先生になるということ 2017年11月28日(火)
現場の先生方の研究授業を見て出張指導をするようになってから、附属の副校長になってから、また、そして、今、こぎつね小学校を退職してから一層思うことは、子ども達を大切に育ててほしいということです。子どもは、懸命に生きようとしていて、その子ども達に生きる力を与えるような教育をしていくことが大切だと思うのです。先生が教科書をこなすだけ、テストをして評価をするだけの人ではなくて、子ども達がこれから生きていく上で、大切な力を付けてあげることを、教育の中心にしてほしいと思います。少なくとも、先生のへたな授業で、子どもの生きる時間の邪魔をしない、子どもの大切な時間を無駄なことに使わせないことが大切です。
子どもに付けたい力は、知識や技能だけでなく、自分の時間を自覚させて、自分が個性的な能力を伸ばす時間に使わせることだと考えます。本を読むのが好き、考えるのが好き、絵を描くのが好き、動き回るのが好きなど、それぞれ子どもの個性に合った成長の仕方があると思います。その、個人の特性に合った、子どもが自分の時間を満足に過ごせるようにしてあげることが先生の仕事だと思います。
そのためには、先生は、環境、状況は創るけれど、取り組み方、関わり方は、その子の選択に任せるようにしたいものです。いろいろな取り組み方を紹介することはあるけれど、それらを強制しないで、子どもが選択できるようにすることです。自由度の高い取り組みを進めることで、その子の個性的な取り組みが進むのだと思います。子どもの様子が見えない先生は、一つ決めると徹底的に同じことをさせ、子ども自身の時間も奪ってしまうようなことがあります。先生が与えた活動によって子どもが苦しんでいることが分からず、はみ出してくる子どもを非難したり、罰を与えたりすることもあります。子どもが良くないのではなく、先生の授業が良くないのに、静かにしなさい、きちんと座りなさい、ノートをきれいに書きなさい、しっかり考えなさいと言っているのです。
これら、「先生勝ちの授業」(先生だけが勝っている授業)を克服するにはどうすればよいのでしょう。これは、ひたすら、子どもの声を聴くこと、ふりかえりの記述を読むことだと思います。そして、学習の始まりに「学習のめあて」を発表させて、子どもの考え方、取り組み方、興味を聞き出し、それらを受け入れながら子どもと共に学習を創るようにしていくことが大切です。子どもの声を聴くことが出来る先生になり、子どもと共に、楽しい学習を創りだすことができる先生になることだと思います。付けてあげたい力を持つことは大切ですが、こだわりすぎることで子どもを苦しめないようにしないといけません。自分(先生)の思いや考えが、標準タイプではないのです。教師の思いや考えをはみ出していく子どもが間違っているのではないのです。先生は、子どものそれぞれの育ちを楽しむことが大切です。
子どもに対しては、「一人ひとりを育てる」という視点を持つことです。一人ひとりの学習に、そして、ふりかえりに共感しながら、その子の学び方、感じ方、成長のすごさを喜び合えるようにすることが、先生が子どもを育てる時の大切なことです。日記を毎日読み子ども理解を深め、短い返事を書くことが基本です。学習のノートも毎回提出させて、それに返事や小さな評価をします。子どもを育てるということは共感をすることです。先生が、クラス全体に対して、一律に話している授業、「君たちは・・・」と語りかけて説教している時は、子ども一人ひとりが違っているので、不満を持っている子どもがたくさんいるのです。学習も、一つの見方や考え方を教え込んでいると、ほんの一部の子どもだけが学んでいて、多くのついていけない子どもと、多くの飽き飽きしている賢い子どもがいるのです。
それぞれが、自分のスタート地点から、自分の興味の方向で、自分のスタイルで、自分のペースで学ぶ学習は、とても素晴らしい時間です。学ぶ対象は、教師がある程度決めることはあってもいいのですが、選択肢の自由度が多くあるようにしたいものです。子どもが生き生きして、自分の成長を自覚しながら、学びを創造していくと、予想以上の素晴らしい力を発揮し、思いもよらない学びが展開されます。
そんな先生になってほしいと、考えています。
<前回の学びのふりかえり> 大学こぎつね
TD 自由研究発表では、みんななれてきているのか、プリントの内容がしっかり伝わってきたし、書きやすいようにしてくれたのか、ゆっくり話してくれる人もいて、より伝わりやすくなってきたように思います。また、メモを取るのも、単語を聞き取ったメモも、初めよりも多くの事についてメモが取れている気がして、毎回成長していると思いました。
