おどろきもものき太平記 序 | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

わたしの勤務している私立中学では、国語科が「読書ノート」というものを生徒たちに用意しています。簡単に言うと読書したものを記録して、かんたんな感想を書く、というようなもののようです。読んだらそれを記して退出する… 続けていくとどんどん読んだ本の記録が増えていく、というもんです。
時々、社会や理科の先生のところにも、「何かおもしろい本は無いですか?」というように生徒がたずねてくるときがあります。
以前に、ひとりの生徒が、どういうわけだか「先生、『太平記』を持っていますか?」と来るではないですか。

え… た、たいへいき??

中学生の少女が『太平記』? と驚きましたが、「あ、あるよ。え? 読むの?」と、まぬけなことを言うてしまいましたが、その子は『太平記』を借りていったわけです。

じつは、同僚の社会の先生に、なんと! 阿倍野神社の禰宜をしておられる方がいるんですよ。
阿倍野神社といえば、北畠親房公、北畠顕家公がまつられている由緒正しき神社です。
友達数人と、阿倍野神社にお参りに行ってきたらしく、北畠顕家公の像の前で写真もとってきたりしていたようで、南北朝時代に興味を持ったようです。

歴史が好き、というと、たいていは、「幕末・維新」派と「戦国時代」派の二派に分かれますよね。
「源平」派や「南北朝」派って、あんまりいません。
「歴史」のファンを拡大するためには、「源平」「南北朝」にも興味を持っていただきたいところ…

大阪の阿倍野や天王寺といえば、よく考えれば『太平記』の世界では重要な場所です。

これも何かの縁というもの。これから時々、何回か、『太平記』の世界の話もしていきたいと思います。

『太平記』は鎌倉時代末から室町時代の初めまでの物語です。
史料、というより、歴史物語と考えてください。

鎌倉幕府が滅び、後醍醐天皇が建武の新政を始め、それが失敗して南北朝の時代に突入する…

登場人物たちを紹介、と、言いたいのですが、ふと、「そういや『太平記』に出てくる人物の中で、誰が一番たくさん出てくるんだろう…」と思いました。
以前に、塩野七生さんが『ローマ人の物語』の中で、いったい誰のことを一番たくさん説明しているのかと思い、数えたことがあるんですが、なんと第一位は「カエサル」という名前でした。

全然違う時代の話でも、どっかで必ず「カエサル」が出てくるんですよ。
塩野さんは、ローマの歴史「を」書きたかったのではなく、ローマの歴史「で」カエサルの話をしたかったんですよ、絶対…

あ、話がそれてしまいました。

で、『太平記』です。

まぁ、おそらく第一位は「彼」だろうと考えて数えてみると、もう400を超えたので、数えるのをやめちゃいました。
堂々の第一位は

 足利尊氏

これはまぁあたりまえですよね。

第二位は誰だと思います?

300超えは二人。え、尊氏にせまるのか? と、思うくらいの380は

 新田義貞

『太平記』の中心は、なんと「足利尊氏と新田義貞」なんですよね。
そして、もう一人の300超えは、これは予想通りの

 後醍醐天皇

です。後醍醐天皇と足利尊氏、そして新田義貞で話は進む…

200は超えるが300未満は三人です。
どうです? おもしろいでしょ。この名前の記述回数が、そのまま『太平記』の展開を示しているんですよ。

第四位が241の高師直、第五位が229の足利直義。そして第六位が201の足利義詮。

こうなると100超えだが200出てこない人たちが気になるところ…

169が楠木正成、119が脇屋(新田)義助、113が北条高時。あとは全員100未満…

「対立軸」の展開こそ『太平記』の展開ですよね。

・足利尊氏と新田義貞が争う。
・新田義貞の死後は、足利兄弟が争って観応の擾乱となる。
・この争いで南朝がもりかえす。

この三つが、『太平記』を読む(南北朝時代の迷路を出るための)通過ポイントだと思います。
そしてこの九人の話さえおさえれば、『太平記』はほぼ読んだことになるでしょうね。