琴・笛・琵琶の物語 | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

『平家物語』には、三つの楽器にまつわる哀しくも美しい話があります。

まずは「琴」。

高倉天皇の中宮は、言うまでもなく平清盛の娘、徳子です。
しかし、天皇には、他にも寵愛している女性がいました。
葵の前、という女性です。
ところが儚くも病死してしまいます。
帝はたいそう気落ちされたので、徳子は天皇をなぐさめるために、琴の名手で、たいそう美しい小督という女性をお側に仕えさせることにしました。

どうも、この“設定”が昔からわからないんですよね…
どうしてわざわざ徳子は高倉天皇に、自分のライバルとなるかもしれない女性をあてがったのか…

後に続く、“清盛の横暴”を強調するための“フィクション”のような気がします。

小督は、藤原成範の娘、といいますから、平治の乱で殺された信西の孫、ということになります。
高倉天皇はこの女性をすっかり気に入り、寵愛することになりました。

当然、清盛は激怒します。
小督は、身の危険を感じて、宮仕えをやめて行方をくらましてしまいます。

高倉天皇は悲嘆にくれ、なんとかしてもう一度会いたい、と、考えました。側近で笛の名手で、しかも小督のこともよく知っている源仲国を呼び出し、なんと「勅」を発しました。

  小督を見つけて、(清盛に)わからぬように宮中へ連れ戻せ。

「それほどまでに帝は御心を悩ませられていたのか…」と、かしこまり、源仲国、すぐに小督を探しに出かけました。

どうやら嵯峨野にいるらしい… という噂を聞きつけて探索を続けました。
しかし、陽も落ち、夜になり… みるとたいへん美しい月が出ている…

「これほど美しい月の夜、彼女は琴の名手だから、琴を弾いているに違いない。」と、帰らずにさらに探索を続けました。
すると、どこからともなく琴の音が!

よし、それならば、と、自分も笛を取り出して吹いてみる。

古の音楽の達人というのは、琴の音、笛の音で、奏者が誰かわかるようで、居場所をつきとめた源仲国は、帝からの文を手渡し、小督を説得して密かに宮中へ連れ帰りました。

かくして帝と小督、めでたく再び結ばれました、とは、なりませんでした。
清盛におもねった者が、このことを密告し、怒った清盛は、小督を出家させる、ということにしたのです。

源仲国が笛の名手、と、申しましたが、その「笛」も『平家物語』では物語を彩る“小道具”として登場します。

「青葉の笛」というと、年配の方、および『平家物語』ファンの方なら知らない人はいないと思います。
言わずと知れた、“無官大夫”平敦盛と、熊谷次郎直実の逸話です。

と、その話の前に…

実はこの時代、「青葉の笛」は「もう一つの話」があるんです。

悪源太義平(源義平)も「青葉の笛」を持っていて、妻子に自分の形見として残しているんですよね。
あれれ? 同じもの? それとも二本あったの? と、なりそうですが、実は、「青葉の笛」の“青葉”とは、笛の材料となる竹の産地の名称なんですよ(鹿児島県台明寺にある笛材に適した竹が産する場所の名前)。
なんていうか… ワインで言うならブルゴーニュとかボルドーのこと。「青葉の笛」というのは、笛吹きにとっては、ワイン通が「ブルゴーニュのワイン」と言うているのと同じで、笛そのものの名前のことでは無いんですよね。

平敦盛の笛は、「小枝(さえだ)」という銘があります。

一ノ谷の戦いに敗れて逃げていく平氏。
それを追う源氏。

熊谷直実が「そこなる武者よ。逃げるのは卑怯でございましょう! かえせもどせ!」と、呼びかけに対して「おう」と応えて組み打ったのが平敦盛。

直実が組み伏したその武者は、なんと自分の息子とたいして年齢の違わない若者でした。
名も名乗らず、わが首を討て、という…
涙をのんで首をはねる…

そしてその若武者の所持品をみると「笛」が一つ。
合戦の前、敵陣から聞こえてきた笛の音の主はこの若者であったのか…

熊谷次郎直実は、この後、この笛を敦盛の父、平経盛に送ることになります。

直実は、無常を感じてこの後、出家。なんと、かの法然の弟子となり、六万遍念仏修行をおこなった、という話が残っています。

この笛「小枝」は、鳥羽法皇から平忠盛が賜ったという名器中の名器。これを嫡流でもない敦盛が所持している、ということから、「敦盛は後白河法皇の御落胤だったのでは?」という“伝説”を強化する材料となっています。

ただ、実は、平家ファミリーというのは、一族で“宮中のお仕事”を分担して独占していた、という側面があります。
ですから、「芸能担当」の“経盛ファミリー”に笛が伝承されていても不思議ではない…

平清盛の息子、重盛が後継者で全体の統括者。その後継者の維盛は「武」、資盛は「文」を担当。
清盛の弟、平教盛とその子通盛・教経は「武」、同じく清盛の弟、平経盛とその子経正・敦盛は「芸」を担当。
平経盛一族は、和歌や楽器の名手たちなのです。

平氏は、「文武歌芸」、宮廷のあらゆる分野に進出してネットワークを広げていました。

歴史のタブー、「たら」「れば」を承知で言うならば…
清盛があと十年長生きし、重盛が清盛よりも長生きして、重盛を中心とする小松家が安定していたならば、後代の足利家のような(室町幕府のような)体制を確立することに成功していたような気がします。

さて、“経盛ファミリー”の中では、敦盛ばかりが有名で、笛の名手として知られていますが、忘れてはならない人物が一人いるんです。
『平家物語』の唯一の(とは少し大げさですが)“ファンタジー”の主役、

 平経正

です。

かつて、日本には琵琶の名器が三面伝来した、と、いわれています。

「玄象」「青山」「獅子丸」

です。このうち、「獅子丸」は「龍神に所望され」(ようするに来日途中で船が沈んで失われ)、「玄象」「青山」が日本に伝わることになりました。

その「青山」を、平経正が所持していたのです。

木曽義仲が北陸で挙兵し、その討伐に平氏軍が出動しましたが、経盛一族は、なにせ「芸能」担当です。平経正は合流せず、琵琶湖の竹生島に戦勝祈願に出かけました。

で、請われて名器、「青山」で、神さまに一曲奉納することになりました。

一同、息をのむ美しき演奏だったといいます。

な、な、なんと! 白龍があらわれて、演奏している経正のまわりを曲にあわせて優雅に舞うではありませんか!

これぞ瑞兆、平氏軍の勝利はまちがいなし! と、誰もが思ったといいます。

が… しかし…

陰陽道を少しでも心得ていた者がその場におれば、違う“解釈”を立てたことだったでしょう。

白龍は、龍の中でももっとも速く天空を駆け抜けるものといいます。
そして陰陽五行では、「白」は西方を示すもの…

  急ぎ、西へ!

平氏は敗れる。
疾く、西方へ逃げよ。

そしてまた、神は“能”ある者を自分に仕えさせたいために、早く天に召すともいわれています。

 経正は琵琶で。
 敦盛は笛で。

それぞれ神を魅了してしまったのでしょう…

(次回に続く)