Side−A


『翔くんを守りたいと思うことと、守れることとは違うぞ!』

潤にぃから、何度言われただろう…


『それでも、翔ちゃんを守りたいって思うんだよ!それのどこがいけないの?』

僕はその都度、言い返してた。たとえ翔ちゃんを守れなくても、心が寄り添っていれば、翔ちゃんを支えられるんだと意地になっていた。



つくづく、僕は子供だったなと今では思う。何も出来ないって頭では分かっているくせに、思い上がっていたんだな…。



あれから翔ちゃんと僕は、『櫻井』の『お父さん』に認めてもらおうと、それぞれの道で頑張った。


翔ちゃんは大学で経済学を学び、僕は専門学校で理学療法士の資格を取るために。それが、何者でもない僕たちに出来ることだと信じて。



やがて、翔ちゃんは大学を卒業し、『櫻井グループ』の中で、働くことになり…

僕はその一年後、理学療法士の資格を取り、特別養護老人ホームに就職した。



『雅紀の我儘を全部叶えてやる』

『大学を卒業したら、一緒に住もう』


2つとも、未だに叶えられてはいないけど、諦めたわけでもなかった。一歩一歩、確かな歩みを進めていれば叶う筈だと、ただ前を向き続けた。



…気がつけば、十年の月日が流れていた。



「おはようございます、大野さん。」


僕は変わらず、『大野』の姓を名乗っていた。翔ちゃんは『櫻井』の『お父さん』から養子にならないかと持ち掛けられていたけど、頑なに『大野』であることを選んでいた。



「おはようございます、岸辺さん。」

「今週は、大野さんが担当なんですね?」


「はい、よろしくお願いします。」


岸辺さんは身寄りが無く、この特別養護老人ホームに入所していた。目が不自由で足元も覚束なく、室内では白杖を、施設内では車椅子を利用していた。


「岸辺さん、今日は熱もありませんし、血圧も良いみたいですね?」

「ええ、今日は気分が良いです。」


「ちょっと外の空気を吸ってみますか?」

「はい、お願いします。」


僕は岸辺さんを車椅子に乗せると、施設の敷地内にある小さな庭へと向かった。


「風が気持ち良いです。」

「桜が散り始めてますけど、寒くないですか?」


「寒くはありませんが、どうりで…花の匂いがすると思いました。」

「来年は、満開の桜の下で散歩が出来ると良いですね。」


「……そうですね、そう…したいです。」



だが、岸辺さんのその願いは叶うことなく、その命を終えた。



身寄りの無い岸辺さんの葬儀を施設の職員達で執り行い、斎場でその最後を見送ろうとしていた。そして、そこには智にぃ、潤にぃ、翔ちゃん、和也も参列していた。



5人で棚引く煙を見ていた。


「とうとう、『あの人』ともお別れだな…」

「そうだね…」

「世話してくれてた職員が雅紀だって、分かってたかな?」

「…どうかな?それより、今頃父さんと出会えてるかな?」

「多分、会えてるよ…」



僕の中でずっと『あの人』で通していた。その名前を呼ぶ日なんか、来ないと思っていた。


『岸辺絢斗(きしべあやと)』


岸辺さんの遺品にあった日記には、若かった日々の想いと…


『思えば、後悔だらけの人生だった。親戚からも縁を切られた私だが、許されるのなら、誠司の息子の幸せを願っていたい。』



そう…綴られていた。






…つづく。