第24回は、「こんな貴族もおったのにゃ~」でした。
二人目は平貞文。
平貞文は、平安時代を代表する超モテ男でした。
和歌の名人でもあり、しかもイケメンで、血統が一流、と、くればモテないわけがありません。
彼は、なんと桓武天皇の玄孫でした。
父の代のときに臣下にくだって、“平”の姓をさずかります。
皇族が臣下に下る、というのはいろいろなパターンがあります。
まず一つは、「行政改革」の一環として…
桓武天皇は、行政改革を進めた天皇として有名です。
都をつくる、蝦夷を攻める、「二大事業」をおわらせ、経済改革も進めようとしていました。
天皇の子どもは、皇子です。天皇の子、というだけで、与えられる土地や給与はかなり高額になります。
そこで桓武天皇は、自分の子どもたちに“平”の姓を与えて臣下にし、財政負担を軽減しようとしました。
まぁ、もともと、律令でも、四代までが親王、五代で王、六代からは皇族でなくなる、という規定がありますから、天皇になることができない皇族は、どんどん“姓”をもらって臣下になっていきます。
もちろん、他にも、皇位を争ってやぶれた皇族などは、天皇になる資格を失って臣下となる、というものもあります。
“平”の姓は、わりとシンプルな理由からの命名で、桓武天皇が「平安京」を造営なさったので、その一字をとって「平」…
一方、“源”は、嵯峨天皇の皇子から始まりますが、こちらは中国北魏の忠臣、源賀から由来されています。源賀さんは、もともと別の名前だったのですが、北魏の王族の祖先と、源賀さんの祖先が、もとをただせば同じ(“源”が同じ)ということで「源」という姓を授かりました。
その故事に由来して、もともと皇族から分かれた、ということで、“源”という姓名が生まれます。
さてさて、平貞文の話です。
貞文がある女性に恋をしました。その女性は本院侍従、と、呼ばれている女性です。
この女性も、当時、絶世の美女として有名な女性でした。
貞文は本院侍従に、文を書き、歌も贈り、何度も会いたい、愛してる~ と、うったえますが、ずっと無視されます。
ある大雨の日、よしっ 今日はもう家まで乗り込んでやるっ ということになりました。
「こんな大雨の日なのに会いに来てくれたとなったらきっとカンドーしてくれるに違いない」
と、考えました。
これって、完全にストーカーにありがちな誤った思い込みですよね。
突然の訪問に本院侍従は「まぁ、こんな大雨の日に…」と驚きました。そしてとうとう貞文は、家の中に招き入れられることになりました。
やった~!! ついにこの日が来たかっ
ところが本院侍従は、このストーカーの撃退に、「家への侵入を阻止する」という方法とはまったく逆の、「家に閉じ込めてしまう」という方法をとったのでした。
ようこそいらっしゃいました、と、招き入れ、扉を閉めて参ります、と、部屋を出て、扉や窓をすべて閉じ、そのまま脱出してしまいます。
待てども待てども本院侍従は、あらわれない… 侍女に聞いても「もうしばらくお待ちください」と言われるだけ…
平貞文は見事にふられてしまいました。
で、この後、番組で紹介する、“軽挙妄動”に彼は出たのでした。
もう彼女のことは忘れよう~ しかし、なかなか忘れられない…
こうなったら彼女のウンコを見よう。
そうすれば百年の恋もさめるはずだっ
と、本院侍従のウンコを盗み出すことを計画しました。
当時、貴族の邸宅、寝殿造にはトイレがありません。
オマルに用をたすと、それを川などに流す、ということをしていました。
そのオマルを強奪する作戦に出たのです。
ところが、本院侍従のほうが一枚上手。
そういう“暴挙”に出ることを察して、ウンコの代わりにオマルの中に、葛でつくった透明のニセウンコを入れ、香や味をつけた甘い汁に浸しておきました。
オマルを奪い取って、その“ウンコ”をみた平貞文は驚きました。
「え… なんとかぐわしい~ そして美しいウンコなんだ…」
ちょっとつまんで食べてみたりなめてみたりした、というからなんともおかしい話です。
コヤブさんたちも、おもろいっ 新喜劇でできるっ と、おっしゃっていました。
この話は『今昔物語』に収められているのですが、こんなおもろい話、あの“文豪”が見逃すはずはありません。
その文豪こそ、芥川龍之介。
彼の短編『好色』は、この話をもとにしていて、なんともおもしろい作品です。
オマルを盗み出したときの貞文の描写が実にすぐれていて、オマルを手に
「この箱の中に彼女のくそまりが入っている… そしてわたしの命も入っている。」
と、貞文がつぶやきます。
「わたしの命も入っている。」
悲しくも滑稽で、あわれな貴族の思い入れ…
これを実に的確にあらわした名セリフです。