気がついたら何ヶ月も経っていた、というのに慣れつつあるこの頃。
仕事用としての意味を持たなくなったらブログも全然更新しなくなり、なにをしているか、なにをしようとしているかで更新頻度は変わるのだなぁとしみじみよ。
その一方、意味のないこともあることも自由に短文投稿できるTwitter(頑なにTwitterと呼びますわよ)の滞在時間が長くなり、なにをしているかというと政治経済関連の投稿にモヤモヤしているのである。
わたしが就職したら25年前は「就職氷河期」と呼ばれる時代で、公務員試験の倍率が少なくて100倍前後、高いと2000倍というすさまじい状況だった。
わたしは公務員しか自分の人生設計に就職先がなく、とにかく試験対策に時間を費やして無事、家からさほど遠くない自治体に入ることができた。
そのせっかく入った自治体も、前夫とのDV離婚などあり退職することになったわけで……
たまーにね、あのまま公務員を続けていたらどうだったかな?と思うんだけど、どう考えても破滅の運命しか思い浮かばないのよ。
経済的な面ではそれほど困らないだろうけどメンタルグダグダのまま、母親との共依存や自分との折り合いもつかないまま、遅かれ早かれ死んでいたのではと思う。
公務員を辞め、栃木に移住し、知り合いゼロからネットを介して個人事業を通じてわたしは「自分と他人を分けて考える」「自分の人生に責任を持つ」など、自立と自律を行えた。
周りの人に恵まれたし、今の夫はかなり理解のある人で苦しむわたしのそばで余計な口を挟まず、必要な時に手を差し伸べてくれ、わたしが選ぶ道を応援してくれた。
時に「そんな仕事辞めてしまえ」とグズグズするわたしにはっぱをかけてくれたりも、した。
離婚と退職がほぼ同じ時期なので早くももう10年以上経つ。
問題行動が多く頭を抱えていた娘たちもそれぞれ独立し、数ヶ月に一度は会って話ができる程度には関係も改善した。
個人事業をやめて正社員で働くことになった時は自由に稼げる環境がなくなることに若干の不安はあったけれど、安定した仕事とお給料がもたらす心身への好影響は計り知れない。
40を越えて日々があっという間に過ぎると感じるのも、穏やかに過ごせる日々あってこそ。
この穏やかな日々のために、わたしは今日も電卓を叩くのだ。