3年「昔の道具調べ」 ~総合と教科学習の関連の持たせ方 2002年6月
1.はじめに
総合的な学習(以下「総合」と表記)と教科学習との関係について、考えをまとめてみます。我が校の学習形態では、「しごと」と「けいこ」の関係についてという問題です。総合の校内研究会に参加すると、教科から総合へか、総合から教科へなのかが、かつてよく討論されていました。初期の頃は、国語、理科、社会などの単元学習後の発展活動として、総合がなされていました。しかし、最近では、子ども達の身の回りの出来事・環境・地域・学校行事などに取り組む総合が増えてきています。さて、今回の報告では、「総合」で育つ力が「教科学習」へどのように影響を与え、これまでの「教科学習」の在り方をどのように変えていくかについて、考えを述べたいと思います。
2.しごと「昔の道具調べ」の取り組み
当学級では、1年生より「さんぽ」を中心にしながら、奈良の文化、風土に馴染んできています。1年の学校周辺自然さんぽ、2年の奈良公園お寺さんぽ、そして、3年の奈良の町歴史・産業さんぽなどに取り組んできました。
今回は、家にある昔の道具について調べました。火鉢、物差し、天秤、蔵、火縄銃、蚕、林業、井戸の滑車、ちょぼ焼き、升、鰹節削り器、古銭、湯たんぽ、洗濯板、臼、水車、福助人形、ラジオ、テレビ、そろばん、和傘、和式トイレ、燈火器、唐箕、ワイン、釜、炭、提灯、能面、銅鏡、尺八などをテーマとし、それぞれスケッチブック一冊にも及ぶ調べ学習を進めました。実際の道具の持ち込み、インターネットやメール、デジタルカメラ、ビデオカメラなどを活用し、教室に豊かな学びを持ち込んで学び合うことができました。これらの取り組みの中から、教科学習への発展の部分に関して、考察を進めたいと思います。
3.総合から教科学習へ育つ学びの芽
①自ら学ぶ力が教科学習を創る力に発展する芽
KU「お父さんがくれたインターネットの資料と先生が下さった本のコピーを使って、まとめを進めています。」
OY「火縄銃は、インターネットで調べていますが、あまり資料がありません。図書館にも一冊しかなく、それも専門書なので、お父さんに説明してもらいながら研究を進めています。」
SM「造幣局へ行って、大判小判を見ました。」
KB「滋賀県の長浜市に行って、蚕を育てる道具を調べて、デジカメで写真をとりました。」
SG「インターネットで和傘を調べているとき、京都に日吉屋という店があることが分かりました。お店に電話をすると、親切なお店の人がぜひ見に来て下さいとおっしゃったので、お母さんと行きました。」
TN「天秤の会社に行って、昔の秤の展示品を見ながら、その会社の広報課の人におたずねをしました。」
UK「おばあちゃんの家には、唐箕があるので教えてもらいながら調べました。また、民俗学博物館へも行きました。」
KG「お父さんのおじいさんが、昔、山で炭焼きをしていたので、お父さんに奈良の室生村で炭焼きをしている所に連れていってもらいました。」
GR「今は枯れた井戸ですが、滑車で井戸の水をくむ体験をさせてもらいました。」
KN「古い装束や面を調べるために、篠山市にある能楽資料館に行きました。そこには・・・」
これら子ども達の文章にも見られるように、子どもの思いに動かされて、保護者が懸命に取り組みを支えて下さる姿があります。附属だから、また、過保護じゃないのというような、やる気をそぐご意見を頂くこともありますが、子どもを育てると言うことは、個別に保護者や教師が関わることから始まるのではないかと思います。教師一人で、学校だけで出来ることは限られていますが、保護者の方々の力を頂くと、子どもの可能性は40通りにも広がります。しかし、いくら熱心な保護者の方々でも、子どもに意気込みがないと学習行動にはつながりません。また、それなりに取り組みの価値に対する教師への信頼と理解がないと、取り組んで頂けません。そこは、教師の仕事として大切な所です。子どもが「自ら学ぶ力」、これは、環境としての保護者、教師、地域がうまくかかわることで成長していく力だと思います。
この学びは、総合の調べ学習だけに留まらず、いろいろな教科の学習へも発展していきます。受け身ではなく、自ら行動する中で学びを創ることを体験すると、椅子に座ってじっと待って居られなくなります。予習、復習、教材持ち込みが合わさった教科学習が進められるようになるのです。教師は、整理役とあまりに高度にならないように気を配る役に徹するだけでいいのです。
