
賢く 愛情があって、実践を繰り返している人の話は本当に面白いですね。
佐々木さんがまとめてくださったnoteを見て自分が持った感想です。
佐々木さんのnoteは下記に貼っておきます。
ご興味があれば 呼んでみてください。
ありがとうに関する考察です。
以下は 私の考察です。
面白い話を拝見しました ありがとうございます。
とまぁこんな感じで私はすぐありがとう 言っちゃうんですけどね。
ありがとうにも打算的なものと打算的じゃないものがあるんじゃないですかね。
ありがとうの語源は仏教で、有るのが難しい、というところから来てると聞いています。
なので 今こうしてあるように感じていること、コミュニケーションをしているように感じていること自体がすごく難しい、奇跡的なことなんだよ ということを言ってるんだと理解しています。
昔 知り合いにありがとうの人っていうのがいるよね って言われて、その人は その ありがとうの人をとても嫌っていたんですよね。
どういうことかというと、やたらめったらありがとう、ありがとうというくせに、いつも フリーライドしていくだけのやつをありがとうの人と呼んで軽蔑してるんだと言ってました。
今回 佐々木さんが書いてくださったような、打算的な人間がありがとうを使った場合は、こういう感じになるんじゃないですかね。
ありがとうの反対は当たり前だと、だんだんと世の中に認識が広がってきたなと感じているんですけど、この当たり前というやつは、感動のない感謝のない、感じることのない 反応、すなわち 不感症なんだと感じています。
多くの人間が この 不感症に陥ってるなという風に見ています。
なので、これは私の場合ですけど ありがとうをちゃんと感じることで、不感症の治療になるんじゃないかなと、その方が豊かな ハッピーライフを送れるのではないかなと 感じています。
身の回りの現状は 何も変わらないのですが、感じ方が当たり前からありがたいなーに変わるだけで、とても満たされる感覚があります。
青い鳥の物語じゃないですけど、青い鳥は実は家の中にいたという あの話に似てるなと思うんですよね。
その青い鳥 ってのがありがとに氣づくということではないかなと 感じている次第です。
#ありがとう倶楽部 #お好み焼き社会
FBの投稿、素晴らしいですね。とても有意義な会食で、いい形で発展させて形にしていけたらいいなと思います。コミュニケーションを続けていけたらと思います。
以下、私のNoteの記事、ぜひ、読んで、ご意見をいただけたら嬉しいです。対話を深めたら楽しいと思います。