理科における表現力と読解力 2006年12月
1.はじめに
大きなテーマを掲げてしまったと思いますが、基本的には、ノートやレポートをどう書かせて、そこからどのような考察を引き出すのかという、日頃の理科学習の進め方を考えてみようということです。最近、PISA型の読解力が教育界では問われ、理科でも、どのような読解力を付けなければいけないのかという特集が組まれています。表現力や読解力という言葉は、これまでの理科では、あまり使われてきていないように思いますが、今、しきりに言われている時に、その言葉の意味するところを、これまでの理科教育の中で捉え直してみたいと思います。そして、これを機会に理科学習で育てたい力を再検討してみようと考えます。
今回は、表現力としては、①文章で表現する力、②絵(スケッチ)で表現する力、③表やグラフで表現する力、④レポートで表現する力の四つを掲げてみました。また、読解力としては、①自然を読み取る力、②写真や説明を読み取る力、③絵や図を読み取る力、④結果(表やグラフ)を読み取る力の四つを掲げてみました。理科学習のこれらの観点を考えてみたいと思います。
2.表現力について
▼表現力①文章で表現する力
現在、理科を専科として教えています。4年生の学習では、学習の始まりにいつも季節日記を書かせています。
FM 私は、キリギリスの観察を続けています。先週は後ろ足のひみつを観察したので、今週は前足と中足のひみつをさぐりました。前足と中足には毛ではなく、長いトゲがありました。そのトゲは何のためにあるのかなあと思いました。考えてみると思いつきました。キリギリスは肉食なので、他の虫をがっしりつかむために、そのトゲがあるのかなあと思いました。同じキリギリスの仲間でも、虫をよくおそうヤブキリやウマオイはいちだんとトゲがあります。
AM この前、すごい霧がでました。富雄駅の前の橋に、くもの巣がたくさんあって、水てきがかかってとてもはっきり見えました。でも、たくさんあったので気持ち悪かったです。霧は、冷えた水蒸気が細かい水滴となって空中にうかんでいるものです。その効果で、はっきり見えたんだなと、僕は思いました。
素晴らしい季節日記です。ほんの10分ほどで書いたものとは思えない内容です。季節日記では、日頃の生活の中で出合った不思議を見逃さないで、学びにしていく子どもを育てます。箇条書きでなく、文章で書くようにします。文章で書くと、心の動き、感情まで表現することができます。理科学習でも、事実と心を関係させて表現することが大切です。
文章で書かせるには、辞書が必要です。学級担任の時は、1年生の2学期から辞書を持たせました。その子たちを卒業まで持ち上がりましたが、4年生ぐらいになると、広辞苑や国語大辞典などを使うように育ちました。そのことを今の専科理科の時間の子ども達に伝えると、理科室に来る子どもの中にも、重い広辞苑を持ってきてくれる子どもがいます。6年生では、電子辞書の広辞苑を、親が持たせてくれています。本当に頭の下がる思いです。このような大きな辞書を使って、子ども達は、理科の言葉を詳しく調べています。季節日記をはじめ、学習のめあても、ふりかえりも、実験観察の考察も、辞書をひきながら文章で書いています。
発言は、子ども達同士で相互指名をして話し合いをさせます。先生がたずねると、単語で答える場合がよくあるのですが、子ども同士なら、文章で話し合います。文脈の中で学習を捉えさせるようにしていきたいと考えています。
▼表現力②絵で表現する力
絵で表現するには、ノートをきちんと持たせることが大切です。書き込みテキストやプリント類をできるだけ使わないで、常に図や絵を自分で描きながら、ノート作りをしていくようにします。ビーカーや試験管などの実験の様子、電気の回路図など、升目の線を活用するように常に声をかけています。また、草花、木や虫の絵は、ノート上の大きさをおおよそ指定します。絵は、理科では、文章と同じくらい、大切な表現です。
スケッチの力を付けるには、まず、鉛筆の線で、中心からよく見て描かせるようにします。レポートとして、別用紙に描かせるときには細書きのマジックで直接描かせて、線描きを意識させます。理科で描く絵は基本的には色はいらないという先生もおられますが、小学生では色まで観察の対象にしたいと考えています。薄く色をつけると、ノートもレポートも、見違えるほど綺麗に見えます。デジタルカメラの普及した現在ですが、常に絵を入れたノート作りをさせます。