②総合の内容から教科学習の内容に発展する芽
OY「火縄銃とは何か?から始まり、いろいろな事が分かってきました。初めて種子島に伝わって来たこと、一番最初に使った武将が織田信長だったことも分かりました。」
YZ「火鉢に入っている石綿について調べてみると、蛇紋岩などが、繊維に変化した鉱物と書いてありました。そこで、私は蛇紋岩についても調べてみることにしました。蛇紋岩は・・。」
IU「長さの単位について調べていくと、今と昔とでは、長さの単位が違うことが分かりました。また、アメリカやイギリスでは、ヤード・ポンド法という単位を使っていることも分かりました。」
IW「吉野のおじいちゃんの家に行って、林業の道具を見せてもらいました。川上村のもくもく館へも行きました。林業の大切さを知りました。もっと木について知りたいです。」
MS「洗濯板を調べていて、石鹸の歴史、洗濯機の歴史、環境問題へも調べ学習が進んでいます。浄化センターへも行きました。」
NT「ラジオの歴史を調べていて、ラジオを組み立てることにしました。お父さんに手伝ってもらって、作ったラジオを持って発表することができました。」
TD「提灯は、仏教と一緒に中国から日本にやってきました。奈良町の提灯屋さんで、教えてもらったことも発表できました。」
TM「ろうそくの実験を家でしました。まだ勉強していない二酸化炭素のことも分かりました。火が燃えた後に出来る気体です。」
KG「炭のことを調べていくと、理科の勉強をしているようだったり、昔の暮らしを想像できたりしました。」
このように、総合から教科学習へ発展し、教科書や参考書を利用しながら自ら学んだり、実験をしたり、見学に行ったりしています。教科学習の学びが、総合の一部分に位置付いて来ていることが分かります。
③多様な表現の工夫が教科学習に発展する芽
ON「ワインオープナーの実際の活用を教室でする。」
YG・IM「ビデオで秤の使い方を撮影してきて見せる。」
GR「動画映像をメールで転送し、コンピュータから投影して見せる。」
MS・NN「おばあちゃんに道具の使い方をインタビューしている場面を撮影して見せる。」
など、新しい取り組みをした子ども達もいました。また、多くの子ども達は、デジタル画像を教室のコンピュータに転送し、それを投影して発表もしました。さらに、提灯、升、秤、鰹削り器、投火器、蚕を育てる器具、火鉢など、貴重な物を持ち込んで、さながら昔の道具博物館のようになった教室で発表をしました。
このような子どもが創る学習形態は、同時進行している算数での重さの学習、国語の金子みすずの学習、理科の電気の学習も、子どもの持ち込み資料で進められました。
④関連を持って学び合う姿が育つ芽
TZ「テレビについての調べ学習が、SDさんのラジオの研究と大分つながったと思いました。」
YG「いかに他の人と違った調べが出来るかということで、頭がいっぱいでした。前の日に、TN君が秤について発表していたのですが、また、僕と違った事を発表していたのが、とても勉強になりました。秤ひとつにしても、こんなにいろんなことがあるんだなあと感心しました。」
MM「僕の蔵の発表は、HM君の銅鏡の発表とつながってよかったです。また、次のIT君の家の発表にも関わりがあるので楽しみです。うまく蔵と関わらせて、おたずねをしたいです。」
このように、自分が真剣に調べ始めると、友達の取り組みの良さが本当に分かってくるのだと思います。ライバル意識がいい感じに学習の弾みになっていると思います。学びの集団の形成の芽が見られます。
4.総合の活動で見えてきた教科学習を支える環境
①コンピュータ
学級の全ての子どもの家庭にインターネットがつながっています。学習の経過や感想を子どもから教師にメールで送り、それを教師がまとめて、全家庭にグループメールで送り返し、学習の相互理解を深めました。今回のように、家庭を巻き込んだ実践では、情報のやりとりがとても大切です。また、家で撮影したデジタル映像をメールで教室へ送り、液晶投影機で大きく投影しながら活用しました。インターネットは、調べる道具だけでなく、学校と家庭をつなぐ通信のツールにもなってきています。まさしく、未来の学習形態の一つの姿、バーチャル教室、遠隔教育の姿が生まれてきているようでした。
