こんにちは (‐^▽^‐)
埼玉の城、
今回は粟原城(あわはらじょう)です
久喜市鷲宮にあります。
別名、鷲宮城。
鷲宮神社と言った方がピンと
くるのでは、と思います。
鷲宮神社神主細谷氏が鎌倉時代(建久年間)
に創建し、永禄年間上杉謙信に焼き討ちされる
まで累世当館に居住(伝承)し、社領主の居館
であったと考えられます。
城がいつ築城されたかは定かではありません
が、おそらく室町期後半から戦国期と考えられ
ます。
では、鷲宮神社から見てみましょう。
神社入り口であります大きな鳥居を
くぐって境内へと向かいます。
境内の様子です。
程なく社殿が見えてきます。
本殿です。
こちらが神楽殿です。
この神楽殿の脇にある「力石」です。
ある年代以上の人は、
絶対「徹」と付けるはず・・・
ここまで、全く城らしき形跡がありません。
そこで、この神社の裏手に向かいます。
幾つもある、小さな神社をすり抜けてゆくと、
まるで森の中に入ってゆく感じになります。
土塁を思わせる、盛り土の跡が見て取れます。
この森を抜けると、一気に畑が現れ
東武線の線路に遭遇します。
ちょうど電車が通過してました。
この畑と森の境界には、ぐるりと堀跡のような
溝が続いております。
これが空堀なのかどうかは不明です。
ご覧の通り、城跡としての殆ど遺構はなく、
神社紹介みたいになってしまいました。
しかし、城関連の書籍にはしっかりと
城跡と認められていますので、城扱いで
OKだと思います
この由緒ある鷲宮神社に訪れた際は、
「ここは城跡だったんだ」
と感じて頂ければ嬉しいです。
今回は、これにて失礼します。
では、また