NK 学習指導要領について、すごくまとめられていました。一番頭に残っているのは、生活科を通して、自分が成長をするということが大切だということです。実際、私もこの生活科の授業を受けて大きく成長できているなと思いました。今までは、こんなにも身の回りの自然を意識したり、考えたりしていなかったので、まず、考えられるようになったのは大きな一歩なのかなと思います。そこからいろんなことに発展していて、自由研究ではGoodをもらえるようになりました。今までもらったことがなくて、凄く頑張ってよかったなと思える瞬間でした。
TD 生活の授業こそが、一番大切な授業だと思うと言っていたのを聞いて、たしかにそうだなと思ったし、生活の学習指導要領にもある通り、体験や経験を自分自身の生活に生かすが、生活の目標だと思っていたから、本当に一番大切な授業だなと思いました。アクティブラーニングについて、昨日のニュースで取り上げられていたり、学園ドラマに出てきたりと、今まさに注目されているんだなと思った。
NM 「ヤッターマン作り」と「しごと」の学習をつなげると、自分は今までどのようなことをしてきたのかもわかるし、大きくなった時、同じような役割ができたとき、思い出しが簡単にできるんじゃないかなと思いました。たとえば、朝の会、朝の元気調べだと、人前で話す力がつくので、自分の意見を伝えられると思います。朝の元気調べだと、自分が先生になった時、観察力がつくので、子どもの様子の変化、自然の変化にも気づきやすくなり、よいと思いました。
NO 自分も昔、やってみたかったなあと思う授業がたくさんありました。Wさんの発表を聞いて、昔、ダチョウの卵を学校に持ってきた子がいて、それでみんなでホットケーキを作った楽しい思い出がよみがえってきて、懐かしい気持ちになりました。こういう気持ちになるのも、この生活の授業の良さかなあと思いました。生活の授業は、話を聞き、メモをするので、集中してあった言う間に過ぎ、とても濃い授業を受けているなあと、改めて思いました。私が先生になったら、子ども達に目標を持って生きることの大切さを教えたいです。
NH 人の発表を聞きながらメモをとるのは難しいけれど、メモした全体のうちここは大事だと思ったことを、自分なりに抜き出しまとめることで、聞く力からまとめる力まで、身に付いていいと思う。友達はこんなことを言っていたのかと、目に見えて分かるので、発表側も発表したことに意味ができ、気持ちがいいと思います。これは、大学の授業内でもいえることだと考えました。受け身の状態で先生の話を聞いているだけでなく、メモを取りながら聞き、それを自宅学習として家でまとめるなどすることで、復習になり、聞くだけの授業よりも、断然学習時間は多くなるし、頭に残ると思います。ノート作りや調べ学習をするよりも、今すぐ始められるメモ取りは、「中、高と復習やるやる詐欺」の私には、うってつけの学習方法だと思いました。さっそく、明日の授業から取り組んでみます。
HG 私が住んでいたのは田舎というのもあって、常に自然に囲まれて生きていたので、大阪に来てから自然の大切に気づけたし、ニワトリを合計6羽家で飼っていたので、それの観察日記を書いてルンルンで学校に行ったことを今でも覚えています。
ND 皆、それぞれやっている事、思っている事、印象に残っている事、大切だと思っているものなど、違いが見ることができて新しい学びになりました。どれが良くて、どれが良くないとか、正解はなくて、いろいろな教科や意欲への基礎になっているのだなと思いました。今、社会の中でいろいろな問題があるけれど、それを解決に持って行く力は生活で養っていけるのではないかと思いました。一度、それについて考えるのも面白そうです。自分が学んでいるという事がどこに繋がっているか知れたら、より意欲的に、興味ある事に特化して取り組めます。
HG 生活科とは、子どもたち自身で、興味あるものを調べ、人との関わりを大切にして、学んでいくものだと思いました。その興味あるものを調べてどんどん知識を増やしていってほしいと思います。私は最近、大学の授業を寝ないでしっかりと聞いています。それは、生活科も同じで、自分が知識を増やし、自分ならこんな授業をする、子どもにこんな接し方をするなど、自らいろいろなことを考えるようになりました。こぎつね生活で書いていたように、高い授業料を親に払ってもらっているのに寝ているだけでは親に申し訳ないと思いました。大学でしか学べないこと、大学のこの先生しか学べないことをしっかり聞いて、子ども達の学習力、行動力を生み出せるような教師になりたいと思いました。
