しごと「仏教の学習」の探究 〜奈良の子どもの可能性 

 

1.はじめに

 「学習力の探究」というテーマで、私達は一年間、子どもの学習力の深化・発展を模索してきました。今回私は、5年生の子ども達がしごと学習の中で取り組みました「仏教の学習」の探究過程を振り返りながら、学習力を育てるしごとの在り方について考察していこうと考えます。

 学習力とは、そもそも子どもの中に備わっている「知りたい」「学びたい」という欲求を、学習環境によって育てていくものであると、日々子どもに接している私達は感じています。そこで、ここでは、欲求はまずありきとして、その欲求を子ども自らがどのように主体的に働きかける学習過程をたどって、学習力が育ってきたのかを振り返ってみたいと思います。

 

2.低学年の「奈良さんぽ」から始まる取り組み

 学習は、子どもの生活に根ざしたものであることが大切です。特にしごとは、子ども自らが働きかける独自の学習から、始まるのが基本です。

 今回の「仏教の学習」の取り組みは、既成のカリキュラムやテキストを元にして取り組んだものではありません。1年生のころから延々と積み上げてきた結果としての、子どもの学びの一過程であるといえます。ここでは1年生からの取り組みの振り返りから書き始めます。

 1年生の頃、しごと学習は殆ど学校周辺の虫取りや草花、落ち葉採集に明け暮れていたのですが、学級遠足(こぎつねさんぽ)で、奈良公園に数度出かけました。幸い学級に元興寺の娘さん(TMさん)がおられたので、世界遺産の元興寺の禅室に机を並べていただいて朝の会をさせていただいたり、お庭でチョウを追いかけさせていただいたりと、とても贅沢な時間を過ごさせていただきました。この時、子ども達の中にお寺が自然な学びの場として、位置づいていきました。

 2年生・3年生は、「奈良さんぽ」として、奈良の寺社をめぐりました。まだ幼い子ども達ですので、お坊様、宮司様からお話をしていただいてもメモをしっかり取れない状況ですが、「門前のこぎつね、経を覚える」というように、体にしみこむように奈良の歴史風土に浸っていくことができました。特に東大寺へは何度も出かけ、大仏殿、鐘楼、二月堂、若草山を巡りました。大仏様の基壇にも上げていただいてお話も伺いました。また、興福寺では国宝館で説明をしていただき、春日大社では偶然にも古式ゆかしい神事の行列に出会いました。さらに、以前、育友会会長をされておられた村上様は薬師寺のお坊様で、仏教のお話と玄奘三蔵院の見学をさせていただきました。法隆寺もお坊様の説明を聞きながら、ゆっくり見学できました。このように、こぎつねさんぽは、奈良のお寺を巡りながら、飛鳥、天平の息吹を感じていきました。

 

3.中学年で独自学習始まる

 4年生からは、さんぽだけではなく、独自学習の始まりです。子ども達は、自分が興味のある奈良の遺跡や社寺へ各自出かけて、調べ学習をしました。

 4年生の自由研究のテーマは「奈良」にしました。

WA(サヌカイトと石器)・YG(唐古遺跡)・MM(飛鳥)・NT(天皇)・SK(黒塚古墳)・WD(法隆寺)・FN(飛鳥の宮)・HM(役の行者)・TD(行基)・NK(唐招提寺)・HG(薬師寺)・IU(平城京)・KM(春日大社)・TM(元興寺)・TG(興福寺)・ON(東大寺)・FS(大仏)・SM(良弁)・TZ(正倉院)・ID(二月堂)・IT(運慶)・KY(西大寺)・SM(今井町)・TM(柳生)・AI(秋篠寺)・MD(新薬師寺)・MK(街道)・ON(高山の茶筅)・OZ(お茶)・KN(天理教)・YD(赤膚焼き)・KJ(墨)・KU(筆)・OT(一刀彫)・SK(金魚)・KS(柿の葉すし)

 

