Side−M


雅紀が『ヤツ』に『父親』のことを問いたかった気持ちは、痛いほど分かっていたが、閉廷になってしまったことは、今更どうしようもない。



オレは雅紀に付き添い法廷内を後にし、階段を下りて行った。翔くんはまだ松葉杖が手放せない状態で、裕貴さんの手を借りてエレベーターのある方へと向かった。



雅紀は『ヤツ』の弁護士に声を掛けられ、『相葉誠司』とはどういう関係なのか、単刀直入に聞いてきた。『実の父親』だと答えると、雅紀に『ヤツ』と拘置所で面会出来るように取り計らってくれると言った。


「まぁは、どうしたい?」

「…僕は」


まぁがエレベーターのある方を、何度も振り向いて見ていた。翔くんがエレベーターから降りて来るのを待っていたのは、『ヤツ』に会うかどうかを、翔くんに聞いて欲しかったみたいで…


「…どうしたの?潤にぃも、雅紀も…」

「この人…弁護士さんなんだけど…」


勘の良い翔くんには、それがどういう意味なのか、直ぐに分かったらしく…


「雅紀は『お父さん』の事が、知りたいんだろう?」

「…うん。」


「聞いたら…後悔する?」

「…分かんない…けど。知りたいって思う気持ちのほうが強い…かも。」


翔くんになら、まぁは本音が言えるんだな。やっぱり、翔くんには全然敵わないなって思った。


「…よろしくお願いします。」


翔くんがまぁと二人で、弁護士さんに頭を下げた。『分かりました。それでは日程を調整して、私から連絡しますね。』と、弁護士さんが名刺をまぁに手渡した。



裁判所の前で翔くんと別れた後、まぁはオレと一緒に『大野』の家に帰った。


「…それで、会うことにしたんだ?」


智にぃが名刺を手に取って見た後、一旦テーブルの上に名刺を置いてため息をついた。


「雅紀は、何を聞いても後悔しないか?」

「それは…正直、分かんない…けど。聞かない後悔だけは、したくなくて…」


『聞いて』後悔するよりも、『聞かない』後悔はしたくないってことか。



「よし、分かった。拘置所には俺が付いて行く。そんで、一緒に話を聞こう。」

「智にぃ?」


オレは、智にぃの方が心配になった。まぁの『父親』の話を聞くってことは、オレ達の『両親』を事故死させた男の話を聞くってことだ。


「潤は何を心配してんだ?」

「それは…」


言葉に詰まった。まぁの居るところでその理由は言えない。


「大丈夫だから、潤は仕事に行ってこい。」

「…うん。」


もしオレがまぁに付き添って行ったら、平常心ではいられないだろうな…。だからと言って、智にぃなら平常心でいられるとは限らない。



オレはその不安が的中しないことを、祈っていたんだ…






…つづく。