HD 小さい間にしかできない貴重な経験だと思いました。生活科は自分達の生活の基盤になっていると感じた授業内容でした。自分達で考え、なおかつ楽しく、友達と学ぶことができるような学習はあまりないので、低学年で終わらせるともったいないと思いました。
HD 人の発表を聞いてメモすることで、いつもとは違う友達の新たな一面を見ることができました。当てられてイヤイヤ発表する、寝ていて聞いていないことが、この生活科では全くないのが素晴らしいと思いました。きつね先生の授業の仕方に、最初は、え?面倒って思っていました。ですが今になると、きつね先生のおかげで、発表する力、聞く力、まとめる力、メモする力、考える力、思い出す力を見つけることが自然にできて、先生の教え方を今ではリスペクトしています。(Re:リスペクトって、調べてみました。敬意を表すことなのですね。ありがとう。)
HT みんなの発表から、10年くらい前に受けたはずの生活科の授業なのに、まだ覚えているんだと驚いた。どれだけ年月が経っても楽しかった授業や印象が強かった授業は、頭に残っているものだなと思った。先生のプリント読んで、生活は進め方次第で、子どもが自ら学ぶ時間としてとても良い教科だと思うようになったとあるが、まさに、その通りだと思った。これは、悪く言えば、先生の進め方によって、子どもが自らの学ぶ時間をドブに捨てることになるということだと思う。
HN 自分達が受けてどう思ったのかと比べると、私が先生になった時はどうしたらよりよくなるのかわかると思いました。小学校で学んだことを10年ぐらいたっても思い出せる授業は、小学生の自分なりに学んだことがあったのかなと思いました。「どうしたら、子ども達が学んで、心に残っていく授業を作れるのか」知りたいと思いました。
HM 私が、1,2年の時に何をしたのかは全然思い出せなかったけれど、他の人の発表を聞くうちに、思い出せたので、良い時間でした。そして、自分がやった生活科の内容で、どんな力を身に付けるために学習をしていたのかを知ることができて、私も教師になったら、「何をすることで、子どもにどんな力を見付けさせることができるのか、成長を感じられるか、」など伝わる授業をしたいと思いました。
HM 自由研究は、自由だからこそ、一人ひとり違ったことについて調べることができる。そして、相手の発表を聞いてそれを短い文章で自分の言葉でメモを取ることによって、黒板に書くときに困らないと思いました。今回、生活の授業についての自由研究を聞いて、生活の授業が大切なことが分かったし、目的も分かりました。また、独自学習することで、生活の学びの基礎が先生に教えてもらわなくても、殆ど理解できると思いました。もし、私が教師になって、生活の授業をするときは、自由研究をして、発表させたり、メモを取ってもらったり、街探検をしたり、独自の学びをさせてあげたいと思いました。そうして、子ども達の興味を育ててあげたいと思います。
FS 2週続けて自由研究の発表をしていて、みんなのクオリティの高さと内容の濃さなどがとても伝わり、質問したいことがたくさんあった。こうして、「自ら質問したい」という気持ちを持つことはとても大切だと改めて思うことができました。こぎつね生活を読んで思ったことは、本当にたかが毎日日記、たかが自由研究ですが、私たちはそれをすることで、自然と独自学習を自らして、自分への成長へとつながっていることに気が付きました。9回目の授業ですが、感想を書くのが毎回多くなってきていることにも、うれしく思い、自分への成長につなげていることが、うれしく思いました。少しずつの積み重ねが、私自身を成長へとつなげて、これから、将来、教師になった時にも、子どもが自ら成長につなげていけるように、もっと生活の学習を頑張っていきたいです。
HH 1回目の自由研究より2回目の方が、はるかに出来がよく2回目でこのレベルなら、きつね先生の担任した、1000回目の自由研究は、どんなものなのかと興味がわいてきた。自由研究はネタが尽きるのではと思っていたけれど、尽きるというよりは、より精巧で素晴らしい作品が出来上がっていくのだと気づいた。たとえるなら、毎日1回、ガラス玉を磨いていくような感覚だ。この生活の授業が始まって、私自身、変わり始めたことがある。「通学路に咲いているピンクと黄色のグラデーションになっているあの植物はなんだろう」「先週の火曜日から、白い息がでるようになった」など、当たり前に通り過ぎていた日常に、疑問や気づきが持てるようになった。
