堀辰雄愛用の蓄音機を横浜市立大と共同で修復しました。 | 軽井沢高原文庫

堀辰雄愛用の蓄音機を横浜市立大と共同で修復しました。

 軽井沢高原文庫が所蔵する堀辰雄愛用の手回し式蓄音機をこのたび横浜市立大と共同で修復しました。蓄音機は開館時(1985)、堀辰雄夫人多恵さんから軽井沢1412番山荘などと共にご寄贈いただいたもの。その後、特別展で展示するなどしてきましたが、音を聴くことはできませんでした。

 今年に入って、堀が師事した芥川龍之介らを研究する横浜市立大の庄司達也教授から、調査を兼ねた修理のご提案を頂戴しました。5月6日、東京・銀座の専門店シェルマンアートワークスに調査および修復のため蓄音機をお預けし、その結果、蓄音機が1930年以降に国内で製造された1台であることも分かりました。7月1日、修復を完了した蓄音機が館に戻りました。

 蓄音機から発せられる音を初めて耳にした時、私も身震いするような感動を覚えました。約80年前、堀辰雄が山荘のあった軽井沢などで楽しみ、作家活動の支えにもなったという音色を聴くことができるようになりました。

 蓄音機は、回転部の動力はぜんまいを使用。針で拾った振動のエネルギーを直接利用して、内径の広がるホーンを通して音響的に音声信号を拡大し音を出しています。電気は不要。まさにエコです。

 クランクハンドルを60回ほど回すと、SPレコードを約5分再生できます。針は鉄針。1回聴くと、使用済の針は捨て、新しいものに替えます。

 堀は、エッセイ「木の十字架」のなかで、「その夏軽井沢へ往ったときは漸く宿望の蓄音機をもっていけた」と書いていて、これは1939年、水車の道近くの638番別荘を借りた時期に相当します。

 また多恵夫人の回想によれば、1939年3月に鎌倉へ転居した際、堀は手回し式蓄音機を入手し、「東京で買うものが本からレコードに代わった」と書かれています(『堀辰雄の芸術  堀辰雄愛蔵SPレコードより』ライナーノーツ、1991年8月、軽井沢高原文庫)。代表作の一つ、小説「菜穂子」を書き上げる際は、ショパンのピアノ曲やシューベルトの歌曲が大きな支えになったとも記されています(同)。 

 現在、蓄音機は、本館1階に展示中。ご要望があれば、堀が所蔵していたのと同じバッハ「ブランデンブルグ協奏曲」SPレコードの1枚をお聴かせいたします。 (大藤 記)

 

修復を終えた堀辰雄愛用の蓄音機(軽井沢高原文庫にて)