▼表現力③表やグラフで表現する力
表やグラフは、算数の学びだと思われている小学校の先生が多いようですが、実は、理科で日々当たり前に使いこなしていくことが大切だと考えます。自然を定量的に測定する場面を増やして、グラフに表すようにしています。3年生の気温や地温、4年生の水の三態変化、5年生の溶解度、衝突や振り子などの単元は当然ですが、最近取り組んだ、5年生の上皿天秤を使って重さ調べをするとき、1円~100円までの硬貨の重さを予想させてから実測し、予想と実測の比較をグラフに書き表しました。かけ離れた予想の子どもと実測に近い予想をしていた子どもがはっきりして、みんなで楽しめました。また、4年生で、校内の木の観察をした時、常緑樹と落葉樹の種類数のグラフを書くと、意外と常緑樹が多くありました。勿論、樹木は意図的に植えられたものではあるけれども、奈良は常緑樹林帯に入っていることとの関連が思い浮かびました。さらに、5、6年生の夏の臨海合宿の課題であった貝の標本作りでは、自分の標本を基に、数値化できることを引き出し、表とグラフで表現させました。巻貝と二枚貝、貝の色、大きさ、生息場所の深さ、岩場と砂浜の貝など、子ども達は工夫してグラフ化に取り組みました。
なるべく多くの場面で、グラフを書いていると、子ども達は、縦軸横軸を上手にノートにとって、さっと書けるようになります。書き慣れることが大切だと感じています。
▼表現力④レポート(課題研究)で表現する力
レポートというと、参考書、インターネット丸写しのものが多くあります。理科でこのようになってしまわないために、先ほどの表やグラフで表現する活動、そして、スケッチを描く活動を大切にします。自分で絵を描いて考察をする、また、表にまとめてグラフ化して、考察するようなテーマを与えて、それをレポートにさせます。
例えば、5年生の台風レポートは、これまでは、新聞やインターネットの天気図を並べて、災害の新聞記事を貼って、感想を書いて終わりでした。今回は、発展的内容ですが、天気図から数値化できることを引き出し、表にまとめて、グラフを書き、考察をさせました。台風の中心気圧をグラフ化したり、移動位置を東経、緯度で表したりして、台風の変化や移動を表とグラフで表すレポートなど、工夫したものが出されてきました。そして次の、秋の天気の変化レポートでは、大陸性の移動性高気圧や温帯低気圧、また、前線の動きを追いかけて、秋の天気が、西から東へと変化していく様子を表やグラフで表現して考察をしました。
4年生の月、星の動きの学習では、しっかりとレポートまで書かせることが大切です。今年は、一人ひとりに方位と高度を調べることができる高度計を持たせて、それを使って、天空での位置を数値的に捉えさせ、座標記録用紙にシールを貼っていくようにしました。先ずは、昼間の太陽の記録から始めました。太陽は、日の出から日の入りまでの昼間の観測です。月の観測は、二つの形の月、例えば上弦と満月の観測です。一番難しい星の観測は、北の空と南の空に見える星の動きの観測です。殆ど家での観測になるので、保護者の協力が大切です。その家族で取り組んだ貴重なデータを、きちんと結果、考察、問題点、感想などを書いたレポートに仕上げさせることが大切だと思いました。親子の夜を徹した活動をきっちりまとめることが、次の観測の意欲につながります。
日頃の理科学習で、ノートに実験や観察を丁寧に書かせていく指導をしていても、学期に1、2度は、一枚レポートに観測や実験や観察を、個人の力で書き上げるようにさせることが理科の表現力には大切だと、分かってきました。大きな自由研究ではなく、小さな課題研究のレポートの積み上げが、理科の表現力を高めると考えます。
3.読解力について
▼読解力①自然を読み取る力
理科における読解力とは、国語のように文章からの読解力ではなくて、自然現象として現れている状態を、どのように読み取り、そして記述していくかということだと思います。自然を読解するには、単なる方法論、指導法ではない、経験、体験、愛着力、直観力などが必要です。例えば、石を見て岩石名が分かるには、かなりの熟練のための時間と経験が必要です。それには、もしかしたら、職人の徒弟制度のような伝達が必要なのかもしれません。教育的に「理科における読解力をどう付けるのか」と、いうような方法論で語るようなものでは本来ないのかもしれません。植物も岩石も昆虫も、熟練の人と山を歩いて、少し少し現地でその特徴や見極め方を習得していくものだと感じています。基礎実験も一緒です。熟練者と一緒に実験をしながら、そのコツを身に付けていくのです。全てのことに弟子入りできるものではありませんが、自分の専門を持ち、極めていく中で、自然の広がりや深まりを知り、自然現象に対して謙虚になることが、理科における読解力を身に付ける始まりだと思います。奈良の法隆寺の宮大工西岡常一が弟子に伝え育てたことは、「鉋や鑿の刃の研ぎ方が分からない間は、いい仕事が見えない」ということです。理科教育の鉋と鑿とは何に当たるのでしょうか。
