サッカーのワールドカップが始まりました。
いきなりのビッグカードとして注目されたのが、スペイン対オランダ。
どうなるかと思いきや、なんと、まさかの5-1でスペインが敗退…
でも、おもしろいことに、前回優勝だったスペインですが、実は四年前、やはり初戦で、スイスに1-0で敗退しているんですよね。
スペインがスイスとオランダに敗退する…
というと、世界史が好きな方は、ああ、おもしろいな、ということに気がつくと思います。
16世紀、ハプスブルク家がヨーロッパを支配していたときがあります。
婚姻関係から、カールは、神聖ローマ帝国の皇帝と、スペイン国王を兼ね、神聖ローマ皇帝カール5世、スペイン王カルロス1世としてヨーロッパの大部分を継承することになりました。
スイスは、それより以前からハプスブルク家の支配に抵抗していました。
スイス独立の英雄ウィリアム=テルの物語は、後にロッシーニ作曲の歌劇となり、その序曲の最終曲“スイス軍の行進”は、おそらく知らない人がいない名曲となりました。
サッカーのワールドカップは、“血を流さない戦争”、なんですよね。
それぞれの国が、それぞれの民族や地域や宗教や歴史を背負って戦う、という場でもあります。
かつて、ドイツとウクライナがサッカーの試合をしたことがありますが、もう、まるでほんとうの戦争をしているようなピリピリとした試合になり、キエフの国立競技場は、警官隊や一部軍隊まで出動しての開催になりました。
その理由は1942年にさかのぼります。
ドイツとウクライナのチームがサッカーの試合をしたことがあります。
当時ウクライナはナチスの占領下にあり、ドイツのチームに負けるように“八百長”を強要されたのです。
しかし、ウクライナのチームはこれを拒否し、ドイツのチームに勝ったのですが…
試合後、ウクライナのチームは、ナチスの親衛隊により、全員暗殺されてしまった、という事件があったのです。
以来、ウクライナはこのことを忘れることなく、戦後も、ドイツとの試合は、一種異様な緊張の中でおこなわれるようになりました。
イングランドとアルゼンチンの試合も、ものすごい緊迫した試合になります。
理由は、1982年のフォークランド紛争にあります。
フォークランド諸島の領有をめぐり、イギリスとアルゼンチンが戦争をし、相互に大きな犠牲が出て、以来、両者は“怨念”の対決を続けています。
四年前、スイスとスペインの対決でスイスが勝利したとき、スイスの全土はお祭り騒ぎのようになり、一部の新聞では「ウィリアム=テル以来の快挙だ!」と紙面を飾りました。
さてさて、オランダの話です。
オランダとスペインの歴史は“劇的”です。
そもそもネーデルラント地方は、16世紀、スペインが支配している地域で、プロテスタントが多い商工業と貿易が発達した地域でした。
カール5世が支配していたときは、まだ、よかったのですが、次にスペイン王となったフェリペ2世は、熱心なカトリック信者であったこともあり、異端審問所を設けて、ネーデルラントのプロテスタントを徹底的に弾圧し、重税をかけていきました。
これに反発して、オラニエ家ウィレムを中心に、スペインに対する抵抗運動を開始したのです。
フェリペ2世は、アルバ公に命じて大軍を派遣します。
アルバ公も熱心なカトリック信者で、苛烈な軍人でした。
徹底的に抵抗運動を弾圧し、一時、オランダの独立運動を壊滅寸前にまで追い込みました。
しかし、その苛烈さゆえに失敗をしてしまいます。
「ネーデルラントの住民は、みな異端であるから、全員、火あぶりの刑だっ!」
と宣言したのです。
戦って負けても死、降伏しても死、ならば戦いあるのみ!
と、かえって団結が進み、一気に形勢を逆転させ、アルバ公率いるスペイン軍に大勝しました。
“力でねじふせる”ことに失敗したスペインは方針を転換します。
スペインが次に派遣したパルマ公は、なかなかの知恵者で、外交を用いてカトリックの多いネーデルラント南部の切り崩しに成功し、独立運動に打撃を与えました。
北部ネーデルラントとの戦いも有利に進めていましたが、フェリペ2世がイングランドとの戦いを優先してしまい、北部への決定的な攻撃ができなくなってしまいました。
こうして、ネーデルラントは、北部と南部に分裂し、北部が現在のオランダ、南部が後のベルギーとなります。
結局、1581年、フェリペ2世の支配を拒否し(事実上の独立宣言)、1648年のウェストファリア条約で国際的に承認されることになりました。
四年前、スペインに決勝で屈したオランダは、今回、国家の威信にかけて復讐戦にのぞみ、スペインのサッカーを徹底的に研究して今回の大会にのぞんでいます。
「おれたちは次、スペインに負けるわけにはいかないんだ!」
むろん、対戦相手を研究するのはどこのチームでもやっていることでしょうが、ワールドカップというのは“いろいろなものを背負って”戦うものなのです。
彼らは、自国の歴史を学んで育っています。欧米での歴史教育は半分以上、愛国教育ですからね。
スペインとオランダ…
他の国のチームと戦うときとは違う“何か”が彼らの力となるわけです。
“そんな場所”に日本は飛び込んでサッカーをするんです。
親善試合やその他の試合みたいに、そう簡単に勝ち抜いていけないのが“ワールドカップ”なんですよね。
いろいろな国の歴史を知っていると、サッカーの試合も、ちょっと違ったおもしろい見方ができて楽しいと思います。