チョウの幼虫を育ててみて 20055. 30

 

 3年生は今、チョウの幼虫を育てています。理科の学習で取り上げないと、殆どの人は気持ち悪いと言って、見向きもしないことでしょう。しかし、毎日、餌を取り替えて、糞の世話をしていると、だんだん大きく成長するのが楽しみになって、親しみを込めてお世話が出来るようになってきた人もいるでしょう。

 「私は、今、発売しているたまごっちは、すぐに死んでもなおせるけど、本当の生き物は死んでしまっても生き返らないので、責任をもって、育てようと、思いました。さなぎに失敗してしまったアオムシを、土に中にうめました。たまに、ミカンの葉っぱをあげたいです。私は今まで生きるという事は大切だと思っていたけど、育てる事も大切だということがよく分かりました。命が芽生えるっていいことだと、初めて思いました。」(3星Nさん)

 5年生のメダカの学習も含めて、親の中、子どもの中には、「絶対飼わないといけないのですか」と、お尋ねされる方がいます。いろいろ事情はあると思うのですが、メダカやチョウの飼育は、子どもが生命を学び、生きていることを感じるとても大切な機会なのです。生き物のお世話を通して、生命の巧みさ、不思議さ、したたかさを感じるのです。

 将来子ども達は、自分の子どもを育てます。そのときに、生きている生命は、息をして、食べて、うんちをして、気持ちのいい所で生活をしたいと、どんな小さな命でも訴えていることが分かる大人に成長して欲しいと願うのです。しかし、自分の子どもを、コインロッカーに捨てたり、殴ったり、車に置き去りにしてパチンコをしたり、繁華街を夜中まで連れ回したりする親が増えているように思います。また、食事を与えない、育て方が分からない、赤ちゃんの気持ちが分からないと訴えるお母さんも増えています。小さい頃から、命を愛おしむ学習を大切にしなければと思います。

 また、生きていることは、死ぬことを合わせて学んでいかなければなりません。死から目を背けることなく、自分自身を含め、精一杯、より幸せに生き抜くにはどうすればいいのか考えるようにしていきたいと思います。

 アオムシの成長の順番を覚え、孵化、羽化、肉角(臭角)、触覚、擬態、複眼、単眼などを覚える事も大切な学習です。ものを詳しく知ることは、そのものを好きになることにつながります。好きになると、大切にします。そこに初めて、小さな命でも、懸命に生きようとしている姿を見いだし、生きているということを、実感として学ぶことができると思います。さらには、自分の生きる姿や生き方と重ねて、自分が生きることを考えるようにつなげていきたいと思います。

 生物が生き続けている家、花がいつも美しい家は、人も生き生きしていると思います。学校の教室で、花が枯れてもそのまま見向きもしない子ども達の教室(家)、水槽の金魚が死んでもいつまでもそのまま置いてある教室(家)、腐った牛乳が教室の後ろに放置してある教室があります。一見、子どもらしい教室ですが、実は、片隅のどこかで、苦しんでいるお友達がいても、見て見ないふりをしてしまう人間関係になってしまっている教室なのです。ちょっとした生命の変化に気づき、直ぐにその手だてを考えられる繊細な心の持ち主に育って欲しいと思います。そのためには、実際に本当の生命を育てる体験をしないと身につかないのかもしれません。育てている途中で、アオムシコマユバチに卵を産み付けられて、何度も幼虫がサナギになる前に死なせてしまい、悲しい思いをしている子ども達もたくさんいると思います。その事実を見て、何を考えるか、何を感じるかを、言葉にさせていきたいと思います。 

 理科学習には、知識よりも、受験よりも大切な学習内容があるのです。今は学習の対象になっていないけれど、実は、本当に大切なことです。それは、「生きている」という不思議な世界のこと、そして、DNAに書かれたメッセージを感じることかもしれません。