 5年生の1学期のテーマは、奈良から発展して、京都大阪まで、自由研究のエリアを広げました。

KS(森ノ宮遺跡)・WA(百舌鳥古墳群)・TM(難波宮)・KJ(四天王寺)・HG(東寺)・MM(高野山)・HM(曼荼羅)・IU(平安京)・ID(京都御所)・TG(平等院)・OZ(五条大橋)・SK(源義経)・WD(鞍馬山)・OT(清水寺)・KY(竜安寺)・AI(金閣寺)・KU(銀閣寺)・MK(広隆寺)・IT(南禅寺)・TZ(知恩院)・ON(足利義満)・NT(東山文化)・SM(北山文化)・UM(応仁の乱)・KM(安土城)・YG(大阪城)・NK(本能寺)・SK(関ヶ原)・KN(二条城)・MD(船場と運河)・FS(適塾)・ON(寺田屋)・TN(西陣織)・YD(錦市場)・TA(京友禅)・FN(平安京交通事情)・SM(堺)・TD(京都の市電)

 

 2学期は、さらに、京都・大阪研究を深める課題に、それぞれが挑戦しました。

FN(ゾロアスター教の思想)・SM(三国志)・IT(シルクロード)・WA(古墳)・TM(後期難波宮)・MK(秦河勝~秦氏など~)・IU(長岡京と平城京・平安京の違い)・ON(平安文化)・HM(平清盛の歴史)・SK(頼朝と東大寺)・OZ(武蔵坊弁慶と義経が出会った後)・HG(東寺の立体曼荼羅)・MM(高野山奥之院の歴史)・KS(浄土宗とお寺)・KU(一休禅師の一生と一休寺)・WD(日蓮聖人の一生)・AI(金閣寺の内部・TG(禅の始まり・OT(能面・狂言)・KY(水墨画 雪舟について)・NK(信貴山と朝護孫子寺について)・YZ(法然上人の一生)・YG(多聞城の歴史と人物)・TA(織田信長の一生)・KJ(大阪城)・SK(豊臣家最後の戦い)・KM(豊臣秀吉の山崎の合戦)・KN(江戸時代の文化)・MS(菱垣廻船について)・FS(緒方洪庵と緒方塾)・ON(坂本龍馬~生活の事等~)・NT(旅籠・木賃宿・本陣・脇本陣)・ID(明治天皇と明治時代)・SM(堺の打ち包丁の研究)・TN(茶道の歴史)・YD(京都の路)・TD(大阪の市電)

 

 以上のように、貴重な論文の紙面に、子どもの自由研究のテーマを延々と並べました。読んで下さる方には、子ども達の研究の様子や取り組みの深さが分からず、とても不親切なのですが、一人ひとり、何日もかけて現地に足を運んで調べた作品です。それをわずか20分ほどの時間に凝集して発表する姿は、私には勿論、発表を聞く子ども達にも、強く相互に影響を与えました。

 しかし、これらのたくさんの課題を本当に発表させられるのか、また、子どもが興味をもって真剣に聞き合えるのかと、疑いを持つ先生方がおられます。子どもの可能性はすごいのです。子どもから学ぼうとしない人に限って、そのような批判をします。子どもの発表の日時は、保護者にも知らせておきますので、教室へ見学に来られる母も多くいます。その保護者が、我が子の発表と、発表に対して鋭いおたずねをする学級の子どもの姿に、いつも感心して帰られます。感動と満足感があるからこそ、研究が延々と1年生から続いてきているのです。

 

4.5年生3学期に仏教の相互の学習を始める

 さて、個別の自由研究の発表では、人物の重なりが多くあったり、時代のつながりが複雑になったりしていました。そこで、5年生の3学期には、これまで奈良や京都や大阪の、お寺や歴史調べをしてきて見えてきた「人物のつながり」に焦点を当てました。それぞれの時代に活躍されてきたお坊様ごとに分かれて、共同して調べ、相互発表をすることにしました。

 まず、京都女子大学に子ども達と出かけて、大学の講義室で秋本勝先生に「奈良仏教から京都仏教への広がり」についてお話をしていただきました。また、元興寺の辻村泰善様には「飛鳥仏教から奈良仏教への広がり」のお話をしていただきました。さらに、4年生の時に見学させていただいた比叡山延暦寺での「最澄と空海」「千日回峰」の学習も、大いに関連してきました。

 これまで奈良や京都の自由研究発表を繰り返す間に、断片的に南都六宗、真言宗、真言密教などと、宗派やお坊さんのお名前がたくさん出てきているのですが、地域ごとで調べ学習をしているので、時代が前後してつながりがよく分かりませんでした。しかし、次第に混沌としていた仏教の学習の中に、お釈迦様から始まる、延々とした歴史のつながりがあることが見えてきました。日本の歴史の中に、仏教の役割が大きくあることがわかってきました。「仏教の学習」の形が、初めて私に見えました。

