『日本国紀』読書ノート(191) | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

 

191】WGIPは「戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付ける宣伝計画」ではない(その1)

 

「もう一つ、GHQが行なった対日占領政策の中で問題にしたいのが、日本国民に『罪の意識』を徹底的に植え付ける『ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム』(WGIP:War Guilt Information Program)である。これはわかりやすくいえば『戦争についての罪悪感を、日本人の心に植え付けるための宣伝計画』である。」(P421)

 

と説明されていますが、まず単純な「誤訳」というか、「超訳」としか言いようがありません。

War Guilt Information Program”をどう訳したら「戦争についての罪悪感を、日本人に植え付けるための宣伝計画」となるんでしょうか…

単純に、これがWGIPを示す文書である、という英文を読んでも、「日本人の心に植え付ける」という表現は一切出てきません。

War Guilt”も、戦争の罪悪感、と、訳せないわけではないのですが、個人的な感覚だと、「戦争責任」というイメージにしか思えないのです。

たとえば、ヴェルサイユ条約の英訳にも“War Guilt Claus”が使用されているんですが、これ、第231項ですが、ふつう「戦争の罪悪感条項」なんて訳していません。「戦争責任条項」ですよ。

War Guilt Information Program”は、「戦争責任を伝える計画」という感じで、「戦争についての罪悪感を、日本人の心に植え付けるための宣伝計画」というような陰謀めいたおどろおどろしい感じはまったくしません。

ネット上に揚げられている英文を読んでも、どんな「洗脳」計画や手順が記されているのかと思ったら、メディアへの対策が記されていて、新聞・ラジオの他、映画について、戦争責任に対する世論形成をどうすすめていくかを考えよう、と書いているだけです。

例えば、原爆に対する批判に対してはどうするか、アメリカ国民の不信をまねくようなことがマスメディアに出ると早期の平和条約に支障が出る、とか、そんなところです。

 

「これは日本人の精神を粉々にし、二度とアメリカに戦いを挑んでこないようにするためのものであった。東京裁判もこの一つである。」(P421)

 

と主張されていますが、「日本人の精神を粉々」にするようなものは何も書かれていません。百田氏は原文を読まれているのでしょうか… 読まれていないなら是非読んでほしいと思います。

東京裁判を新聞報道するにあたっての民間諜報局の付帯意見、という程度のものですよ。ちょっと訳してみましょうか。

 

発・第二幕僚本部 宛・民間情報教育局 1948年3月

1 基本的に表題計画に同意。特にその目的や計画についての基本的な考え方、実行

 される基本的な手法について同意する。

2 用いられる特定の手法や手段についての批判的意見は以下に示す。

a.新聞報道

(1)海外のニュースの量および日本人の示す明白な興味を参考にして、国際極東軍事裁判の判決の後、速やかに適切な量の新聞用紙が各新聞社に提供されるようにすべし。

(2)検察側の最終弁論の内容全文は、弁護側の最終弁論の内容とともに同一紙面に印刷され、すべての事実が歪曲なく提供されていることと、この裁判の判決が確固たる法的根拠に基づくものであることが強調されるように配慮すべし。

 

aの2項が「それらしい」感じがしないわけではありませんが、正直、この程度のもので「日本人の精神を粉々」にした、「日本人の精神を見事に破壊した」計画だとはとても断言できないと思います。これくらいのことはするでしょう。

日本人の歴史著述のパラダイムを変えたと主張したいならば、WGIP以外のものを根拠にされたほうがよいと思います。

 

「GHQは思想や言論を管理し、出版物の検閲を行ない、意に沿わぬ新聞や書物を発行した新聞社や出版社を厳しく処罰した。禁止項目は全部で三十もあった。」(P421)

 

と説明されていますが、まず、プレスコードを示した上で、非公表の禁止項目が30あるとされていますが、まぁ、そんなもんでしょう、としか言いようがありません。

公開した「プレスコード」に対して、検閲する側の施行細則が当然必要ですし、ポツダム宣言を履行する占領軍としてはこれくらいのことは詳細に記します。

https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-12434285816.html

 

以下は蛇足ですが…

 

P421P422にかけての説明中の「GHQ」という部分を「政府や軍部」に、「擁護」を「批判」、「進駐軍」を「日本軍」、「戦後」を「戦時中」に置き換えてみるとなかなかおもしろいですよ。

 

「『政府や軍部』は思想や言論を管理し、出版物の検閲を行ない、意に沿わぬ新聞や書物を発行した新聞社や出版社を厳しく処罰した。」

「日本の戦争や戦犯を『批判』することも禁じられた。新聞や雑誌にこうした記事が載れば、全面的に書き換えを命じられた。」

「『政府や軍部』の検閲は個人の手紙や電話にまで及んだ。『日本軍』の残虐行為を手紙に書いたことで、逮捕された者もいる。」

「スターリン時代のソ連ほどではなかったが、『戦時中』の日本に言論の自由はまったくなかった。」

 

満州事変以降、全体主義的思潮が一般の人々にも浸透し、思想統制が強化され、政府や軍部の言論統制とプロパガンダが激しくなります。治安維持法も強化され、特別高等警察も設けられました。GHQの言論統制を厳しく批判する百田氏は、なぜかまったく政府や軍部のこれらの統制について言及されていません。同じ「質」「量」で説明してほしかったところです。