恥ずかしながら、題名だけは聞いたことはあったのですが、まったく見る気はありませんでした。
シェフ?? 信長の料理人の話かな?
と、思った程度で、気にもとめていなかったのですが、何気なくテレビを見ていると、おや、今時、時代劇はめずらしいな、と、思って観ることになったんです。
いやいや、荒唐無稽な設定ながら、豪華な俳優陣とすぐれた脚本というべきでしょうか、なかなか見応えがある番組になっていたので、すっかり見入ってしまいました。
個人的には、明智光秀役の稲垣五郎さん、なかなかよいと思いました。
ただ、明智光秀の生年については、近年では従来の説よりもずっと前にさかのぼり、一番古いものになると永正十二年ですから1515年生まれ… これだと、本能寺の変のときは67才の老人(この時代ならかなりの高齢者)になってしまいます。(従来の説でも55才ですからけっこうな年齢になっちゃいます。)
あとすばらしい演技だったのが、本願寺の顕如役の市川猿之助さん。
ものすごい迫力でした。主役の信長を食ってしまいそうなさすがの存在感でした。
並みいる戦国大名の中で、「信長のほんとうのライバル」、というのは私は顕如(大名じゃなく僧侶なんですけどね)だったと思っているんですよ。
だってよく考えてみると、武田にせよ、上杉にせよ、毛利やら長宗我部にせよ、けっきょく自分の部将たちにまかせて戦わせているじゃないですか。それに対して一向一揆と石山本願寺攻めは、信長自ら指揮して対応する場合も多く、わりと作戦に直接関与しています。
基本的に、各戦線は部将の裁量にまかせているんですが、石山本願寺攻めに関しては、かなりチェックが厳しく、佐久間父子など石山本願寺攻めの怠慢をかなり厳しく責められて解任されるし、荒木村重にしても、彼の家臣が石山本願寺に通じていたのではないか、という“事件”から対立することにもなっています。
けっこう楽しく視聴しました。
歴史の教師があんなもんをおもろいと言うのかっ
と、お叱りを受けそうですが、まぁカタいことは抜きにして楽しめばよいと思うんですよ。
また、見ていない方のために、ネタバレはしないようにしますね。
実は、「歴史」と「タイムスリップ」を組み合わせた話は、けっこう昔からあるんですよ。
古いところでは横山光輝さんの「時の行者」という漫画もありましたし、映画では、なんといっても「戦国自衛隊」が有名でした。
生徒から聞いたのですが、珍しく南北朝時代をネタにした漫画というか小説なんでしょうか、『キミノ名ヲ』?というのもあるらしいですね。今度機会があれば見てみたいような気がします。(少女マンガ? わたしが見てもよいようなもんでしょうか?)
タイムスリップで、現代人が過去の世界にもどってしまい、そこで歴史上の人物と出会い、奇しくも歴史の中で何やら重大な役割を果たしてしまう…
歴史を変えてはいけない、でも… という主人公の葛藤を描く、というのがだいたい共通したテーマのようです。
『時の行者』にせよ『戦国自衛隊』にせよ、織田信長がどうもよく取り上げられます。
タイムマシンがあったとして、昔にもどって出会いたい、という人物、どんな時代だったか見てみたい、という時代は、やはり戦国時代ということになるんでしょうか。
信長と料理人のエピソードでは有名な話があります。
京都で一番と評判の料理人に料理を作らせる。
しかし、マズい… 信長は怒ります。
推薦した人物も恥をかいてしまい、その料理人に「どういうことだ」となじってしまう。
するとその料理人は、「もう一度つくらせてほしい」という。
で、二度目の料理は、「うまいっ」と、信長はたいへん気に入った様子…
「どうして最初はマズいとおっしゃったのか?」という推薦人に対して、
「最初のがほんとうの京料理。でも信長様には薄口だったのでしょう。二度目は田舎風に濃い味付けにしました。」と返答した。
という話です。
ちょっと信長をバカにしたような話でもあるのですが、信長にすれば「ほんとうの京料理」なんかはどうでもよくて、「おれがうまいという料理さえ作ればよい」というところだったのでしょう。
ただ、信長は、食べ物にはこだわりがあったようです。
珍しいもの、新しいものが好きな人は、もちろん食べ物にもそういうことを求めます。
南蛮渡来の「お菓子」の「うまさ(あまさ)」に衝撃を受ける。
日本の果物とは違う南蛮渡来のバナナを食べてみる。
「またコンニャクか…」と、飽きた信長に「真っ赤なコンニャク」を出したところ、たいそうカンドーしたという話があって、現在の近江の赤コンニャクが生まれた、な~んて説もあるくらい…
祖母は、「食は職に通じる」とよく言うていて、「食べ物にこだわりのある人は出世する」という“哲学”を子どものときによく聞かされました。
美食家サヴァランも、「どんな食べ物を食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間かをあててみせるよ」と言うているくらいです。
出世するかどうかは別にして、料理の嗜好はその人のキャラクターを反映するかもしれません。
以下は蛇足ですが…
信長は、徳川家康を堺に招待して、もてなしました。
その饗応役に最初に任じられたのが明智光秀。
俗説ですが、「腐った魚」を家康に出した、と、怒られた、という話があります。
家康の家来が腐った魚を殿に出された、と、信長に抗議した(チクった)ようです。
でも、ふと思ったのですが…
光秀の領地は近江。
ひょっとしたら光秀は「鮒ずし」をふるまったのかもしれません。
「鮒ずし」は延喜式にも記録が残る、歴史ある食べ物。
光秀にとっては、最高級の料理をふるまったつもりだったのでしょうが、“田舎者”の三河の武士たちには気に入らなかったのかもしれません。
この“誤解”が本能寺の変の遠因になっていたのだとしたら…
家康の口に鮒ずしがあっていたら歴史は変わっていたかも知れない、というお話しです。