村岡花子の周辺 | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

NHKの朝のドラマ、「花子とアン」が始まりました。

村岡花子が主人公です、と、いっても誰それ? という人がいるかもしれません。
でも、『赤毛のアン』の訳者だよ、と、いえば、あ~ そうか! という人が一気に増えそうですね。

彼女の翻訳は「赤毛のアン」だけにとどまりません。

『王子と乞食』
『ハックルベリィ・フィンの冒険』
『ジャックと豆の木』
『あしながおじさん』
『フランダースの犬』
『ふしぎの国のアリス』
『小公女』

などなど、あげていったらきりがない。児童文学の訳者としてはものすご~く有名な方です。

こはにわが小学生のころ、「図書の時間」というのがありました。
今もそんな「授業」が小学校ではあるんでしょうか、みんなで図書館に行って本を読む、という時間です。

こはにわはSF小説をよく読んでいました(歴史の本とちゃうんかいっ)。
で、女子たちがよく読んでいたのが

『赤毛のアン』

ですね。

実は、恥ずかしながらわたしは読んだことはありません。なんというか… 小学生の時の図書の時間のせいではありませんが、「ああいうのは女の子が読むもんだ」と勝手に思い込んでしまっていました。

以前、生徒たちに聞いたことがあるんです。

「赤毛のアン」読んだことある? というと、たいていの子たちは読んでいました。

「何がおもしろいの?」「どんなところが好き?」

ということを問うと、もちろんストーリーのおもしろさもあるのでしょうが、なかなかおもしろい“視点”を言う子がいました。

あの本でいろいろ知った。
外国の文化とか、服とか、いろいろ想像してわくわくした。
話に出てくる風景とか、そういうのが好きだった。

文化? 服? 風景?

服、というのは、わかります。女の子はファッションなどに興味があり、登場人物の服のデザインや似合っているかどうかや、そういうところにも目がいきますからね。

文化って? と、思うと「教会に行った」という話がよく出てくるようなのですが、そういうことで「教会」や「キリスト教」など、自分をとりまく日本とは違う環境・文化を知って、すごくおもしろかった、というわけです。
白樺の木とか話しかける、というようなちょっと妄想ちゃん的なところなど、あ~、わかるかわると思う女の子もいたんでしょう。

でも、あれは「本」です。むろん挿絵などもあるのでしょうが、“翻訳”というのがすぐれて、そして女性の視点と感覚でなされていなければ、読者の女の子と“共鳴”できません。

訳者が女性だから、というわけではありませんが、『赤毛のアン』に描かれている、数々の「女の子が反応」するもの、“女の子あるある”が伝わるような訳し方、というのはやはり女性だからこそできるのではないでしょうか。

教会での描写なども、村岡花子さんがクリスチャンだった、ということも大きいと思います。
もちろん、現在の日本では教会もありますし、キリスト教についてのおおざっぱな知識はありますが、クリスチャンの方々は、当然、教会での体験や、祈りという行為、聖書に書かれている話など、をごく自然に身に着けておられます。
さりげない、外国の人々の日常を表面的でなく描けるのは、やはり背景の精神文化を知っていないとむりだと思うのです。「あ、そういう世界があるんだ」と興味がそそられます。

村岡花子さんの、周辺をさぐると、「村岡花子」をつくっているものが、なかなかにすごいことがわかりますし、「人というのはいろいろなつながりの中で生きている」ということがわかります。

なんと彼女は学生時代、「万葉集」のお勉強をしています。
しかも彼女にそれを教えたのは、

佐佐木信綱

天皇陛下にも「万葉集」を解説なさった、という古典文学界の超大物。
佐佐木信綱は一流の歌人でもあり、

ゆく秋の
大和の国の薬師寺の
塔のうえなる
ひとひらの雲

という歌は学校の教科書にでも出てくるものです。

こじつけるつもりはありませんが、

「ゆく秋」→「大和の国」→「塔のうえ」→「ひとひらの雲」

というのは、「時」→「場所」→「箇所」というように、しだいにフォーカスをしぼって対象にせまっていく、というもので、日本の古典随筆などにもよく見られる表現です。
村岡花子さんの、翻訳の風景も、こういう表現をうまくとらえて訳されています。
彼女は、キリスト教文化だけでなく、日本の古典の造詣も深いがゆえに。「名訳」が可能であったと思うのです。

そして、彼女に「子ども向けの本を書いてみない?」と勧めた人物が

片山廣子

です。はぁ? 誰? と、なりそうですが、歌人で外国文学の翻訳者で、知る人ぞ知る、芥川龍之介の“恋人”だった人です。

彼女の周辺を探ってみれば、芥川龍之介まで登場してきました。

いやいや、それどころか、なんと、戦前から、婦人参政権運動を進め、戦後も政治家として活躍した

市川房枝

とも村岡花子は友人で、婦人参政権運動にも参加しているんです。

戦前から子ども向けのラジオ番組にも関わり、みんな大好き「ラジオのおばさん」として有名でした。

キリスト教文化・万葉集・外国文学…
すごい業績の人の周辺はすごい業績の人たちが、なんだからしらないけれど「遠く」に「近く」に存在していて、どれかが欠けても「村岡花子」は形作られていません。

歴史も同じで、登場人物、その人だけで成り立っているのではなく、

いろいろなヒト
いろいろなコト
いろいろなモノ

で構成されています。まさに仏教でいうところの“縁起”です。

さて、「花子とアン」のナレーションの担当は美輪明宏さんなのですが…
最後のしめくくりの言葉、

「ごきげんよう。さようなら。」

は、村岡花子さんが担当していた子ども向けのラジオ番組の最後の言葉と同じなんです。

「ごきげんよう。さようなら。」は当時の“流行語”にもなりました。
さてはさては、NHKさんは、再びこれを流行語にしようとたくらんでいる? のかもしれませんね。