大堀聰『続 心の糧(戦時下の軽井沢)』 | 軽井沢高原文庫

大堀聰『続 心の糧(戦時下の軽井沢)』

 本日、川崎市在住の大堀聰さんから、新著『続 心の糧(戦時下の軽井沢)』(2022.1.25、銀河書籍)をご恵贈賜りました。A5版、196頁。掲載写真多数。定価本体1300円+税。

 前著『心の糧(戦時下の軽井沢)』同様、戦時下および終戦直後の軽井沢における外国人(ドイツ人、アメリカ人、イギリス人など)に関して、実によくお調べになられた労作です。人物名、居住先(別荘番号)、生活の様子を示すエピソード、建築写真および図面などを集めることで、立体的に捉えています。今回、建築写真が前著よりかなり多く掲載されているのも貴重です。

 以下、私の無知をさらけ出すことにもなりますが、一例を示します。当館に移築されている堀辰雄1412番山荘は、本書には、戦時中、ユダヤ系ドイツ人で無国籍姉妹、姉クララ・コーン(婦人帽子の職人。顧客には高松宮妃徳川喜久子がいた)と妹マーガレット(その助手)によって使われていたと書かれています。私はかつて、堀辰雄夫人多恵さんから、戦争中はこの別荘はあるドイツ人が使っていたとうかがっていましたが、大堀さんは人物名を明らかにされています。

 もうひとつ。堀辰雄のエッセイ「雉子日記」に出てくる「ハウス・ゾンネンシャイン」というドイツ人経営の実在したパンションの名は、愛読者ならばご存じでしょう。堀が文章を書いたのは昭和12年。堀が4年後(昭和16年)に購入することとなる1412番山荘は、細い道を隔てた隣り同士にありました。大堀さんは「ハウス・ゾンネンシャイン」について、「戦時下の軽井沢で最大の勢力だったドイツ人を象徴する建物であった」と指摘し、やや詳しい説明を施しています。その記述も、私の初めて知る内容でした。

 謎の多かったドイツ人画家、ウィリー・ザイラー(1566番)についても、本書から多くを教わりました。

 今後、第二次世界大戦下の激動の軽井沢の外国人の様子を明らかにした文献として、本書は多くの人に活用されるものと確信いたします。ご興味のある方は、どうぞご覧ください。 (大藤 記)