楽屋裏で、伊集院光さんが、熱っぽく語っておられた事件とは…
「旧石器ねつ造事件」
です。
相沢忠洋氏の研究以後、日本に旧石器時代があったことは明らかになりました。
次の問題は、では、長~い旧石器時代のうち、日本はいつの時期からあったのか、ということです。
旧石器時代は、前期・中期・後期石器時代の三つにざっくりわけられます。
もし、原人がいたとすれば(その時期に使用していた石器がその時代の地層から発見されれば)、日本の歴史は中期石器時代からあったことになります。
1970年代後半、次々と「打製石器」が発見されるようになります。
そして、その石器発見者は、アマチュア考古学者として有名だった、ミスターX氏(実名はあえて避けます)でした。
新聞でも彼の“業績”は大きくとりあげられ、次々と石器を発掘していく彼は、“神の手”を持つ男と称されました。
1976年には、宮城県玉造郡(当時)での調査の結果、旧石器時代の遺跡であることが確認され、この遺跡は、「座散乱木(ざざらぎ)遺跡」と呼ばれるようになりました。
さらに1980年には同じく宮城県の「馬場壇(ばばだん)遺跡」が発見されることになります。
そこが旧石器時代の遺跡であると断定されるきっかけとなった打製石器を発見したのも、ミスターXでした。
それまで、日本の歴史は2万年前までさかのぼることができたのですが、これらの発見・調査によって、いっきに20万年前にまでさかのぼることができたのです。
世界的にも大発見でした。20万年前、といえば、北京原人にほぼ匹敵することになるのですから…
その後、東北・北海道の各地で、次々と打製石器が発見され、日本はどんどん昔にさかのぼっていきます。
中期旧石器どころか前期旧石器にまでとどきそうな勢いで、発見が続いていきました。
ところが! 2000年11月5日のことです。
そのミスターX氏は、自分で、縄文時代や後期石器時代の打製石器を、20万年前の地層に差し込んで(埋め込んで)、それを後日掘り返して「発見した」と報告していたことが発覚したのです。
毎日新聞社のスクープでした。
写真とビデオで、その「埋め込み」作業をしている現場をおさえたのです。
本人は、あっさりとねつ造を認めました。
当初は、“神の手”とまで祭り上げられて、いわばプレッシャーからそんなことをしでかしたのだろうか、と、みんな考えていたのですが、調査が進むにつれて、おそるべきことがわかってしまったのです…
彼の活動、「最初からすべて」、ねつ造だったのです。
たったの一つも「発見」されたものはなく、すべて彼がつくりあげた虚構でした。
彼は1970年代から活動していたわけですから、20数年間の、「旧石器時代の研究」すべてが、一夜にしてパーになってしまったのです。
座散乱木遺跡も馬場壇遺跡も、すべて“フィクション”になりました…
この二つの遺跡は、当時の高校教科書すべてに記載されており、実際、大学入試にも出題されていたものです。
当時のある教科書には、
近年では、1976年に宮城県玉造郡で座散乱木遺跡が、1980年には
同じく宮城県で馬場壇遺跡が発見されたので、旧石器時代の人々の生
活を約20万年前までさかのぼって考えられるようになった。
と、記されていました。
ですから、1990年代に高校生であった方々は、日本の旧石器時代は20万年前にまでさかのぼることができ、その代表遺跡は座散乱木遺跡と馬場壇遺跡である、と、覚えてしまい、ひょっとしたら「今でも」そうだと思っている方もおられるかもしれないのです…
教科書は「変わってしまった」、ということを番組で取り上げましたが、「新しい研究によって変わった」ものだけでなく、「ねつ造によって変わってしまった」ものもある、というおそるべきことをみなさんにも知っておいてほしいのです。
日本の考古学界にとって、この「失われた20年間」は、あまりに大きいとしか言いようがありません…
(次回に続く)