堺筋を恵美須町から北へと歩く 2024年8月16日(金)

 

 今日は、堺北図書館へ行く日です。暑くなりそうなので、今日も朝から歩くようにします。

 最近猛暑なので、朝から歩く生活リズムが、やっと身に付いてきました。5時に起きて6時30分までに、ブログアップを仕上げます。できれば、昨日の悠遊探路も仕上げますが、出来ない場合は、帰ってから続きを書くようにします。朝から歩いていない頃は、昨日の悠遊探路を仕上げるのに時間をかけてしまい、早朝から歩きに出かけられていませんでした。6時30分になると、持ち物、水筒の準備をして、7時には家を出るようにしました。生活リズムは、多様にしておくことが大切だなと思います。これしかないと決めてしまうと、行動範囲が狭くなります。

 

 探路200 天王寺~堺筋線沿いの道を通り北浜~淀屋橋駅・北図書館 今日は、堺北図書館に行く日なのですが、図書館は10時開館なので、フィールドワークの帰りに新金岡駅で地下鉄を降りて、図書館に寄って帰ることにしました。まず、朝7時に家を出発して、地下鉄で天王寺まで行きました。二日前には、谷町筋を天王寺から北へと歩いたので、今日は堺筋を北へと歩くことにしました。天王寺駅から、天王寺公園、通天閣の下を通り、堺筋に入りました。

 先日歩いた谷町筋は、道幅も歩道も広く、ゆったり歩くことができたのですが、堺筋は、北向き一方通行の道で、歩道も狭いので歩きにくい道でした。さらに、日本橋、難波周辺を歩くことになるので、朝からとても多くの人がいました。特に、難波周辺にはホテルがたくさんあるので、日本人よりも外国人の方が多いのではないかと感じました。

道頓堀川近くには、「道頓・道卜紀功碑」があります。ネットで情報を調べました。

 「道頓・道卜の功績・・道頓は大坂城築城工事に従事。秀吉(ひでよし)からその恩賞として荒地だった現在の道頓堀一帯を与えられた。道頓は道卜(どうぼく)ら親戚と相談し、私財を投じて慶長17年(1612年)開削工事に着手。2年後、大坂の陣が始まり、道頓は秀吉の恩義に報いるため西軍に味方するが、落城時に戦死。以降は道卜ら親戚が中心になり工事を続け、元和元年(1615年)に完成した。当初は南堀川と呼ばれていたものを、初代大坂城主・松平忠明(まつだいらただあき)が道頓の功績をたたえ、道頓堀と命名した。大正3年(1914年)、道頓・道卜は従五位を贈られた。これを記念し、翌年、地元の有志が道卜の屋敷があった場所に石碑を建立。なお現在では、道頓は成安(なりやす)姓であったことが定説化している。」と言うことでした。

 本町駅に近づくころには9時前になり、ここでは会社員の人達が地下鉄駅から川の流れのように出てきて、それぞれのビルの中へと吸い込まれていきました。世間の人は、働いているのだなと思いました。

植物は、チョウセンアサガオ、の写真です。

本は、堺北図書館で、次の3冊を借りました。

①糸井重里他『賢人の手帳術』幻冬舎2012

②中川汀雨『書道奥の細道』金園社1986

③バーネット、脇明子訳『秘密の花園』教文館2023

 

 仮想研651 チョウセンアサガオとキダチチョウセンアサガオ 今日は地面に広がるチョウセンアサガオの写真を撮りました。木からぶら下がるように花をつけるキダチチョウセンアサガオもあるので、その違いについてネットで調べてみました。

 「☆チョウセンアサガオ(朝鮮朝顔)・・ナス科チヨウセンアサガオ属ダチュラ属、学名ダチュラ、別名:キチガイナスビ、マンダラゲ。日本では1年草。熱帯アジア(インド)原産、花期8月~9月、茎は太く、葉は互生し、広卵形で先端は尖り長い葉柄があり、葉腋からロート状のアサガオに似た白い花を付ける。果実は大型で棘が密生し、成熟すると4裂して扁平な種子を多数散布する。園芸品種として赤色や八重咲きもある。園芸上ダチュラと呼ぶ時は、近縁種のナス科キダチチョウセンアサガオ属を指す場合があり混同されているが、現在は別属に分かれているので違いははっきりしている。チョウセンの名は、単に海外から入って来た意味とされ、極東で曼陀羅華と呼ばれ、鎮静、麻酔薬として使われた事がある。

 ☆キダチチョウセンアサガオ(木立朝鮮朝顔)・・ナス科キダチチョウセンアサガオ属ブルグマンシア属、多年草、英名:エンジェルトランペット(ツリー)。花の長さ30cm程あり、白、ピンク、赤、黄色等がある。花期:9月~11月。全草有毒な植物で注意が必要です。特に果実や蕾がオクラに似ているので誤認され易いので近くでの栽培は避けた方がいい。」(花の徒然なるままに)と、書かれていました。