②図書類
今回の取り組みが、たまたま雑誌アエラに載り、子ども達のそれぞれの机の上に、大きな辞書・参考書のおかれている様子が写真に映っていました。それを見て、「もう受験教育をやってるの」と、冷やかす人もいました。これは、全くの誤解なのです。受験のために参考書を使うのではなく、日頃の学習の中で、分からないことが出てきたら調べるために準備をしているのです。それぞれの教室で授業を進める先生方は、分からないことが出てきたら、どのように対処してきたのでしょう。多分、先生が教えたり、発表者がまた調べてきますなどと言ったりしているのでしょう。これでは、真の自ら学ぶ学習にはならないのです。創造的な力を組織させるには、この辞書・参考書がとても大切な学習環境なのです。天秤、二酸化炭素、蚕、分銅、星座、モーターなどが出てくると理科の参考書、回遊魚、銅鐸、林業、養蚕、環境問題、織田信長、エジプト、シルクロード、唐などが出てくると社会の参考書を調べます。百科事典は全員で同時に使えないので、それに代わる物として、広辞苑レベルの大きな辞書を持たせるようにしています。分からない言葉や人名が出てくると、直ぐに調べる。これは、教科学習でも、当たり前に使います。教え込む学習ではない、追究学習の芽がそこにはあります。
5.総合で育つ力と教科学習のあり方
①混沌から構造へ
学習は、「混沌状態をいかに長く保ち続けることが出来るか」が教師の腕だと前にも書きました。快い混沌状態の中で、子ども達は自らの持てる能力と資料で、問題点を解決しながら学びを構造化していくのです。総合の学習場面は、子どもに適切な混沌状態を与えます。自ら動き始める力を身に付けると、教科学習も、教師が教え込むものではなく、自ら構造化していく学習に変わっていくのです。
②教科学習の順序性の崩壊
総合が、理科や社会科の参考書なしでは進められない状態にありました。このことから、総合で生まれた疑問は、学習指導要領で示された学習の順序ではなく、編み目状に現れてくるということです。算数など、系統性の強い教科の順序性は確かにあるのですが、子どもの興味や疑問があるときに関係させながら学習していくことが大切です。
③語学、漢字学習の徹底の必要性
調べ学習を進めていく上で、資料が読めないというのが問題点となります。子どもが読める資料があまりにも少ないのです。そこで、読むための漢字学習は、どんどん進めるべきだと感じています。国語の時間に学んでいない漢字も、どんどん読めるようにしていくことは、子どもの学習機会を広げます。あらゆる場面で、漢字の読みの指導が必要です。そして、もしかしたら、英語の読みも小学生の早くからすると、さらに情報の広がりがあるのではないかと思われますが、これには、もう少しの時の経過と時代の変化が必要かもしれません。
6.おわりに
今回の「昔の道具調べ」は、子ども達の学習のあり方を大きく変える取り組みとなりました。かつて、私自身の教師としての授業の在り方が変わったきっかけは、今からもう20年も前、ハーバード大学の授業をテレビで見た時でした。次週の講義までに読んでおく論文や本をいくつか指定しておいて、それを読んで来たことを前提として教授と学生が討議学習をしていくのです。教える、教えられるの関係でしかそれまで思っていなかった学校の在り方から、全く違った学びの形があることに気付かされたのです。一つの、たった1時間のテレビ番組が、大きく私自身の教師観を変えました。
それから、自ら学ぶ学習方法を公立小学校でも、いろいろな形で実践をしてきました。テレビを見た次の日に、さっそく朝早く教室に行って、机の並べ方をV字に変えました。集団で討議できる教室です。そして、教師は黒板の書き役に徹して、子どもの学びを構成していきました。また、ある時は、子どもと同じ机に座り、子どもと同じ視点で、疑問を追究する一人になり切りました。子ども達は、とても素晴らしい学びの集団を確立し、学年のあらゆる行事や学習の多くを、自分たちで自主運営するまでに育ち卒業していきました。
我がクラスの子ども達も、今、その時の子ども達以上に素晴らしい学びを創りつつあります。学びを変えるには、主体的な学びの集団を育てることなのです。