しごと合宿-4年 滋賀県「比叡山・琵琶湖・城」研究- 2002年12月
1.はじめに
最近、私は、いつもぼやいています。授業研究のため学級に来る大学生の態度が良くない、子どもの親が過保護すぎる、今の指導要領の理科教育では子どもがだめになる、子どもの追究力のある授業というけれど教師が創ったやらせばかり、学校の掃除が行き届いていなくてきたない、総合的な学習が子どものためではなく教師の実践のために行われている・・等々。また、毎週土日には、家の近くの公園で、少年野球で怒鳴り続けるコーチがうるさいのです。
いつも心が落ち着かない状態が続いていますが、こんな状態は、私一人なのでしょうか。何か違う、何か間違っていると思うのですが、大きな時代の流れの中で、子どもが自分で考えない人間になってしまわないか、また、子どもの心が傷ついていっているのではないかと悲しくなります。
2.しごと合宿を構想した理由
私達の学校の子ども達の個の成長は、中学年まではかなりいいのですが、5、6年生での育ちがどうもよくないと私は感じているのです。私の学級のことなので、私の力のなさに根本的な原因があるのですが、学校全体的にも高学年の成長に次のような傾向も感じています。例えば、①けいこ・しごと学習の追究が浅くなる。②学習交流としてのおたずねが形式的なものになり、内容に深く関わらなくなる。③学級全員の協力した取り組みが弱くなる。④心を傷つける行動や言動をする。⑤自由研究の取り組みが、本やインターネットを写してくるだけになる。などが挙げられます。
これまでも、その原因がどこにあるのか、いろいろ考えてきました。私達教師の研修会や雑談の席などでよく言われている原因は、①高学年になると各家庭が受験体制に入り、学校の学習よりも塾での学習に重点をかける。②子どもの生活が忙しくなり、学校での学びに集中できなくなる。③思春期の成長期なので自分本位になる。などと考えられてきました。
塾での学びが膨大な時間をとってきていることは、大きな原因であると思います。私が子どもの頃は、塾というものがまだ一般的ではなく、大学受験の時でも、自分で図書館の自習室にこもって勉強をしました。しかし、最近では、社会全体が、中学受験、高校受験、大学受験と、すべて塾のシステムにのらないと合格できないと思わされている現実があります。
現在、4年生では、約半分の子どもが、5、6年生では、殆どの子どもが塾に行き、4年生でも一週間に約10時間以上も塾で過ごしています。塾以外の習い事を入れると、約15時間に近い時間を、学校以外の習い事の中で過ごしています。学校での学習時間を一日6時間としますと、その三日分にも及ぶ時間を、いわゆる丁寧に教え込まれる学びの中にいることになります。そのようなシステムの中で育てられ、作られていく学力は、本当に社会に入った時に、機能するのでしょうか。自ら試行錯誤しない学びは、将来、目指しているといういい大学、いい会社に入った時、自ら活躍できる力となるのでしょうか。子どもの将来が心配です。
このような状況では、塾のパワーに負けてしまう家庭や子どもが増えているのも事実です。私達の学校でも、落ち着きのない、心や生活が乱れた子どもが増え、自立した学習が、成立しにくくなってしまっています。
しかし、全て塾が原因だとしてしまうと、外部的な要因なので、我々は愚痴を言うだけの存在になって、反省をなくしてしまいます。本当に塾通いだけが原因で、子どもの主体的な活動が弱くなってしまっているのでしょうか。
今、私達は、これまで以上に、子ども達の生活の変化の現実をしっかり受け止めつつ、時代に流されず、子どもの将来を願い、真の学習力、追究力、生きる力を付ける学習はどうあるべきか、考える時に来ていると思うのです。
私達の学習のねらいは、「子どもの自立」を目指したものです。そこで今回、高学年の育てを見通して、真の個別学習を目指した取り組みの一つとして、「しごと合宿」という活動を進めたいと考えました。この理念で、低学年から育ててきている自立した学習精神を、高学年にもしっかりと積み上げていこうと構想しました。
