新しい学習指導要領(資質・能力について)  2018年9月21日(金)

 

 新たな学習指導要領が、平成29年(2017年)に告示されています。2020年4月から使われる教科書が作られています。今は、文科省に提出されていて検定中です。検定後、修正をして合格が出ると、来年4月以降に、見本本が各都道府県の教育委員会や学校等に配布されて審議採択され、再来年4月からその新しい教科書を使った学習が始まります。学習指導要領は、だいたい10年ごとに書き換えられていて、その時代の要請にあった教育の方針が示されます。今回の新しい学習指導要領の趣旨について、少し整理してみました。

 

▼よりよい学校教育を通じてよりよい社会をつくるという目標を学校と社会が共有し、連携・協働しながら、新しい時代に求められる資質・能力を子供たちに育む、社会に開かれた教育課程の実現を図る。

 

 まず、教育の大きな方向性は、以上の文章に集約されています。

  ・よりよい社会をつくるという目標

・社会と学校教育の連携や協働

・新しい時代に求められる資質・能力を育む

・社会に開かれた教育課程

 

 次に、ではなぜ、このような目標が出てきたのかは、次のような理由からだと説明されています。世の中の大きな変化、幼い頃から子どもが主体的に考える学習、社会の教育力の活用の視点と関係しています。

 

▼未来軸・・AIの進化による職業の在り方、仕事の中身が大きく変わる。

      国際化、グローバル化が進み、外国人と一緒に働くことになる。

▼主体軸・・高校までは基礎、応用と発展は社会で、また大学に入ってから行うというモデルは捨てざるを得ない。

      幼い時期から、基礎的な学力の育成に合わせて、将来に向けて主体的に自らの可能性を実現しようとする希望と社会や世界をよくしていくことに貢献しようとする志を、引き出し育む。

      未知の状況の中でたくましく、やりがいを持って生きていく在り方の実現

▼社会軸・・地域の人的、物的資源を活用

      放課後や、土曜日等を活用した社会教育との連携

      学校教育の目指すところを社会と共有、連携しながら実現させていく。

      「学びの地図」を、その趣旨とねらうことを保護者や社会の人々に分かってもらい、つながり合いながら、豊かな成果を生むようにする。

 

 ここまでは、だいたい文章的には理解することができます。次に、子どもたちに付けたい新しい時代に求められる「資質・能力」とは、どのように説明されているかを見てみます。

▼「資質・能力」の考え方は、「何を学ぶか」という教育の内容を重視しつつ、その内容を学ぶことで子供が「何ができるようになるか」を併せて重視する。

▼「資質・能力」とは、

→22世紀を生きる若者たちに本当の学力を身に付けさせるためには、「生きる力」を身に付けさせる必要がある。

→「生きる力」とは何かを、将来の予測が困難になっていく社会の文脈の中でとらえなおし、資質能力として具体化し、育んでいくこと。

→①生きて働く「知識・技能」の習得

   「何を理解しているか、何ができるか」

 ②未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成 

   「理解していること・できることをどう使うか」

 ③学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養

   「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」

 

 ここでいう「資質・能力」という言葉は、いったい何を意味している言葉なのでしょうか。「生きる力」という言葉へすり替えていて、資質と能力のそれぞれについて、どのようなイメージを持てばよいのかが分かりません。

辞書には、次のように書かれています。

『資質』= 生まれつきの性質や才能。天性。

『能力』= 教育や環境などの後天的要因と素質的・生得的要因の複合の結果,個人の中に形成されるもの

 

 このようにそれぞれの言葉を辞書で調べると、特に資質に関しては、教育によって伸ばせるものなのか疑問に思いました。そこで、資質・能力について考えが述べられている文章をネットで調べてみると次のような情報がありました。

 

◆ ◇ ◆ 「溝上慎一の教育論」のウェブサイトより

 『日本国語大辞典(第二版)』(小学館, 2001年)を引くと、資質は「生まれつきの性質や才能」と説明される。『広辞苑(第六版)』(岩波書店, 2008年)でも同じ意味が示され、加えて「資質に恵まれる」「作家としての資質がある」と例示される。基本的に、先天的な能力を指して用いられることの多い言葉だといえる。

 ここで、「先天的な」能力という言葉に意識を向ければ、それは生まれ持った遺伝子に規定された能力を指すことになり、教育で伸ばせる対象とはならない、結果、能力を伸ばすことはできても資質を伸ばすことはできないという見方に陥りやすくなる。しかし、個人の発達が生物学的要因(遺伝子)と環境的要因(生育環境や保護者の養育態度、教育、他者との交流など)との多様な相互作用の結果であるという見方は、発達心理学の長年にわたる研究の成果として示されている(坂上, 2014)。遺伝要因を統制して環境の影響がどの程度、どのように機能しているかを検討する行動遺伝学の研究から見ても、遺伝子を受け継ぐことがその遺伝子の発現に必ずしも至るとは限らないことは基礎的事実とされている(安藤, 2000, 2006)。一卵性の双生児でも、環境が異なることで遺伝子が異なる表現となることは、ごくふつうに見られるのである。

 生まれ持った遺伝子が発現するには環境が必要である。たとえ遺伝子を受け継いでも、環境がよくなければ、その遺伝子は発現しない。いくら親からすばらしい遺伝子を受け継いでも、ある年齢期までに適した環境が与えられなければ、子供は天才的な音楽家、作家、アスリートにはなれないのである。

 教育は環境の一つである。資質(遺伝子)は適した教育環境との相互作用によって発現する。そのように理解すれば、資質は「伸ばす」ことができ、教育の対象となる。また、どんな能力でも多かれ少なかれ遺伝的に規定されていることをふまえれば、能力も資質の一つとして広くとらえることは可能である。こうして、『論点整理』での上記の下線部の意味がとおってくる。

 ここで、「資質」とは、「能力や態度、性質などを総称するものであり、教育は、先天的な資質を更に向上させることと、一定の資質を後天的に身につけさせるという両方の観点をもつものである」(田中壮一郎監修『逐条解説 改正教育基本法』第一法規, 2007年)とされており、「資質」は「能力」を含む広い概念として捉えられている。 ◆

 

 このように説明されて初めて、「資質・能力を育む」という意味が、少し分かってきます。教育という環境によって、資質を育む、また、能力を育むということが可能であるということです。これが前提条件にないと、教育の目標も成立しません。人類の進歩は、ヒトの遺伝子の中に、また、人類の科学や文化の中に、資質や能力、そして知識や知恵として蓄積されてきています。教育はこれらをさらに発展させ、これまで経験をしたことのない状況の中で生きていくことができるようにすることが、目標とされます。最近の気象、災害などでは、未曾有(いまだかつてあらずの意味)とか、これまで経験したことのない状況という言葉が、よく使われています。また、AIの進歩も、そのレベルに達してきています。22世紀に生きる、これからの子ども達の「資質・能力」を、未知の新しい環境に開かれた状況にしていくことがもとめられているのでしょう。