雅紀が支えてくれた。


「翔ちゃんと僕が会えば、きっと翔ちゃんか僕を狙って来るはずだと思った。だから、僕たちが会うことを『夫人』にわざと伝わるように、裕貴さんに頼んだんだよ。」

「…くっ!仁科!この裏切り者!」


「私はあなたにとっては『裏切り者』かも知れない。でも、私は自分の気持ちに正直に動いたまでです。」

「…なぜ?!」


「私にとって、雅紀くんは大切な『家族』のような存在ですから…」

「…この…っ!」


「奥さま!おやめください!」


振り上げたその手を止めに入ったのは、社長秘書の松岡さんだった。


「奥さま、もうやめましょう。斗真さまのためを思うなら…もう、こんなことは…」


「やめておいたほうが、身のためですよ?」


それは、高校生の頃、オレのことを付け回していた、あのフリーライターだった。


「写真も録音も、バッチリ撮らせてもらいましたよ。これが、世に出回れば…」

「い…いくら…なら、黙ってて」


「金なら要りませんよ。こちらの方からもらってますからね?もっとも、この金の出所は、昔あなたから500万を押し付けられたある人が、使ってくれと言われた曰く付きの金ですけどね?」

「そ…そんなお金のことなんか、押し付けたことは」


「覚えがない、とでも言うつもりですか?」


その500万は『本宅』から『手切れ金』として、智にぃの口座に振り込まれたお金だった。智にぃがこのために使ったっていうの?


「元々、その500万は表に出せない金だったんじゃ、ありませんか?」


フリーライターは、確かな情報を掴んでいるらしく、『夫人』は松岡さんに引き摺られるように、その場を立ち去った。





…つづく。