ブログネタ:海外でのプライスレスな思い出、教えて!!
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大学を卒業するにあたって、僕らは中国に行きました。中国という土地は日本という小さな島国の住人からしてみれば、途方もなくスケールが大きい国です。国が大きいから人間がぼけて映る、なんていうことは起こりません。北京の人は北京を心から愛しています。西安の人は西安を中国の古都として華やかなる映画とともに美しく思い描き、上海の方はニューメトロポリスとしての上海を誇らしく思っています。イタリアによく聞く都市意識というものなのでしょうか。
喧しい街々は、黄砂のせいなのか何故かとげとげしさを見せない。日本であるならばあの勢いはトゲもののように感じたはずである。しかしながら三原色を基調とした町並みはなぜか、ふとした心地よさを与えてくれました。
北京では、紫禁城をちょっとした丘のうえから眺めた。黄砂の靄の上に浮かぶように宮殿があった。その靄の中に、中国の権威がまるで雲の上にいるかのように存在したんだろう。ラストエンペラーの世界。
西安では大雁塔を見た。その昔、仏教を本場天竺で体得しその成果を玄奘三蔵が持ち帰った場所である。そこからほど近くにある西安の城壁は司法10kmを囲み、彼らの生活を4000年も見守っていたことになる。その昔、唐の詩人たちはそこで何を見たのだろうか?また、孤高の天才阿倍仲麻呂はそこから見る月になぜ思いを寄せたのか?ぼくには判らなかった。
上海は今その栄華を極めんとしていた。まるで高度経済成長期の新宿。駅前は今でこそ雑踏としている。国鉄時代の赤ちょうちんに似た賑わいなのだろう。しかし、地上げと共に街は整然とした姿を得、そして人間そのものが作る音や色は薄く間延びし、無機質なグレーに溶けて行ってしまうのだろうと思った。
近く遠い国中国。僕はそこで無限に接近した空気としての光である感情と無限遠から見る点に似た光の姿を見た。宋の時代に禅を完成させたこの国は答えそのものを教えてはくれなかった。