MG 学習指導要領のことについて調べている友達が多くて、もうすっかり内容が頭に入っています。やっぱり、友達の話を聞いて学ぶ方が、頭に入るんだなと今日も自覚することができました。このような、自由研究、自分で調べたいことを調べることができたら、より学びの質も高まるし、とても楽しいと思うのと、これを年間1000点もすることで、おたずねもあるから、しっかり答えられるようにしないといけないから、責任感も生まれて、とても良いと思う。
MK 子ども自身が自分自身の成長に気付くことが、良い生活科の授業と聞いて、確かに自分の成長に気付く事によって、もっとできることを増やしたいや、闘争心がつくと思うので、子ども達のやる気も増えて、とても良いことだと思う。
MH 自由研究をして発表するといえば、小学生のするレベルの授業だと思っていたけど、大学生の今、やってみても意外と楽しく、さらに学べることがたくさんあって、びっくりしています。生活科の授業は、自分に必要な力を養うことができるし、何より、自分の成長に気付けるという点では、大人になっても大切なことだから、ぜひ、生活科の授業をもっと継続してできる環境になってほしいと思います。20年間も子ども達と「しごと」学習をする先生を見かけるのは、きっと最初で最後ですが、私はそんな先生になりたいです。私自身、生活科の授業で、何をしたのか、殆ど記憶にないので、皆の発表を聞くたびにうらやましく思います。
MS 一番感じたのは、時間がすぎるのが速いなと思いました。他の授業は、ただただ長い90分だけど、発表の内容を含め、おたずねの時間もすごく楽しかったです。メモを取るのは手が疲れるしたいへんだけど、あとから見返した時、自分がどういう風なメモの取り方をして、どのようなことを感じたのか、思い返すことができるので、おおざっぱでもいいから、しっかりメモを取ることが大事だと改めて思いました。次の自由研究で、あれをしようと決めているので、家に帰って、自由研究をするのが、少し楽しみです。
YK やはり、自分が自然と楽しく体験していることが、結果的に学びに繋がり、五感を通して、人との関わりをしているのだなと思いました。スクリーンを見ながら書いて聞くということをしてみたけれど、書くスピードは遅くなり、まともに話が耳に入ってこなかった。大学の授業でも、それが当たり前になると、ただ書いただけで何も学べていないと思いました。見て書くよりも、聞いて自分の文章でまとめながら書くということが、どれだけよく学んでいると、実感できました。
YD 日々の生活の発見や疑問を持たせる時間を大切にしていくべきであると思った。授業としては大きく時間をとらなくても、朝の会や毎日の日記によって、「生きる力」というものは育っていくのだと感じた。生活科の活動によって、命の大切さや、言葉使い、礼儀、挨拶などの生きていくうえで必要な力が、そだっていくのだと改めて気づくことができた。私たち教える側の考えや発想力、知識によって、生活科の内容は大きく変化していくので、私たちも子どもに負けず、学習を続けていかなくてはいけないなと感じた。
YT ふりかえりのところに、「疑問に思う事」を週のテーマにして生きていますと書いてあって、楽しそう、私もやりたいと、思いました。疑問をそのままにしないで、疑問を考えることで何か答えを見つけるかもしれないし、見つけなくても、何か得たことがあるかもしれないから、私もやってみます。
WD こぎつねだよりを読んで、この生活の授業は終わった後に、皆、何かを得たような顔をしています。私自身も、生活の授業のあとは達成感があります。なぜかなと考えた結果、自分が一歩、夢に近づいた瞬間だと感じることができるからだと思います。生活は絶対に将来、活用できると思います。
AR 先生は黒板に字を書いて、教科書を読み聞かせるだけで、とても楽しいかもしれませんが、子どもはつらいです。本当の授業はその逆です。先生がどうしよう、どうやったら学んでもらおうと悩んだ結果、子ども自身でよい授業、学びに変えていくのが、本当の姿だと思いました。
IW 1、2年生は人生の学びの始めである。そこで、自分とはどういうものなのか、自分という一人では生きていないことを、周りには社会があり環境があること。それと関わることが大切であることを学ぶ。人生の学び始めがつまらないものではいけない。自分が生きる成果を学ぶ、知るのである。メモを書き、日記として残るものを作り、振り返ることができる。もちろん、日記で、子どもの天才性、独自性も育つ。さらに文章力、語彙力、論理力が育つ。生活科という一つの授業で、ここまでたくさんのことを学べる力がつくのだとわかった。子どもの1、2年生という大切な時間をたっぷりと学びに使うことができる、大切な時間だと思った。子どものための授業を、無駄なく使うことができるように、サポート、準備するのが先生の仕事だ。生徒の力を無駄なく使える授業を次までに考えたい。
