第30回は、『万葉集』とそれを詠んだ人々についてでした。
学校教育の場では、『万葉集』の格調が高い歌ばかりがとりあげられていますが、実際は、人間の生々しい感情、ありのままの気持ちがおおらかに謳われているものが多いのです。
ところで、学校の教科書などでは、『万葉集』の歌は、ひらがなと漢字まじりで紹介されていますが、実際は、「万葉仮名」とよばれる漢字ばかりで表記されています。
そりゃそうで、奈良時代には、まだ「ひらがな」は発明されていませんから…
それを江戸時代の学者、契沖が「読み下し」、ひらがなと漢字で表記するようになりました。ですから、学校で紹介されている読み方は、契沖が読んだものなのです。
東野炎立所見而 返見為 月西渡
東(ひんがし)の野に炎(かぎろい)の立つ見えて
返り見すれば、月かたぶきぬ
月西渡
を、どう読んだら「月かたぶきぬ」になるねんっ と、ツッコミを入れたくなりますが、とにかく、こうして読み方がつけられていきました。
「男と女」の歌、恋愛の歌は「相聞(そうもん)歌」といいます。
わたしは、大伴坂上郎女の歌が好きです。彼女の「恋のお相手」はたくさんいたのですが、その中でも彼女が好きだったのは、藤原麻呂。
奈良時代に権勢をふるった藤原不比等の四人の息子の一人、藤原麻呂です。
しかし藤原麻呂もなかなかのプレイボーイで、さすがの大伴坂上郎女もずいぶんとふりまわされたようです。
来むといふも来ぬ時あるを
来じとてふを来むとは待たじ
来じとてふものを
え? 何これ??
あなたは「行くよ」と言っておいて来ないときがある。
ましてや「行かない」と言うてるんだから、来るかしら、と、待ったりはしないわっ
「行かない」って言ってるんだからっ
これ、来てほしくて来てほしくて、行かないと言っているときでも、ひょっとしたら来るかしら、と、思っている気持ちの裏返しですよね。
なんだか、かわいらしい女性の歌です。麻呂もずいぶんと罪つくりな男です。
身分違いの権力者との恋… 人にバレると、あの方にも迷惑がかかる…
夏の野の 繁みに咲ける姫百合の
知らえぬ恋は苦しきものを
現在でも、こういう恋、きっとありますよね。奈良時代も現在も、人の気持ちというのは変わらないもんなんです。
恋愛の“美しい”話をした後で、いきなり「落とす」のもなんですが… 『万葉集』は
「うんこ」
の話もけっこう出てきます。
からたちとうばら刈り除(そ)け 倉建てむ
糞遠くまれ
くし造る刀自(とじ)
カラタチやイバラなどの雑木を切り払って倉を建てるんだから、ちょっとそこでウンコしている、くし作りのおばさんっ もっと遠くでやってよっ
この時代、基本的に一般人は、道端で用をたしていました。
そもそも下駄、というのは、外でウンコしやすいようにつくられた履物なんです。
ヨーロッパでも、下水道が完備していないとき、道路が尿と糞だらけだったので、ドレスの裾が汚れないようにハイヒールが発明された、と、いわれています。
ウンコをするために、きっと繁みに入って用をたしていたのでしょう。その雑木を切り開いたところで、しゃがんでウンコしているおばさんに遭遇した、そんな歌かもしれません。
実際は、宴会で(酒が入った上で)詠まれた戯れ歌ですが、いつの時代でも下ネタ、ウンコ話は好きですよね。
この歌は、『万葉集』の第十六巻にある歌ですが、この第十六巻はおもしろい歌満載です。
かの正岡子規も
「万葉を読む者は、巻十六を読むことを忘るべからず」
と、絶賛している巻です。みなさんも、是非、読んでみてください。
さて、万葉集には酒の歌も出てきます。酒、といえば、大伴旅人という歌人が有名で、『万葉集』の編集長とでもいうべき大伴家持の父です。
歌人、と、紹介しましたが、実は大伴旅人は武人としても有名で、九州南部で、大和朝廷に従わなかった「隼人」を征服したことで有名な人物でもあります。
あな醜(みにく)
賢(さか)しらをすと
酒飲まぬ 人をよく見ば 猿にかも似む
大伴旅人は、全部で70くらいの歌を詠んでいますがそのうちの13首は酒の歌です。
酒好きの大友旅人は、酒を飲まない(飲めない)人を猿みたいだ、と、ばかにしているんですよね… 酒も飲まずに宴会で、しらっとすわっているやつらなんか猿じゃんっ みたいな感じかもしれません。
『私の万葉集』(集英社文庫)という杉本苑子さんの本があります。(たいへんよい本ですよ。万葉集が好きな人は是非読んでみてください。)
その中で、杉本さんは、大伴旅人に「反論」しています。
失礼な言い草ではないか。
下戸の私は大いに気に食わない。
酒呑みというのは独善的で、えてして、かかるタワゴトを口走るものだが
猿の赤っ面に似ているのは、そもそも酔っ払いか、しらふか、どちらであろうか。
そうとうお怒りのようで…
私も酒をそんなに飲まないもんだから、杉本さんのお気持ちはよ~くわかります。
ところがですね…
ちょっとこの歌には“裏”がありまして…
奈良時代は、ちょうど仏教が民間レベルにまで広がってきている時代なんです。
かつてローマ帝国内で、キリスト教が広がったとき、支配者層は、その対応に苦慮しました。
最初は弾圧、やがて認め、そうして後には国教となっていく…
奈良時代の日本も、それによく似ているところがあるんです。
仏教を受け入れるか拒むか…
もともとの日本の文化や宗教を尊重するか、仏教を国家の統制下におくべきか…
ちょうどその境目が奈良時代の、長屋王から聖武天皇にかけての時代なんです。
で、「酒のまぬ人」とは、仏教を信じる人あるいは仏教を国家統制の下に置こうとしている人々をさしていて、そういう人々を皮肉っているのだ、という考え方があるのです。
この説にのっかると、この万葉の歌も、なかなかきな臭い香りがしてきます。
大伴旅人は、反仏教派で、聖武天皇などが進める仏教政策には不満があった貴族のグループに属しています。
あからさまに仏教反対、とは、いえぬところを歌にて批判している…
みにくいよね
利口ぶって酒なんか飲まない、というているヤツらの顔みてごらん。
まるで猿だっ
聖武天皇と長屋王の対立も、仏教政策が背景にあり、長屋王派であると考えられた大伴旅人は、変の直前、なぜか突然、大宰府への異動を命じられています。
変が起こると、大伴旅人は長屋王の味方をして軍を動かすと考えたのかもしれません。
この大伴旅人の妹が、さきに紹介した大伴坂上郎女…
そしてその大伴坂上郎女が愛した男が、藤原麻呂。
この藤原麻呂および、武智麻呂、宇合、房前らの四兄弟が、長屋王を失脚させ、自殺においこんだのです。
その大伴氏の姫と藤原麻呂の恋… 当然これは「秘事」でなくてはならなかったわけですね…
知らえぬ恋は苦しきものを…