▼読解力②写真や説明を読み取る力
話を少し、身近な所に戻します。教科書や資料の中の写真や説明をどう読み取るか、これは、子どもにとって大切な読解力です。私達は、教科書や参考書の読み取りの仕方がとても浅いと思います。写真を見て、グランドキャニオン、褶曲、火山などと、知っている言葉とつないで、その写真を理解したように見終えてしまいがちです。実は、他の写真と比較する、細かいところまで観察する、変化や違いを読み取る、等が大切です。たかが子どもの教科書の写真ですが、その一枚からどれだけ学びを引き出すかが大切です。自然は分からないことだらけです。自然から分からないを引き出し、追究の始まりをつくるのです。
また、私達は、写真と同じように、本文や説明や解説を読んで、直ぐ分かったような気になってしまいがちです。これも、辞書、参考書、他の文献と付き合わせて、さらに深めたり、矛盾点を見つけたり、他の場合と比較したり、成り立つ条件を考察したり、文章の論理の飛躍を埋めたりと、厳密に読む習慣を持たせていくことが大切だと思います。
このように、教科書の写真や説明文においても、注意深く検討し読解を進めていくことが、自然に対しての読解力を育てることになると考えます。
▼読解力③絵や図を読み取る力
絵や図を見た時、まず、何を表現しているのか、自分なりに言葉にさせてみることが大切です。これは、自然を読み取るのではなくて、人が何かを伝えるために描いたものですから、その意図を自分なりに言葉で表現し直していくようにさせます。そうすると理解がより具体的に、厳密になってきて、自分達が絵や図を描く時の参考にもなります。また、子どもの描いたスケッチから、他の子どもがその特徴を読み取ることで、何を表現できているのか、何を表現しようとしているのかを学び合う学習もします。子ども同士の表現や読み取りの違いを考え合うことで、理解の深まりや、絵や図やスケッチの適切性を高めるようにします。
▼読解力④表やグラフを読み取る力
表やグラフは、先の表現のところで書いたように、自然を一つの観点で数値化して、そこから分かることを引き出します。小学校の理科は体験重視ですので、表やグラフから読み取るような学習はあまり必要でないと言われますが、わが校では、実験結果を表やグラフに表現していく取り組みを積極的に進めています。そのためグラフを適切に読み取る力が必要となります。どのように比較するのか、変化をどう読むか、グラフの延長をどう考えるのか等、変化を読み取る力を付けないと、グラフを書いても意味がないということになります。いわゆる算数的な読解力を、実際の自然の中で培っていくことが理科でも大切ではないかと考えます。
4.子どもを読む力
理科教育は、自然を表現する力、読む力も大切ですが、理科教師は、理科教育を通して、子どもを読み取ることが大切だと思います。現在8クラス(約320人)の授業をしているので、1週間に1000~1300頁もノートを読みます。一人ひとりにコメントを書いてあげるのは無理なので、グット、ベリーグットと書くようにしています。そして、各クラスの数人分のノートをコピーして、それをコンピュータに打ち込んで資料としています。最初にノートを読んだとき、打ち込んでいるとき、再びテキストになった資料を読んでいるときと、何度か深く読んでいくと、子どもの取り組み、感性の動き、思いの深さ、その子の背景にあるものなどが次第に見えてきます。理科で子ども理解をし、また子ども理解から理科を捉えなおす取り組みをしていくことを、今後も続けないといけないと考えています。
5.おわりに
最近の理科の学習を振り返りながら、本稿を書き進めました。理科教育で大切なことは、自然理解を自分の言葉で表現していくことでした。そして、自然を教えることではなく、自然や友達からいかに学ぶかという読解力をつけることが大切であると、今回の捉えなおしで見えてきました。