Side−S


サク王女に諌められた秀の国王は、兵士たちを引き連れ、国へと帰って行った。


ジュン皇子はオレが炎の国に帰るまで、もうしばらく翠の国に滞在すると言い、カザマの世話になっている。



マサキ皇子は失くしていた記憶が戻ったと、カザマから伝え聞いた。


サク王女が『スオウ』と名乗り、男として振る舞ったことで、記憶の『分岐点』が変わったことと、『翡翠の谷』で、オレが傷を負うことなく危機を逃れたことで、本来のマサキ皇子に戻りつつあるそうだ。



記憶が戻ったということは、『虚』の世界での出来事を全て忘れてしまうことを意味する。オレはマサキが記憶を取り戻すことを望んでいたのに、それを素直に喜べないでいた。





翌日、オレは翠の国王への謁見を済ませ、次期国王との和睦を結びたい旨を伝えた。


「次期国王は、サク王女に継がせようと思っている。」

「やはり、そうでしたか…」


『翡翠の谷』で、秀の国王との堂々としたやり取りをしたサク王女に対して、『翡翠の谷』の存在すら知らなかったマサキとでは、最早格が違う。


サク王女が次期国王になれば、マサキ皇子は『側室』としての『ミヤビ』でいる必要はなくなる。マサキ皇子にとって、オレはどんな存在になるんだろう…



「国王陛下に申し上げます。」

「サク王女、如何した?」


「この先私は秀の国を始め、紫苑の国、炎の国と和睦を結びたいかと存じます。」

「…ほぉ?」


「それは私一人では荷が重いことになりますゆえ、外交に長けた者が必要になるかと。」

「それが相応しい人物に、心当たりはあるのか?」


「はい。誰かフウマを此処に連れて参れ。」

『御意。』


「…くそっ!」


フウマは謁見の間に連れて来られた理由が、造反の件で処罰されるためだと勘違いしたらしく…


「くそっ!サク王女さま直々にお呼び出しとはな?造反者のオレを牢屋にぶち込むなり、首をはねるなり、好きにしろっ!」

「安心しろ、処罰などしない。」


「…は?」

「フウマには、秀の国や紫苑の国への外交を任せたい。」


「…外交を…オレに任せたいって?」

「フウマが率いる急進派には、いつまでも保守派と小競り合いをしてもらっては困る。秀の国が良い例だ。国内が不安定な情勢では、他国に狙われ易い。その点、フウマなら秀の国にも顔が利く。違うか?」


「…確かに、秀の国には顔見知りが、何人かいるにはいるけど…」

「おや?嫌なのか?」


「…断れば、オレの首が飛ぶんだろう?外交でもなんでも、やってやるよ!」

「ふふっ…では、よろしく頼む。」


フウマの一件は、これで落着だな。


「ところで、サク王女。『翡翠の谷』のことは、どうする気だ?」

「今回の一件で、秘密にしてきた『翡翠の谷』の所在地が明らかになってしまいましたが、敢えてそれを利用するのです。」


「利用する?」

「はい。翡翠の原石を加工する技術を、翠の職人が他国に伝授するのです。他国の平民がその技術を習得すれば、加工した翡翠をその国の貴族に買ってもらう。そうなれば、平民の暮らし向きも良くなっていくことでしょう。」


「なるほど…。だが、中には技術を習得出来ない者もおるであろう。その者は、どうすれば良いのだ?」

「誰にでも得意分野は必ずあるはずです。適材適所で才能を見つければよろしいかと。その役目をマサキ皇子に任せれば…」



サク王女が次期国王になれば、この翠の国は安泰だろう。



炎の国へと帰ろう。


マサキ皇子の顔を見てしまったら、きっとオレは『帰国する』とは言えなくなるだろうな…



オレはマサキ皇子との別れの寂しさを、胸の奥に仕舞い込んでいた。






…つづく。