『弱者の戦略』を読む 2020年8月20日(木)
二日間あまりに暑く、また、蚊も多いので、公園の花から遠ざかっていました。毎日の水やりは、夕方、子ども会のご家庭がやってくれていたので、枯れることはないと安心していました。しかし、今朝、見に行くと、マリーゴールドは枯れた花が多くなり、ペチュニアも花が終わって種が出来始めていました。毎日、花柄を取り、雑草を抜かないと、花の数が一気に減ってしまいます。今朝は、午前5時過ぎ、日の出(5時23分)前に、一回目の花柄取りと、草抜きをしました。蚊除けのスプレーをしていったのですが、たくさん蚊にさされてしまいました。次に、9時頃に水やりをして、再び10時頃に花柄取りと草抜きをしました。プランターの花は、2回お世話をすると、スッキリと綺麗になりました。毎日、手間をかけてあげないと、綺麗な状態で花を咲かせ続けることが出来ません。しかし、蚊が多くて、困ったものです。あと二日間、昼間の最高気温が38度近くの高温になりそうですが、その後は33度程度の平年気温になるということです。蚊の対策をしっかりして、花の世話を頑張ろうと思いました。
今日も、一番暑い(37℃)時刻の午後2時から4時まで、今日も駅前のドトールに行って本を読みました。
稲垣栄洋『弱者の戦略』を、2時間読みました。気になる箇所を書き出しました。
070 ゾウリムシとミドリゾウリムシは、住む場所とエサが異なるのである。ゾウリムシは、水槽の上の方にいて、浮いている大腸菌を餌にしている。一方、ミドリゾウリムシは水槽の底の方にいて、酵母菌を餌にしている。このように、同じ水槽の中でも、住んでいる世界が異なれば、競い合う必要もなく共存することが可能なのである。これが、生態学の分野で「棲み分け」と呼ばれるものである。
072 このように、場所やエサをずらしながら、共存する「棲み分け」は、生態学者の故・今西錦司博士が、カゲロウの幼虫が川の流れの急なところと流れのなだらかなところで、種類が異なることから発見した現象である。ダーウィンは生物が生存競争の結果、進化を遂げるという進化論を展開したのに対して、この棲み分け理論は、当初、生物社会は競争をするのではなく、平和共存をしていると説明していた。しかし最近では、激しい競争の結果として、棲み分けが起こっていると考えられている。
098 西洋タンポポは、日本タンポポのニッチを奪っているわけではない。日本タンポポが生えているような草むらに、西洋タンポポは生えることができないのだ。それでは、どうして私たちのまわりで西洋タンポポが増えているのだろうか。西洋タンポポが生えるのは、道端や街中の公園など、新たに造成された場所である。このような場所は、土木工事によって日本タンポポが生えていたような自然は破壊されている。こうして大きな変化が起こり、空白となったニッチに西洋タンポポが侵入するのである。よく、西洋タンポポが日本タンポポを駆逐しているように言われるが、日本タンポポの生息場所を奪っているのは、人間なのである。
111 実は、スズメノテッポウには、田んぼに生えるタイプと畑に生えるタイプがある。田んぼに生えるタイプは、種子が大きい代わりに種子の数が少ない特徴がある。そして、畑に生えるタイプは、種子が小さく種子数が多いのである。どうしてこのような違いが見られるのだろうか。田んぼは、いつ頃耕すかが毎年おおよそ決まっている。耕されるという環境の変化は大きいが、耕されるまでに花を咲かせて種子を落としてしまえばいいから、変化が起こる時期が決まっているという点では、比較的、安定した環境なのである。そのため、少しでも競争力が高まるように、大きな種子を作るのである。一方、畑はどんな作物を作るかによって、耕す時期がさまざまなのである。自分が成功したからといって、子どもが同じ方法で成功できる保証はまるでない。そのため、たとえ小さくともたくさんの種子を作って、可能性にかけるのである。