①インド・中国・タイ   

 釈迦(FNKM)三蔵法師(ITSM)タイ仏教(YD

②藤原京時代 

 聖徳太子(MKKN)行基(TDOZ)役行者(HMSK) 

③奈良時代            

 光明皇后(MD)聖武天皇(IUTAOT)鑑真(HGSMWA)南都六宗(TMIDONAI

④平安時代            

 空海(MMKJ)最澄(TNON

⑤平安・鎌倉・室町時代        

 道元(FS)栄西(TGKY)親鸞(YGSK)日蓮(WDNK)法然(TZKS

 

 以上の様な、学習の枠組みになりました。これは、子ども達と一緒に自由研究を延々と、聞き合ってきた結果だと考えます。奈良さんぽから始まって、初めて仏教の学習のストーリーが見えたということです。

 

5.仏教に取り組む子どもの姿

 WD君は、日蓮宗のお坊様になるために、すでに得度をしていて、長期休みごとに、遠くまで出かけて、お寺で修行をしています。HM君は、家が本門仏立宗なので、跡取りとしてかなり興味を持って仏教について調べています。特に役行者に興味を持って、葛城山周辺に残る遺跡を訪ねたり、大峰山や本宮にまで研究を広げてくれたりしました。さらに、TMさんは、元興寺の娘さんで、お父様の力を借りて、奈良仏教、南都六宗、飛鳥の法興寺の資料を紹介してくれました。

 子ども達は、しごとの相互学習に合わせて、劇「仏教のつながり」を集会で発表しました。脚本は、FN君が作り、それを編集しました。役行者と行基の活躍する古代の二上山葛城山周辺、大仏開眼の華やかな天平の都、遣唐使と空海・最澄、延暦寺から育つ鎌倉仏教などをテーマにしました。自分達の調べ学習を、動きのある劇に表現することで、つながりがより鮮明になりました。

 

6.仏教学習の可能性

 奈良は国のまほろば。奈良という土地柄を生かした学習に取り組みました。奈良の子どもは、仏教に真っ向から取り組める素晴らしい環境にあることが分かりました。

①お寺に関連した子ども、お寺を紹介してくれる保護者が学級学年におられるので、お坊様から直接いろいろなお話を伺うことができる。

②飛鳥、奈良、京都、大阪が近いので、古代から鎌倉時代ぐらいまでの仏教について、実地で実物に触れて学習ができる。

③自由研究の課題として、多くの子ども達が、お寺、遺跡、祭りなどに取り組むので、自由研究を並べ直し、調べ直し、関連させることで、しごと学習に発展することができる。

④自由研究の調べ学習のために、親子で奈良、京都、大阪へ行ったり、友達の発表を聞いて出かけてみたりと、家族の和がつながる生涯学習的な取り組みになる。

⑤お寺紹介ガイドブックを作るような事実記録の学習ではなく、仏教と民衆の在り方が見えるような、日本の哲学や思想としての仏教の学習ができる。

 

7.おわりに

 これまで総合的な学習の指導に、公立校へ幾度となく出かけました。そこでよく見るのは、山の学校が、山はマムシやクマがいるので危ない、海の学校が、海は危険だから海岸に降りてはいけない、川の学校が、川は毎年おぼれる人が出るので河原で遊んではいけない、と言う姿勢です。自分の地域の学習に取り組まないで、遠くの学習をしています。何が危険なのか、何がよさなのかを知ることの方が大切なのに、遠ざけてしまっています。

 では、私達奈良の学校の子ども達はと考えると、やはり、足下には歴史が眠り、町にはお寺が建ち並んでいるのに、学校で宗教教育はよくない、子どもには難し過ぎる、宗教はくらいと、避けられてきています。まるで、山河や海が危ないと言っている先生方と同じでした。

 今回、真っ向から取り組むと、仏教は日本の歴史を理解する上で不可欠なものだと気づかされました。また、仏教は、哲学であり芸術であり倫理であることが分かりました。今まで、仏教のことを全く知らないで、日本のことを語っていたなあと、羞じる気持ちで一杯です。