IS 自分で調べた同じことを調べている人の発表でも、自分とは考え方も書き方も違うから、とても興味深かった。ほかにも、生活学習につなげて研究をして、自分なりの学習構造をもって発表をしている人がいて、先生みたいで、すごいなと思うと同時に、自分も頑張ろう、負けないようにと、対抗心がもてたのが、授業の効果だなと思った。メモをする問い、自分なりにまとめた分でメモができるようになったと気付いて、これも生活科の授業効果だと思った。子ども達にも学ばせたいことだなと、授業の意図も改めて分かった。母校の小学校を訪れるのもいいかもしれないと思った。(Re:短い期間でも、ボランティアで、子どもとかかわることをさせてもらうといいですよ。)
AD 先生のプリントに「私を常に鍛えないと、子どもに良い学習はさせられません」と書いています。それを読んで私は、よい学習をさせるために、自分を鍛えることを頑張りたいです。そのために、時間がある今、いろいろな経験を積もうと思います。本を読む、調べるなどは比較的大人になって働いてからでもできます。しかし、実際に体験という経験は大学生という今しかできません。いろいろな人の研究を見て、将来自分が授業を組み立てる側に立つという実感が少しずつ湧いてきました。もっと深いところまで、一つ一つの活動の意義を知らないといけないと感じています。
UM 最近3行日記を書き始めたのですが、始めたばかりで、その日の出来事を3行でまとめて伝えることはすごく難しいです。でも必ず、自分の力になると信じて続けようと思います。これは、生活科の課題として課される自由研究にも通じるものだと考えています。簡単に分かりやすくまとめ、それを言葉に、文章にするのはすごく難しいです。だけど、書いていてとても楽しく、続けていきたいなと思えるものです。自由研究だけでなく、自分が教職に就いた時の、板書にも通じるものだと考えます。子ども達に教えるには、複雑な文章ではなく、簡単でその上具体的に書かなければなりません。
OT 子ども達は大人よりも考え方が豊かで幅広いので、いかにその輪を広げるかが私たちの役割だと思う。難しいけれど、しっかり学び、習得しなければならない。どんどん日が経ち、生徒から教える立場になってゆくから、視野を広げてたくさん研究し、学びつくしていきたい。
OK 自分が先生になったときの計画のような発表をされていて、すごく伝わってきました。生活科の意義、目標、めあて、遊び、学びなど、全てが分かったような気がします。生活科の授業でいろいろなところとつながっていることが分かりました。楽しく学べる、よい授業だと思いました。
OK みんなの自由研究から学んだ授業作りは、どの教科、どの学年においても役立つと思いました。伝え合ったり考え合ったりすることが大切という内容をまとめている人がたくさんいました。「大切」だけで終わってしまっては、授業作りに生かせないと思います。どうすれば、そのような力がつくのかを工夫した授業作りをしていきたいです。
ON 生活科とは、①気付いたことを生活に生かすことを学ぶ、②学習をしてまとめることにより、思考力、判断力を身に付ける、③学習を通して苦手なものを克服する、④生活をよりよいものにするために、生活リズムの整え方や安全について学ぶ。だと、発表を聞いて思いました。周りに興味をもち実行するだけでなく、ふりかえり、伝え合うことで、学習をよりよいものにできるのだろうなと思いました。こぎつね生活を読んで、大学生活の大切さに気付きました。高校生の時から海外に行ってみたいと思っていましたが、この4年間が最後の学ぶ時間だと考えると、すごく無駄な時間をすごしていたんだなと思いました。1分も無駄にしないように、この4年間で、保育の事、教育の事、英語など、興味があることに時間を使いたいと思います。(Re:思い続けると叶います。海外で授業をしたいなと、教師の時に思っていると、海外派遣のメンバーに選ばれて、アメリカの小学校で授業をする機会をえることができました。ノバで、英会話をずっと習っていて、少しだけ、アメリカの子ども達と話すことができました。)
