Side−A
翔ちゃんから話があると呼び出されたのは、翔ちゃんの『お母さん』が眠る菩提寺だった。
石段を上がり、小高い丘にあるお墓の前で『お父さん』の会社を辞めたと聞いて、僕は何だか落ち着かなくなった。
「本当に、辞めてしまったの?」
「…うん。」
「それで…『お父さん』は、なんて?」
「引き留められたけど、ちゃんと断った。でも最後くらい、雅紀とのことを認めて欲しかったけどな…」
「最後って…。もう『お父さん』とは、会わないつもりなの?」
「会わないって言うより、会社を辞めたから、多分会えなくなると思う。」
「…そう。」
だから、『最後くらい』なんだ。
「認めてもらえなくても、オレは雅紀と一緒に生きて行く。それを『母さん』の前で誓いたかったんだ。」
「僕も…『お母さん』の前で、翔ちゃんと一緒に生きて行くって誓うよ。」
「…ありがとう、雅紀」
「僕は『お母さん』にも、ありがとうって思うよ。だって、翔ちゃんを産んでくれたから、出会えたわけだし。」
「…そう、だな。」
「必ず、翔ちゃんを幸せにしてみせるからね。」
「ふふっ…。それはオレのセリフだ。オレこそ、雅紀を必ず幸せにするからな。」
「…うん。」
「雅紀と暮らす部屋を探さないとな?」
「……うん、そのことだけど」
「なに?もう見つけてくれたの?」
「…い、いや?そうじゃない…よ?」
「何だよ、言えよ。」
「あの、翔ちゃん。お腹空かない?」
僕は手桶を持つと、石段を下り始めた。
「待てよ、雅紀」
「早く、食べに行こう?」
その時だった。
誰かに手を引っ張られ、石段から転げ落ちそうになり…
『危ない!』
寸前で僕を受け止めてくれたのは、裕貴さん。
そして…
「…やっぱり、後を付けて来てたんですね。」
『櫻井』の社長夫人が青ざめた顔で立っていた。
…つづく。