コミュニケーションには、言葉や表情、身ぶり手ぶりなど、さまざまな手段があります。
その中でも、声はとても重要な要素の一つです。
目を閉じていても話者の感情が大体わかりますし、言葉一つで安心感を与えることも、不快感を植え付けることもできます。
そんな重要かつ便利な道具、声。
形がないものとはいえ、道具である以上は使いどころがあります。
車のクラクション同様、TPOをわきまえずに使うと白い目で見られることになりますからね。
ずっと声がデカいあなた。あなたに向けて言っていますよ。
確かに広いホールでも静かなオフィスでも声量を変えることのない、裏表のないお人柄には感服いたします。
しかし同時にどういうおつもりですかとも思っています。
もっとハキハキ喋りなさいと言われて生きてきた私とは価値観も体の構造も違っているように感じ、理解に苦しみます。
しかし、「そんなことを急に言われても」という声デカ界隈の皆さんの言いたいこともわかります。
そこで今回は私が一般人代表として、日々感じている疑問を列挙することで「こういう風に思われているんだ」と、デカめの声帯をお持ちの皆さんに気づきを与えていきたいと思います。
もちろん、大声で会話する必要がある環境であったり持病の関係等、やむを得ない事情がある方は除外します。
大学を出ているのでその辺の分別はついています、差別主義者だと私に石を投げるのはやめてください。
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まず、怒っているのかと思います。
これまでの人生を振り返ってみたとき、大きな声を発していた人のほとんどが運動中の人か怒っている人でした。
したがって普通の状況で大きい声を出されると、「運動していないのにこの声量ってことは怒ってる?」と思ってしまいます。
実際には怒っていないのかもしれませんが、聞いている側は身構えます。
言ってみれば威圧感があるということですから、議論の場や交渉の場において声がデカい人の意見は比較的通りやすく、ムカつきます。
またこうした地味な成功体験を積み重ねてきたせいか、声がデカい人はたいてい我が強い印象があります。
有意差までは調べていませんが、声量と我の強さには正の相関関係がある気がしています。
「声はデカいけど意外と主張は控えめだな」という人に今まで会ったことがないので、たぶん合ってると思います。
次に、ボリュームのオンオフができない点、気になります。
彼らは常に一定のデカすぎる声量で話すがゆえに、静かなオフィスなどではその会話が筒抜けになります。
聞かれて困ることなど一つもないと言わんばかりのノーガード戦法には恐れ入りますが、あなたの実家の野菜の育ち具合を強制的に把握させられるこちらの身にもなってください。
ズッキーニが大きく育ってよかったですね。
第三者視点からだとこのように他人事でいられますが、実際に声のデカい人と会話をしているときは私が当事者となってしまいます。
周りに聞かれているということを念頭に置いたうえで会話をしなければならないので、けっこう神経を使います。
声がデカい人特有のユーモアを披露してくれるときなどは特にそうなのですが、「愛想笑いをしなければならない」と「この程度のユーモアを面白がる人間だと周りに思われたくない」の板挟みになり、脳みそに変な疲労が溜まります。
次に、恥ずかしさとかないですか。
私のような一般人は、話の内容にかかわらず他人に会話を聴かれたくないので自然と声を絞りますが、なぜ人の目をまったく気にせず喋り続けられるんでしょうか。
こればかりは嫌味とかではなく、純粋に気になって聞いています。どうやってるんですか?
物理的に周りの人が見えていないとかじゃないと説明がつきません。眼鏡をかけたほうがいいと思います。
もし見えている上でなお声量を調節しない選択をしているのだとしたら、その精神力が培われた生い立ちが気になるところです。
ぜひ自伝を出してくださいと言いたいところですが、声がデカい人はなんとなくそういう執筆とか苦手そうですね。
あと普通に、喉が痛くなりませんか。
その声量をずっと維持してたら枯れたり掠れたりすると思うんですが、どういうからくりなんでしょう。
セミはその声量と引き換えに7日間で鬼籍に入ることで有名ですが、それと同じように寿命が短かったりするんでしょうか。
私はカラオケに行くと早ければ2曲で声が枯れるくらいには喉が貧弱なので、シンプルに羨ましいです。
平井堅の曲で高音が出なくてちょっと気まずい思いをしたこととかないんでしょうね。
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いかがでしたでしょうか。
こうして改めて文章にしてみて気づきましたが、私は声がデカい人そのものというより、所かまわず声がデカい人にうっすらとした嫌悪感を抱いていたみたいです。
同時に、「最近の声デカい奴らは~」とこの記事を書き始めた時点で、インターネットで声が大きい人としてくくられそうな気がしています。
事実そうなのでぐうの音も出ません。
人の目を気にしなさすぎるというのも考えものですね。
以上、最年少老害でした。

