時間の使い方を上手にしなければ 2019年3月11日(月)
世の中の先端を生きている人は、時間をとても大切に使っています。ボーッとしている時間はなく、食事をしながらも、会議の移動も、すべての時間を自分にとって有効な時間にしています。短い隙間の時間をどのように過ごしているかということをみると、その人の生き方が分かるのでしょう。
学校で仕事をしている時は、私もかなり時間に追われて仕事をしていました。給食をゆっくり食べるなど殆どなく、さっと食べて仕事の時間に当てていました。日記を見たり、プリントや漢字ドリルのチェックをしたり、提出されたノートに目を通したり、給食の時間から昼休みにかけてはとても重要な時間でした。学年だより、学級だよりもずっと書いていて、特に学級だよりは、週に2、3度は出していたので、その原稿も書きます。ゆったりと構えて書く文章ではなく、頭をフルに動かしながら限られた時間の中で文章を仕上げていました。
家でも、動ける時は、このようにサッサと行動していると、やらなければならないことも進み、本も読めて、新しいことにも取り組めます。部屋の片付けも進みます。しかし、体がしんどくて、だらりと生活をしていると、頭のいろいろな機能もゆるんでしまい、何もできなくなります。結果的に、だらりとしている方がより疲れることにもなります。一方、若いときと違って、サッサと動ける時間が短くなり、懸命に動いた後の反動としての疲れも大きく感じます。サッサと動くのではなく、スムーズに動く時間を長くする方が能率的にはよいのかもしれないなと思います。
三浦朱門さんの本を読んでいます。三浦さんは、曽野綾子さんの夫で、ゆとり教育の学習指導要領の答申の最高責任者らしく、今頃になって、そうだったんだなと思っています。三浦さんは、40歳の終わりごろから、長距離走と水泳のトレーニングを始められて、記録は年を取るごとに年々下がってきて、体力がなくなっていくことを実感したと書かれています。さらに無理をして、くるぶしのあたりを骨折し、3週間ギブスを付けて外した後全く動かなくなり、長くリハビリが必要であったことも書かれていました。無理をして痛めると、若い時と違って復活に膨大な時間がかかり、なおかつ元には戻らないことを実感されていました。年をとると、体を3週間使わないと動かなくなるということでした。もう一つ、印象に残った話は、ソニーの盛田さんの古希のお祝いに行った時、70歳には見えない元気なご様子だったけれど、1年間に100回以上の海外出張を当時こなしておられて、3年後には倒れられたという話もありました。年齢に合わない無理はいけないということも、書かれています。
時間の話から、体の話になってしまいましたが、若い頃のようには無理ができないこと、しかし、体は動かし続けることが大切だということが分かりました。