3.低学年と高学年の違い
私達の学校の低学年の学習は、個人を育てることを大切にしています。そのため、自由研究をはじめ多くの取り組みを、家庭に頼っている場面も事実多いのです。学校の教育を理解し、一人ひとりの子どもを育てるためには、低学年の時は、親の支援を多くいただくようにしています。このことは、間違いではないと考えています。
しかし、そのまま、高学年になっても、家庭で個別にしてくる学習、家庭の学習時間にたよった調べ学習を続けていると、塾に行く子どもが増えるので、学校から心が離れていき、学習が成立しなくなります。昔なら、図書館で調べて来なさいという課題も成立したのですが、現在のように、塾に行く時間が増えると、子ども個人の生活の中で自ら追究することが出来なくなっているのです。このような状況などを考え、特に高学年の学習のあり方が、現状にあったものではなくなり、子どもに追究力をつけることができないと考えます。
そこで、私達は、低学年は、「しっかり親が協力して子どもの世話をするように」と言ってきましたが、高学年では、「親がいかに上手に手を引いていくかが大切だ」と言っています。丁度、イギリスの全寮制の学校が11才から始まるのと同じ状況かもしれません。そこで、「しごと合宿」という、親から離れて、泊まり込みで自分達の力だけで、生活と学習を成立させていく学習場を設定しました。
4.しごと合宿の取り組み
4年生の9月、学年2クラス合同の取り組みとして、しごと合宿をしました。月組のH先生と共に、何度も話し合いを持ちながら、私達の学年の子ども達の、個が自立した追究力をつける取り組みを進めました。理科専科のS先生に賛同と協力をいただき、一泊二日の研究合宿を進めることができました。今回、きつねTが報告を書いていますが、三人の発想、実行力が合わさって成功することができているのです。
学年 4年生 76人
日時 平成14年9月10~11日
場所 比叡山・琵琶湖博物館・滋賀県の城
方法 希望行き先ごとに3つのグループを作り、電車・路線バスを使い移動する。それぞれに教師がついて、二日間調査研究をする。宿泊は山科別院に全員集まり、夜のミーティングを持つ。
5.しごと合宿の取り組み
①個人テーマを決める
これまで、親の協力もいただき、自由研究として奈良研究を進めてきました。今回、滋賀県へ行くこ
とに決め、奈良とのつながりを考えることにしました。昼間、関わる教師は3人なので、行先を、比叡
山、城、琵琶湖にしました。それぞれ、自分が取り組んでいる奈良研究とのつながりを重視して、個人
のテーマを6月に決めました。
テーマ例(一人1テーマ)
比叡山グループ
比叡山と東大寺の違い・最澄と空海・千日回峰と修業・お坊さんの一日・比叡山の歴史・最澄の一生
琵琶湖グループ
琵琶湖の固有種・滋賀の化石・生活排水と生物・水生昆虫・魚とプランクトン・水草と環境問題・外
来種
城グループ
長浜城の構造と歴史・お城の石垣・彦根城・浅井長政と織田信長・城と街道・姉川の戦い・なぜ城を造るか
②事前学習
事前学習は、個人的なものです。A4版の大型ノートを一人に1冊配布し、そのノート半分ぐらいは研究しておくように伝えました。子ども達の中には、自分の研究の資料をそろえてインデックスを付けている子もいました。手書きをしたり、インターネットの資料を貼り付けたり、写真を整理したりしました。書き写す時の注意は、分からない言葉をそのまま書くのではなく、自分の理解できる言葉に置き換えながら写す、また、一つの資料ではなく、いろいろな資料から、調べ学習をするように指導しました。合宿に行く前には、現地でおたずねしたいことの一覧表を作っておき、しっかり聞いてくるように準備させました。
③係を決める
一泊するので、生活を中心にした係も決めました。親に生活的に守られた中で学習が成立するのは低学年です。自分達で、食事、風呂、寝る、夜の話し合いなどが進められて、自立した学習の第一歩が踏み出せると考えました。もちろん、昼の各グループの学習リーダーを決めたり、事前学習、事後学習、しおりなどの係も決めたりました。お金に関わること以外の、出来るだけ全ての生活を、自分達で進めるようにしました。