130 川で育ったオスは小さい。あまりに小さすぎて別の魚に見えるくらいである。たとえば、ベニザケの川にとどまったものはヒメマスと呼ばれる。まったく別の魚のように呼ばれているのである。また、川魚のヤマメはサクラマスの川にとどまったものである。アマゴは、サツキマスの川にとどまったものであるし、イワナはアメマスの川にとどまったものである。このように川にとどまったタイプは、海に下ったタイプと似ても似つかない姿になるのである。海から川に遡上した大きなメスに、小さなオスが近づいても、まるで別の種類の魚であるかのようなので、大きなオスはあまり気にしない。
144 生物は敵がいることによって進化する。これを説明するのが、生物学者リー・ヴァン・ヴェーレンが提唱した「赤の女王仮説」と呼ばれるものである。「赤の女王」というのは、ルイス・キャロルの名作「不思議の国のアリス」の続編である「鏡の国のアリス」に登場する人物である。「鏡の国のアリス」の中で、赤の女王はアリスにこう教える。「いいこと、ここでは同じ場所にとまっているだけでも、せいいっぱい駆けてなくちゃならないんですよ」 こう言われてアリスも赤の女王といっしょに走り出す。しかし、まわりの風景はまったく変わらない。まわりの物も全力で走るアリスと同じスピードで動いていたのである。だから、そこにとどまるためには全力疾走で走り続けなければいけないのだ。
152 弱者だからと言って、強者から逃げ隠れするばかりが能ではない。弱者にとって、もっとも高度な技は、強者の力を利用するということではないだろうか。本当は弱いのに、強い者の権威を借りて威張ることを「虎の威を借りる狐」という。この言葉は、こんな故事に由来している。トラにつかまったキツネは、トラに向かってこう言った。「私は動物の長になるよう神様から命じられたから食べてはいけない。嘘だと思うなら、私の後からついてきなさい。他の動物は私の姿を見て恐れをなして逃げて行きます」こうしてキツネとトラが歩いて行くと、動物たちはトラを見て逃げて行った。しかし、トラは動物がキツネを見て逃げて行ったのだと思い込んだのである。キツネは強い動物ではないが、トラと一緒にいることで他の動物たちは逃げ出したのである。自然界でもこうして身を守っている生き物がいる。
167 地球に生命が生まれたころ、直径数百キロという小惑星が地球に衝突した。そのエネルギーで海の水は、すべてが蒸発し、地表は気温4000度の灼熱と化した。そして、地球に繁栄していた生命は滅んでしまったのである。このような海洋全蒸発は、一度ではなく、何度か起こったかも知れないと考えられている。この時に生命をつないだのが、地中深くに追いやられていた原始的な生命であったと考えられている。次に訪れた危機は、地球の表面全体が凍結してしまうような大氷河時代である。地球の気温がマイナス50度まで下がった全球凍結によって、地球上の生命の多くは滅びてしまった。しかし、今度は海深くに追いやられていた生命が生き延びたのである。このように地球に危機が起きるたびに、命をつないだのは、繁栄していた生命ではなく、競争を逃れ僻地に追いやられていた生命だったのである。わずかに生き延びた生命は全球凍結の後に、大きな進化を遂げる。
170 こうして生物の進化をたどってみると、私たちの祖先は常に危機にさらされる弱い存在であった。だからこそ「弱者の戦略」を発達させ、困難を乗り越えてきたのである。後の創作とする説もあるが、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの言葉に次のようなものがある。「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」
171 西洋の諺にこんな一節がある。「一番強い者は、自分の弱さを忘れない者だ」私たちは弱い存在である。だからこそ、強く生きることができるのである。
4時過ぎにドトールから家に帰って、5時頃から、大泉緑地へ1時間ほどフィールドワークに出かけました。あまり昆虫は見かけないのですが、ツクツクボウシやアブラゼミが鳴いていました。樹液が出ている木に、カナブンが2匹集まっていました。