スピーチで使える日本史(8) | こはにわ歴史堂のブログ

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スピーチで使える日本史(8) 和をもって貴しとなす


突然ですが、聖徳太子の定められた十七条憲法は、なぜ「十七条」なのか知っていますか?


え? なぜって… 必要な項目が17あったのでは??


と、考えがちですが、実はこれには裏があります。


奇数のことを昔は「陽数」、偶数のことを「陰数」といいました。

かつての日本の数字の概念には“0”(ゼロ)がありませんでしたから、1~9までが数字だったわけです。

さて、陽数の最大は言うまでもなく9となります。と、いうとカンのよい方はもうお気づきだと思います。

そう、最大の陰数は8となるんです。

陰陽、表裏合わせて「和」した、つまり調和された数字が9+8=17なのですよ。


さて、数字といえば、聖徳太子ご自身にも、数字にまつわる伝説をお持ちです。


               十人の言葉を聞き分けた。


ついつい、この話、十人がいっせいにしゃべった内容を聞き分けた、あるいは十人の訴えを一度に聞いて裁いた、などと解釈しがちですが…


飛鳥時代には、朝鮮半島からやってきた渡来人や、遣隋使に伴って多くの外国人がやってきた時代です。

法隆寺の柱の“エンタシス”(柱のまんなかの部分のふくらみ)などはギリシアのパルテノン神殿のそれを模した、とも言われています。

「獅子狩文様錦」などライオンの絵が描かれていてササン朝ペルシアから伝わったものにほぼ間違いありません。

シルクロードを通じて西方の文物が東方へ移動し、その終着点は、四天王寺のある難波でした。


当時の難波には、中国人も来た、百済も高句麗の人も来た、シルクロードを通して、ひょっとしたらペルシアの人も来たかもしれぬ…

つまり! 十人の言葉を聞き分けた、の真の意味がわかりませんか?

色々な国の言葉が理解できた、あるいは話せた、という意味ではないですか?


               和(あ)える


と、いう言葉を知っておられるでしょう。

単なる混合でもなく、融合でもない… “和え物”という料理は、それぞれの素材の原型は残しつつも、一つの料理として成立している…


中国の人でも、朝鮮の人でも、政治や立場の違う色々な人でも、なんとかそれぞれの良さを残してまとめることはできないのか…

聖徳太子はその共通項を「仏教」に見い出されたのです。


「和」とは、それぞれの「個性」ある存在を、何かの共通の価値観で、やわらかに包み込むことなのです。