KN 入学して一緒の期間勉強しているのに、私との内容が全く異なっていて、もっともっと自分もこんな風にしないといけないなと思いました。そのためには、授業でのまとめ方から変えていかないといけないと思いました。自分なりにまとめることが苦手な私は、周りと差がついていると気がつきました。将来の夢に向かって勉強すればするほど、自分の出来なさ、なさけなさがにじみ出て、今すごく焦っています。何から始めるべきか、まさに試行錯誤をしないといけないと思いました。(Re:気付くことは、スタートしたということです。気付かないというのが一番問題です。日々の時間を、自分の成長のために使うことですよ。)
KY 同じ学年でこんなにもすごいことを調べていたり、うまくまとめていたりする子ばかりで、もっと自分も頑張らないといけないと思った。次の自由研究は、みんなに負けないようなものを頑張ってできたらいいな。私がそう思っているように、子ども達も友達の発表を聞いて、自分も頑張ろうとやる気になると思う。
ST ほかの人の発表を聞き、これまで先生の授業を受けてきた上で、生活とは、自分で学び、その学びを深め、ふりかえり、皆に発表し、反省し、次の学習につなげるといった、人生においてとても重要で社会で生きていくなかで最も必要とされる力をつける授業だと思います。
SM どこで誰と出会わせるかで、子どもの育ち方は変わってくると、こぎつね生活を読んで、私はこのフレーズに一番関心を持った。本当にそうだと思います。子どもは素直でなんでも受け入れ、成長していくから、子どもの頃に誰と、何をするのかが、とても重要だと思います。(Re:子どもの脳はすべての可能性に対して、受け入れる可能性を準備して窓が開かれています。いい加減な体験、実践では、多くの脳の窓は、「そんな程度だな」と感知して、閉じてしまいます。子どもの脳が必死になるような状況、環境を作ることが大切です。たかが小学校の修学旅行ですが、東京大学へ見学に行き、電通・共同通信で話を聞き、ユニセフのパネルを見て考えるなど、最先端で学ぶことがとても大切です。学びとは、可能性を開くことです。)
SG 自分で書いたのを発表して、他の発表者と比べて中身、内容のなさがすごく分かる。発表中の話し方も、うまくまとめられなくて、「生活」で学ぶとされている表現力、伝える力が養われていないと痛感した。子どもにどういう学びをしたいという前に、自分ができなくてどうするのと思った。これも前の授業で配ったプリントで書いていた通り「学んだつもりでいる授業」を受けた結果だと思うので、今後考えていきたい。次の自由研究では学習導入についてなので、これまで書いた2つや、周りの子のものを参考にしながら、ちゃんとしたものが作れたらと思う。
TM 私自身も、この自由研究を必死でまとめたし、おそらく皆さんも一生懸命まとめたので、本当にきちんと聞いてくれていたということだ。私は最後なので、もうふりかえりとかを書き始めているんじゃないかと思ったけれど、顔を見てしっかり聞いてくれていたことに感謝したい。発表の間に、ちょくちょく先生が補足してくれました。そうすることによって、発表する側もとても楽で、ここまでみんな理解できているなとか分かるので、進めやすい。私はもっと、この人(先生)に聞きたい、質問してみたい、プライベートでも話したいと、思っていただけるような発表がしたい。
TZ 前に立って発表をしてみて、経験の少なさを実感した。自分が聞いている側だった時には、聞いていてこうまとめを言ったら分かりやすいのになとか、思って聞いていたが、自分がいざ話してみて、すごくぐだぐだだったなと思った。他の発表者は、レポートのまとめ方だけでなく、話すことへのまとめ方も本当に上手だったと思う。小学生のころには多かった、前に出ての発表も、中学、高校、大学と、年を経るごとに減ってきている。それなりの大変さもあるが、同時に、とても良い経験になることを今回の発表でよくわかった。これから、実習などで前に立つ機会や、実際教師になったら前に立つことしかないので、本当によい練習になった。
きつねT:「自分の生き方を自覚する」という事は、今、目を覚まして、自分の生き方を考え、行動をすることです。学級の子ども達も、日々の学習は、自分のための学びであると自覚させると、真剣になります。先生がどうあろうと、親がどうあろうと、自分が、自分の為に動き始めることが大切です。小学校の私の学級では、常に、参考書、辞書、事典を持ち込むことが当たり前になっていました。皆さんは、参考書を持ち歩いていますか。机の上は、教科書以外の参考書をたくさん持ち込み、開かれていますか。例えば、歴史では、年表、歴史人名辞典、歴史参考書が机の上にあり、算数では、数学事典があり、理科では、学習参考書、スーパー理科事典があり、さんぽの学習では本やネットで調べた資料が持ち込まれていました。いくつかの参考書や辞書事典を、授業と並行して使いこなすことが大切ですよ。