欧米、特にアメリカで博士号を取るとPh.Dが与えられます。
Ph.Dはラテン語の「Philosophiae Doctor」の略語らしいです。
哲学博士という意味になります。
工学でも理学でも哲学博士(Ph.D)です。
大昔の学問は哲学のことを指しましたからその名残でしょう。
ドイツかどこかの習慣が始まりらしいのですがなぜ現在まで続いているのかが解りませんでした。
先日この様な経験をしました。
娘に分数の計算を教えているときのことです。
3つ4つの分数の演算です。
彼女は2つの分数の計算はできるのですが3つ4つになると難しいと感じるのです。
そこで後ろの分数は指で隠して前の2つを計算して分数の個数を減らしていけば同じことだよ・・・と教えました。
でも娘はその意味がよく分からないようです。
全部を一気(掛け算割り算なので)にやりたがるのです。
そこで私、
「何でも同じだよ。人間は一個、二個、たくさんと感じるから、難しいと感じる事はちょっとずつ少しずつ解決して行くんだよ。人生と同じだね。」
面白いことに気付きました。
小学生の分数の計算から人生の生き方が見えてきました。
学問を追及していくと生き方(哲学)の真理のようなものが見えてくるんですね。
真理は概念としてつながっているはずなので学問体系とは関係が無いはず。
その理想がPh.Dには込められている様な気がします。
日本では工学博士、理学博士、・・・です。哲学博士とは言わないで出身学部の称号の文学博士や教育博士などを名乗ると思います。
学部単位での称号。
名前ですからどうでも良いことなのですが、無味乾燥ですね。意味合いが無いです。
博士たるもの人生を語れなくてどうする・・・ だから Ph.D
・・・おわり