④当日
それぞれ奈良の出発時刻が違っているので、朝乗る電車もグループごとにしました。また、比叡山と琵琶湖は、二日とも同じ場所で学習し、城は、二日かけて移動しながら学習を進めました。夜は、全グループが山科に集まり宿泊しました。
例えば、琵琶湖博物館での学習の様子は、一日目は、午前中は全員による見学とS先生による展示レクチャー、午後は一人学習、二日目は、午前中は、学芸員からのレクチャー、午後は一人学習というスケジュールでした。学芸員からの説明は、30分ぐらいでしたが、その後のおたずねが1時間以上も続きました。それは、他のグループでも同じ状況で、お城の学芸員、比叡山国宝殿の学芸員のお話でも、後のおたずねが1時間以上も途切れないほどで、各人が疑問を持って出かけていることが感じられました。また、事前学習をかなり個別に進めていたので、そのおたずねの質の高さに、4年生と思って説明してくれていた学芸員の驚きには大きなものがありました。
夜は、山科の宿坊の大きな部屋に集まり、それぞれのグループごとに、ノート整理、自分の今日の学びの発表、明日の課題つくりをしました。また、全体では、各グループの代表が出てきて、それぞれの今日の取り組みを発表し、活動の共有をしました。
⑤事後学習
学校の戻ってからの事後研究は、各教室でノート整理に時間をとり、その後、写真などを張り込んで、模造紙2枚にそれぞれ個人の取り組みをまとめました。そして、全員が集まり、3時間かけてポスターセッション形式で聞き合いをし、さらに、各グループで一番いい取り組みの児童を選んで、それぞれ1時間ずつかけて全体発表会を持ちました。現在、全員が印刷原稿に書き直し、報告書作りを進めつつあるところです。
6.子どもの育ち
①生活の自立と学習の自立は、並行して進めることが大切であることが分かりました。子ども達は、風呂、布団敷き、片づけ、食事などが、自分達で進められると、学習もしっかり自分のものとして、責任を持って進められるようになることが感じられました。
②当日学習は、事前文献学習がどれだけ深いかで、成果が全く違うことが分かりました。
③低学年から、保護者の協力を得て自由研究を進めている成果が、事前学習ノート作り、模造紙書き、ポスターセッションなどに生きています。
④今回の成功で、個人がそれぞれに課題を持った団体研究の方法を身に付けることが出来ました。行動は共にしながら、個別のテーマで学びを深める方法が見えました。
7.おわりに
今回の取り組みは、滋賀をどれだけ深く学べたかということ以上に、限られた時間の中での学び方、目的に向かって集中していく方法を学んだことが大きいと思います。資料の集め方、おたずねの仕方、まとめの書き方、ノート整理の仕方など、かなりの研究方法を互いに研鑽しました。
来年度以降は、私達は、この方法をさらに発展させて、調査地を変えて、①現地での聞き取り方法 ②アンケートやデータの取り方 ③現地での文献資料収集の仕方 ④現地でのデータのまとめ方 ⑤事前打ち合わせの大切さ ⑥博物館、学芸員との連携、等を身に付けさせたいと考えています。また、発表形式には、大学の先生方の関わっておられる学会発表形式を取り入れて、親や低学年に発表を開放し、さらには、ホームページで学びの公開をしていく方法なども模索していこうと考えています。
調査地としては、他の先生との話し合いが大切なのですが、私は、5年生は信州地方、6年生では東京を考えています。5年生では、信州の自然の中ではぐくまれている、日本の原点である村の生活に触れ、産業、文化、自然の調査をし、6年生では、東京で、日本の各ジャンルの第一線で活躍しておられる、芸術家、学者、作家、政治家、外交官、企業人などを訪問して、世界的な視野で学びを構築させたいと考えています。
生活が乱れると、このような素晴らしい取り組みが出来ません。基本的な生活習慣、礼儀、作法を身に付けないと、素的な出会いが出来ないのです。